「えーそれでは皆様にはウマ娘を描いてもらいます」
絵画と言うから風景画や建物などを描くのかと勝手に予想していたが、お題はなんとウマ娘。これなら自分でも結構上手くやれるかもしれない、とやる気が俄然沸いてくる。
「日頃ウマ娘の子達と接している皆様なら難しくはないはずです。ただし、自分が担当したウマ娘を描くのは無しですからね〜」
なるほど。見慣れすぎた担当の姿を描いても確かに簡単すぎて面白く無いだろう。問題無い。担当以外のウマ娘に関するデータもばっちり頭の中に入っている。
30分ほど経過してから声をかけられた。真っ黄色のスーツ姿で近寄ってきたのは、同じくこの教室に受講生として参加しているコパノリッキーのトレーナーだった。
「お疲れ様です。我ながらよくできていると思いますよ。よかったら休憩がてら、お互いの絵を見せ合いませんか?」
いいですねとコパノリッキーのトレーナーは自分の席に絵を取りに戻った。二人はお互いに、相手より上手く描けているという自信があった。
コパノリッキーのトレーナーから先に絵を見せてくれた。目を疑った。とても上手い。明るい笑顔のウマ娘たちが生き生きと描かれている。少し絵柄が古く感じるが、プロと比べても遜色無いだろう。
「驚いた。まさかここまで上手いとは。ただ一つ気になるんですが」
「なんですか?」
描かれたウマ娘の全てが口を開けて笑っているのだが、よく見ると小さな八重歯が生えている。ホッコータルマエにも、ワンダーアキュートにも、アグネスデジタルにもだ。
「この子たちって、八重歯生えてましたっけ?」
「……」
何故黙る。八重歯が好きなのだろうかこの人は。
微妙な空気になってしまった。沈黙を破ったのは教室の奥から聞こえてきた歓声だった。
自身の担当ウマ娘であるアストンマーチャンの日常を描いた4コマ漫画をブログにアップし続け、遂には書籍化まで果たしたトレーナーがこの教室に参加していた。
グラスワンダーとコパノリッキーのトレーナーもどれどれと足を運び野次馬になる。やはり上手い。コパノリッキーのトレーナーも上手かったがそれ以上だ
「流石、書籍化したプロは違うわねえ」
講師の先生まで足を運び、素直に感嘆している。
「ただ、一つ気になるのだけど……」
「なんでしょう」
着ぐるみが初めて喋った。おそらく先生が感じている違和感は、この場にいる全員が気付いたことだ。
「どのウマ娘も、側に別のウマ娘がいるわね…それも皆栗毛の、王冠を被った…」
「まあ、担当の子以外も描いているのならいいのよ。オホホホ…」
着ぐるみがニッコリと笑った気がした。
しかし本来描かれるべきはずの担当外ウマ娘達より、アストンマーチャンの方が気合を入れて描かれているように見えたのは気のせいだろうか、とグラスワンダーのトレーナーは思った。
二人が元の席に戻り、次はグラスワンダーのトレーナーが自分の描いた絵を見せる番だ。
「あまり自信はありませんが…」
「おお、これは…!」
まるで水墨画だった。筆ペンを持参して描いたらしい。
「雰囲気があっていいですねえ」
「お恥ずかしい限りで…」
「ただ、これ……」
コパノリッキーのトレーナーが怪訝そうに絵を指さして尋ねる。
「この子は、グラスワンダーでは?」
「いいえ、サイレンススズカですよ」
前者の問いかけに、後者はきっぱりと自信たっぷりに言い切った。
「グラスワンダーですよね?」
「その子はマンハッタンカフェです」
随分と前髪の邪魔そうなグラスワンダーだ。とコパノリッキーのトレーナーは思った。
「こちらは?」
「メジロパーマーです」
「こっちは?」
「スーパークリークです」
「これは?」
「ナカヤマフェスタです」
どうやら全てグラスワンダーに見えたのは勘違いだったらしい。
「全部グラスワンダーじゃないんですか!?」
「ちがいますよーっ」
グラスワンダーのトレーナーはこれだから素人はダメだ…もっとよく見ろとまた違う絵を出してくる。
ちょっと古臭い雰囲気のグラスワンダーだった。
「これはスティルインラブ」
ヴェールを被ったグラスワンダーだ。
「こっちはゴールドシチー。綺麗ですね」
金髪のグラスワンダー。
「エルコンドルパサーも描きましたよ」
マスクを被ったグラスワンダーだ。
かくしてコパノリッキーのトレーナーに密告され、グラスワンダーのトレーナーは講師の先生からお叱りを受け、一人だけ居残り授業をさせられたのであった。
「はは…笑ってくれ…」
噂が広まったせいで、肝心の担当にも知られてしまった。これ以上の辱めがあるだろうか。
「それだけ私を好きでいてくれたって事ですよね、嬉しいです♪」
「グラスは優しいなぁ」
「さてと、トレーニングに戻りますね」
椅子に座っていたグラスワンダーは立ち上がると、学校指定の鞄から林檎を一つ取り出してトレーナーの方へ放り投げた。いつの間にか手にしていた薙刀が高速で振るわれる。
「りんご、剥いておきましたので…休憩して食べてから来てください♪」
「あ、ああ…ありがとう」
トレーナーが手にした林檎を見ると、皮は完全には剥かれておらず、よく見るとそこには自分の似顔絵が刻まれていた。
「グラスは良い子だなあ」
なんかゲッツとか言いそうな感じになったな…