温泉旅行では自分はシリウスの理想的な『子犬』であると言われたものの、海外に挑戦するとなれば今までと同じままで良いのだろうか。いや、良くない。
シリウスは隙あらば俺のことを揶揄ってくる。それは裏を返せばいつも俺に気を配ってくれているということ。
完全にアウェーとなる海外の環境。その中でレースとなれば消耗は日本の比ではない筈。今までと同じように俺に気を遣わせるなんてことがあればトレーナーとして本末転倒だ。
「俺も……強くならないと!」
より逞しく、頼り甲斐があって、男らしい存在になってやる──夏のトレーナー計画が始まった瞬間だった。
だがこれは前準備。あくまで強い心を手に入れるための下拵えである。俺に必要なのは自信満々な立ち振る舞い。今までのヒョロっこい体格では似合わなかった仕草やポーズもサマになるだろう。
「……来たか。始め──?」
ある日のこと、トレーナー室に入ると既にシリウスが壁に寄りかかって本を読んでいた。チャンスだ。
俺は、そのままシリウスに歩み寄り──腕を壁に押し付け、シリウスの逃げ場を無くし、壁と俺とでサンドイッチにした。
シリウスも突然のことで目を丸くしている。まさか俺がこんな事をするなんて思わなかったのだろう。俺も昨日までは考えていなかった。これはフジキセキやミスターシービーから学んだ立ち振る舞いである。
こうやってシリウスから一本取れば、彼女も俺のことわ見直すに違いないと、思い付いたのだ。効果はご覧の通り──
「……へぇ、で? ここからどうするんだ? 欲しがりな『子犬』ちゃん」
──ここから先、どうしたらいいのかわからない。
「……ふ、ふふ! ど、どうされたいのか言ってごらん、ぽ、ポニーちゃん……!」
咄嗟に思い出したフジキセキの真似をしてみる。記憶の中ではこうやって迫られた生徒が目を回していた。もしかしたらシリウスもこうやって──
「……」
──あ、ダメだこれは、と。
無表情で見つめ返してくるシリウスから悟った時には、グルリと視界の上下が反転していた。
次の瞬間には、床に背中から叩き付けられていた。
息を整える間もなく腹部に圧迫感──シリウスが俺の腹にどかっと尻を乗せて乱暴に座った。
「飼い主の許可を得ずに芸を仕込まれてくるとは……なぁ?」
グイッと、ネクタイを引っ張られて首ごと顔を引き寄せられる。シリウスの唇は弧を描いているが、笑ってはいない。間違いなく機嫌を損ねてしまった。
「お、お手柔らかに……!」
「……ハッ」
──結論を言うと、俺は失敗した。
身体を鍛えてもダメ。立ち振る舞いを覚えてもダメ。なら、何がシリウスに効くのか。
当初の話から目的がズレつつある気がしてくるが、ようはシリウスに俺を見直させればいいのだから多分間違ってはないのだろう。
俺はうんうんと悩みながら色んなウマ娘とトレーナーのコンビを見て学び──一つの結論を得た。
必要なのはギャップである、と。
俺のが失敗したのは見せびらかしたからだ。筋肉やポーズをわざとらしく見せたのがいけなかった。シリウスから見ればハリボテのように映ったに違いない。
『確かに、トレーナーさんがふとした時に見せる普段とは違う表情に胸が弾むことはあるね』
『後は……そういう時に健康的な汗の匂いが漂うと効果的かもしれないね』
相談に乗ってくれたとあるウマ娘からのお墨付きも得た。俺は、自信を持って計画を実行することにした。
──よく考えて、俺が至った結論はチラリズムであった。
鍛えた肉体は見せびらかすのではなく、あくまでその一部をチラリと見せる。
暑い日にわざと胸元を緩めたり、普段はキッチリしつつシリウスと二人きりの時にわざと佇まいを緩めてみせる。
こうすることで、『普段頼りないと思っていた子犬が実は肉体派で自信満々』というギャップをシリウスに抱いてもらうことができるだろう。
更にもう一つ。
「ふぅ……こういう暑い日にやる筋トレが意外と捗ったりするんだよな」
汗の匂いと、とあるウマ娘が得たヒントの通りに少しだけ漂わせてみせる。食生活にも清潔感にも気を使っているし、悪臭ではないと願いたいが、シリウスにはどうだろうか。
勿論普段は制汗シートを使って気を遣っているが、今回はギャップを狙ってわざと使わない。
果たして、シリウスの反応は──
「えっ」
──見抜かれた。俺の意図が、完璧に。
どうしよう。めちゃくちゃ恥ずかしい。筋トレの影響でなく顔が耳まで熱くなっていくのを感じる。
「そこまでアンタが『欲しがり』だとはな。いいだろう、下手なおねだりの仕方だが──嫌いじゃない」
「……え?」
──いや、本当に、見抜かれたのか?
続くシリウスの言葉に首を傾げると、視界がぐるりと回って身体が浮いて──ソファに、背中から叩き付けられた。
「し、シリウス! た、多分ちが──むぅっ」
しぃっ、と──シリウスの人差し指が唇に押し当てられる。それだけで何も言えなくなってしまう。
「──」
「クク──それに。私も、自ら目の前に飛び込んできた馳走を前に待てが出来るほど、お利口さんじゃないんでね」
──結論から言うと、夏のトレーナー計画は失敗したのだった。
一体何が拙かったのか、わからない。だがきっと一つズレていれば成功していただろうという自信はある。
計画を修正し今度こそ負けはしないと、俺は拳を強く握り──
「ハッ……いつになく反抗的な『子犬』ちゃんだ。今一度躾けてやるよ」
シリウスに、身を委ねるのだった。
次こそは絶対にシリウスに勝ってみせる
・子犬が急に鍛え始めてお腹を触らせてきた(ムラッ
・子犬が他の女にもお腹見せたり触らせたりしている(イラッ
・子犬が壁ドンしてきた(ムラッ
・子犬がフジの真似してきた(イラッ
・子犬がチラリズムで誘い受けしてきた(ムッラァアアアアアアアア
ン〜…(バサッ
取り調べじゃなくて実録うまぴょい伝説のインタビューとかじゃない?
これ完全に逆ぴょいされたがってます
シリウスの供述
同感する会長
賛辞するボリクリ
逆ぴょい怪文書感謝
鴨葱怪文書感謝
それ以上を求めたのは子犬だ
焚書しろ焚書
それはただのセッアピールなんよ
ただしシリウスにあいつは私で童貞捨てたんだぞって一生ゆすられるネタができた