それに加えて今担当しているウマ娘……ナリタトップロードは重賞に何度も出場する実力者。練習やレース関連の事務に加えて取材のスケジュール調整なども必要になる。
そんなわけで今日も1日、頭を痛めながら業務をこなしていたのだが……
「トレーナーさん、最近ちゃんと寝てますか?」
やっぱり、と思った。彼女はよく人のことを見ているから。
「実を言うと、あんまり。忙しくてね」
今夜も眠れるだろうか……と考えながら今日一日の練習データをパソコンに打ち込む。
寝不足で集中力が落ちていたのだろうか。ふわりと香る彼女の匂いに気づいた時には既に遅かった。
「やっぱり……目に隈ができてます。それに、顔色もよくないし……」
両手を頬に添えられて、吐息が感じられるほどの距離感で。じっとこちらの目を覗き込みながら彼女は言う。
甘い香りと彼女の熱で、省エネモードの脳が悲鳴を上げる。ちょっと近すぎるのではないだろうか。
「うーん……そうだ!トレーナーさん、今からお昼寝しましょう!」
「話聞いてた!?今は仕事中だしちゃんと終わったら寝るからさ」
「でもトレーナーさん、仕事だからって無理するつもりでしょう?」
彼女は両手でこちらの頬を掴んだまま続ける。3年間一緒に過ごしたことで、お互いの性格は大体分かっている。
俺はきっと彼女のためと理由をつけてやれることを限界までやろうとするだろうし、そんな俺を彼女は放っておけないだろう。覆せない腕力の差がある以上、ここは彼女の従うのが得策なようだった。
「わかった、わかったよ。ほんの少し仮眠を取って仕事を頑張る。それでいいだろう?」
「はい!しっかり休んでくださいね」
さてソファーへ移動しようと彼女の手を払って立ち上がったその時、何か強い力に体を引っ張られる感覚と、浮遊感。自分が彼女に手を引かれたのだと認識した頃には頭に柔らかい感触。
まったく状況が理解できずに自分の頭の下にあるものを触ってみると、適度な弾力を感じる。それが彼女の足だと気づくのには十秒ほどかかってしまった。
「それじゃあ、1時間を過ぎたら起こしますから。ゆっくり寝ていてくださいね」
「ちょっとちょっと、トプロ。これは一体……」
「ひざ枕ってやつです!その、こうすればトレーナーさんもよく眠れるかと思いまして」
「いや、むしろ眠れない気がするけど」
「とにかく!トレーナーさんは最近ちょっと頑張りすぎなんですから。遠慮せずに寝てくださいね」
有無を言わさぬその強引さ。なるほど、この学園で学級委員長を務めるのならばこれくらいはないといけないのかもしれない……なんて考えながらも、春の陽気はどんな布団よりも上質だ。なんだかんだ言って、枕も適度に温く、柔らかい。
結局、襲ってくる眠気に勝てる術は持ち合わせていない。既に半分夢のような状態だが、もう半分の意識もそのまま深い夢の世界へと落ちていく。
「うぅーん……寝顔、よく見えると思ったんだけどなぁ……」
そりゃそのスタイルじゃあ仕方ないよな、なんて目の前で光源を塞ぐ双丘から目をそらすように寝返りをうつと、眠りの世界へと落ちていった。
左手で目を擦りながら、こちらを掴んでいる"なにか"の輪郭をなぞっていく。再起動を果たした思考と手の感覚が結論に達したのはほぼ同時だった。
「あの……トプロ、離してくれないと起きられないんだけど」
「……ふわぁ……あっ!おはようございます」
「うん、おはよう。とりあえず離してくれると助かるな」
「えぇっと……もう少しこのままじゃダメ……でしょうか?」
彼女の声色とは裏腹に、こちらを抱きしめる力は強くなっていく。寝る前に頭で感じていた熱と弾力が、今は全身に伝わってくる。
「理由を聞いてもいい?」
「こうしたほうがトレーナーさんの顔が見えるのと、私も寝やすかったので!」
「じゃあもう離れてもいいんじゃないかな」
「あの、でも、やっぱりこうしてたほうが落ち着くので……お願いします!」
決して二度寝の誘惑に屈したわけではない。彼女と至近距離で過ごすこの時間が惜しくなったわけでもない。本当だってば。
「……まぁ、あと10分くらいは」
「えへへ。ありがとうございます」
ここからではよく見えないが、彼女の耳が上機嫌にピコピコと動いた……気がした。
結局その日は日が沈むまでそうして過ごしていた。しかし、不思議と仕事は効率よく終わり、12時にはトレーナー寮のベッドに潜り込むことができたのだった。
いつもと同じように就寝する布団と枕に物足りなさを感じてしまったのは、きっと気のせいだろう。
RTTT最終話も楽しみですね。
すごくすごい!