そもそもアタシが悪いのだ。いつまでもトレーナーさんと一緒だと信じて疑わなくて、毎回怖気づいて何も言わない自分を誤魔化して、この距離感でずっと居ようなんて甘いことを考えて。卒業式のあの日も何も言わずに、そのまま。その後もボチボチ連絡を取り合ったりはしたけれど、自分からアクションを起こすことはほとんど無くて。あなたの1着だけは逃したくないなんて言っておいて、いつの間にか別の女性に差し切られていた。結婚式招待の知らせが届いたとき、まるで現実とは思えずにしばらく夢心地で過ごした。
それからはもう、酷いものだ。手始めに、あの人の面影を求めてトレーナーとウマ娘の恋愛モノを片っ端から漁った。最初はドラマ、次に漫画やアニメ、しまいにゃ自分を主人公に投映できる夢小説………。だけど結局、あなたを諦めることはできなくて、むしろどんどんあの頃が懐かしくなってしまって。そして迎えた30歳、アタシはついに常人が到達できない領域へと踏み込んでいった。
……………………
「いやいや、確かにみんなもどんどん結婚しちゃったけどさぁ、アタシとアンタはそういうのとはまた違うっていうかさ………」
そう、お酒の力を借りることによって当時のままのトレーナーさんを無から召喚することができるようになったのだ。もちろん、誰かに見られたらヤバすぎる絵面だし、アルコールが抜けると既婚者の男性を妄想して独りで会話していたという常軌を逸した行いに自己嫌悪でどうしようもなくなるが、失恋したあの日に比べればまだマシだ。そうして、アタシは毎週末、お酒を飲みながらトレーナーさんと過ごしているのだった。
しかし、今夜はそれだけじゃこの感情は処理できない。アタシ以外のみんな、当時のトレーナーと結婚したのだ。勇気を出せなかったのはお前だけ、手が伸ばせたのに逃したのはお前だけだと告げられたようで、いつものようにやっていては気持ちがどこまでも沈んでいきそうだ。よーし、アタシだってやるときゃやるんだからね。
あっ………ちょっとキツいか?いやいや、一応体型的にはそんなに変わってないはず………ちょっとヒモを緩めれば………お、いけたいけた。これで気分はすっかりあの時に戻れる。あとはいつものようにアンタを呼び出して、当時の品を並べながら忘れるには甘すぎたあの青春に浸るのだ。
「そうそう、これ卒業式の日にアンタがくれたんだっけ。大事な日に目覚まし時計をくれるセンスはちょっと天然っぽいアンタらしくて、嫌じゃなかったよ。結局、使わずにしまっちゃったんだけどさ」
冷蔵庫からさらなる燃料を取りに行こうとしたその瞬間、けたたましく目覚まし時計のベルが鳴り響く。ちょっと、急にどうしたのさ、頭に冷水をかけられたかのように現実へ引き戻される。えーと……このレトロな形をした時計は、どうやって止めるんだろう?とりあえず電池とかを抜けば…………
「んぁ………………え?」
「マーベラース!マーベラース!」
「うわぁ!?マーベラス!?なんでここに!?」
「なんでって……同じ部屋だから?」
「同じ部屋って…………うん!?」
慌てて周りを見渡す。そこに広がっていたのは何度も記憶の中で訪れた栗東寮のアタシの自室だった。………どういうことだろう?
「朝練に行ってくるね、今日も1日頑張ろー☆」
状況についていけず、ぼーっとしている私を放って、マーベラスは部屋を飛び出していく。
………もしかしてネイチャさん、新たな領域へと突入した?同期のみんなにすら置いていかれた寂しさとアルコールが核融合反応を起こした結果、異常なまでのリアリティを持った夢を見ることが出来るようになってしまったのではないか。それならば為すべきことは一つ、アタシは迷わずトレーナー室へ向かった。
「あ…おはよう、ネイチャ。今日は朝練無いはずだけど、どうした?」
アタシはトレーナーさんの問いかけに答えもせず、彼に近づいていく。
間合いに入ると、ウマ娘の筋力を活かした素早い動きでトレーナーさんを抱きしめる。
「ネイチャ………何してんの?」
「何って………トレ吸いですケド。真っ先にチョメチョメしちゃのも考えたけどさぁ………通の楽しみ方っていうのもあるじゃん?ッスゥーーーーー………あぁ…………たまらん…………」
「えぇっと………疲れてるなら今日のトレーニング、やめておこうか?」
「なーに言ってるんですか、トレーニングなんて言ってられないくらいメチャクチャにしちゃいますからね。覚悟してよ、トレーナーさん。はむっ」
「うわぁー!?なんで急に耳を!?とりあえず落ち着いて、離してくれ!」
なんだ、アタシの妄想のくせに、イヤに反抗的じゃないか。ええい!ならばその反応ごとまるまる美味しく頂いてしまえ!そう思ってトレーナーさんを押し倒そうとした、その時。
ゴトッ…………
ん?何かが私のポケットから落ちた。そういえば混乱していて気づかなかったけど、ベッドで目覚めたときから制服を着ていたっけ。
「えっと………目覚まし時計か?それ……壊れてるように見えるけど………」
トレーナーさんが床に転がる歪んだ物体を見て言う。この状況なのにアタシの落とし物に気を回してしまうのはアンタらしいというかなんというか………
ん?待てよ…………目覚まし時計………?
そういえば、アタシまだアレを止めてなかったハズ………あんなに大きな音を出している時計の横で呑気に眠れるほど、図太い神経してたっけアタシ……そもそも、なんで壊れてるんだろう。それに、このトレーナーさんの匂いはイヤに生々しい。リアル過ぎる。こんなに近くで彼の匂いを嗅いだのは妄想の中だけで、現実では一度もなかったはずだ。それなのに。どうしてその匂いを夢見ることができるんだろう?そういえばマーベラスだって、最近会っていなかったのにヤケに解像度が高かったし…………
まさか、そんなわけない。でも、もしかすると…………
「…………えっ!?あぁ、うん。そうしたほうがいい………かも………ごめんね、トレーナーさん」
「謝ること無いよ。最近レースも多かったし、ゆっくり休みな」
壊れた目覚まし時計を抱えながら、フラフラと廊下を彷徨っていく。夢の中でも勇気を出しきれず中途半端なのか、アタシは…………
始業のベルが鳴り、ウマ娘たちが教室へと駆けていく。こんな光景、果たして夢で見るんだろうか。もしかすると………本当に戻れてしまったのでは?いつまでも頭の中でぐるぐると希望と絶望が空回り、一体アタシはどこに向かっているのか。
「あの…………トレセン学園の生徒さんですよね?事務室がどこにあるかお尋ねしたいのですが」
「えっ………あ、アンタは…………」
「あっ、申し遅れました。ライトハローと言います、トレセン学園に来るのは久しぶりでして……」
「あのー……?事務室はどこでしょうか?」
「アタシ、負けませんから!」
「え?私は既にレースを引退してますけど………」
「あ、いえ………そうじゃなくて………と、とりあえず!事務室まで案内しちゃいますね……」
「あら、ご親切にありがとうございます」
なるほどね、こりゃ絶対に負けられないリベンジマッチってワケだ。
…………ちょい待ち、ということはさっきトレーナーさんにしちゃった限界おばさんセクハラは…………うにゃあああああああああ!ヤバいヤバいヤバい!せっかく戻れたっていうのに何やっちゃってんのアタシは!何が通の楽しみ方だ!そこまでしたならいっそ既成事実作るまで行っちゃいなよ!だけど、ここで怖気づいてるようじゃまた同じ様に負けるだけだ。こうなったらネイチャさん、開き直って行っちゃいますよ!
ライトハローさんを事務室に案内すると、すぐに自室へ戻ってスマホを手に取る。ニュースも昔に戻ってる………やっぱり戻れたんだ。
アタシは急いでトレーナーさんにメッセージを送る。"週末、デートでもしませんか?"なんて当時のアタシは絶対に言えなかっただろう。だけど、もう躊躇いはない。どんな手段を使ってでも、アンタの1着だけは、隣だけは譲らないんだから。グシャグシャになった目覚まし時計を見て、アタシはそう決意するのだった。
新シナリオ、楽しみですね。
>アタシ以外のみんな、当時のトレーナーと結婚したのだ。
タボトレ...やる事やったのか...
>そう、お酒の力を借りることによって当時のままのトレーナーさんを無から召喚することができるようになったのだ。
メンタル案件だこれ
>アタシは私服や普段の姿を知らない。それなのに何年も前の世界に彼女がいる。これがアタシの夢じゃないということは確実だろう
夢だったら普通に雑誌で見た服とか想像とか混じるけどね…
他3人に関しては特に変化ないだろうし…
ネイチャが過去に干渉した皺寄せが行くかもしれないぞ
トレピッピ「なんか結婚したらいきなり過去に戻ってるんだけど…もとに戻さないと…」
やっぱ怪異だよあの目覚まし時計…
ネイチャが幸せになるなら怪異でもいいかなぁと思っちゃった…
ネイチャにとって大事な人ほどすぐ傍に居たんだよね
手段なんて選ばないで欲しい
元の世界ではネイチャが酒飲んで管巻いてるよ
え…じゃあ遠回しなラブレターってこと…?!