耳元から女性の声が流れ、首筋がゾクゾクする。
声の主はダーレーアラビアン。
VRの世界に存在する、ウマ娘の姿をしたAIだ。
ちなみに「マッサージを始める」と彼女は言っているが、現実に施術を行うのはマッサージチェアである。
ただ、コントロールは彼女が握っているため、あながち間違いとも言い切れない。
これに限らず、ウチの家電はすべて彼女の管理下にある。
《まずは肩からいくか》
彼女の親指が、肩の後ろに触れた。
実際にはマッサージチェアのボールなのだろうが、VRゴーグルをつけているため、そう錯覚してしまう。
どうやら、センサーで「コリ」を探しているようだ。
「いっ……大正解です。あぁ……」
《ははっ!どうかな子羊くん、俺のマッサージは?》
「すごいです、力の加減も完璧で……さすがは最新のマッサージ機ですね」
《…………》
「痛っ!?ちょっ、力強っ……!」
《どうかな、『俺の』マッサージは?》
「……気持ちいいです、『ダーレーアラビアンさんの』マッサージ…………」
マッサージの強さが、適切な加減に戻った。
どうやら『彼女がやっている』という点に、こだわりがあるようだ。
それから、マッサージはつつがなく進んでいった。
肩の次は背中、その後に腰、二の腕、足裏、ふくらはぎ……
はじめこそ多少の不安を感じていたが、ダーレーアラビアンのマッサージは本当に心地よく、気を抜けば眠ってしまいそうなほどだ。
ちなみに、マッサージチェアの便利なポイントのひとつは、全身を一度に揉みほぐせる点だと思うが……
彼女がやっている映像に合わせるためか、今は一箇所ずつ丁寧に施術されている。
これはこれで、マッサージされている部分に意識が集中できて良い。
ふくらはぎから手を離し、ダーレーアラビアンが立ち上がる。
順番からして、今度はふとももだろうか。
ぼんやりとそう考えた、そのとき……
《よっ、と》
突如として、ダーレーアラビアンが片足を上げた。
そのまま、力なく浮遊するこちらの両足を挟み込み、またがってくる。
さらにはその体制から、前のめるように前屈し、両手ををふとももに置いた。
「あの、顔がめちゃくちゃ近いんですけどっ……!?」
《こうしないと、ここはマッサージできないからな!》
わかっていて、からかっている。
文字通り『目と鼻の先』に、ダーレーアラビアンの顔があった。
楽しそうに笑いながら、こちらをまっすぐに見つめてくる。
はっきり言って、とても気恥ずかしい。
《ははっ、目を逸らすなよ!》
視線を左右にずらしても、彼女がすぐに顔を近づける。
首ごと横に向こうとしても、かけられた脱力の催眠のせいで動かせない。
かといって、下にさげるのはもっとまずい。
普段は見ることのできない胸元まで、この角度ではあらわになってしまう。
さらには、その奥に潜む谷間まで……
《どこを見てるんだ、子羊くん?》
「っ……」
わかっているくせに。
そう言いかけて、言葉を飲み込む。
また、からかわれるのがオチだ。
ふとももを揉む手が、だんだんと上にのぼってくる。
それに合わせて、彼女の体もじわじわと迫ってくる。
香水のようなアロマの香りが、その実在感を強調する。
しかし、彼女は『その上の場所』には触れず、手を離す。
きっとマッサージチェアのローラーが、その先までは動かないのだろう。
助かった。
大きな安心感とともに、かすかな落胆が胸を刺す。
だが、そうして気を抜いた、次の瞬間だった。
《さてと……そろそろ、最後の仕上げにかかろうか》
体の下に、彼女の手が潜り込んできた。
「ちょっ……そこおしりですよ!?」
《あぁ、臀部の筋肉は凝りやすいからな。こうして、しっかり揉みほぐさないと!》
お互いの顔はもう、鼻と鼻がくっつくほどの距離だ。
恥ずかしさは限界を超え、全身が燃え上がりそうなほど熱い。
……なんだか腹が立ってきた。
こんなの、あまりにも一方的じゃないか。
どれだけ頑張っても、こちらは触れることさえ出来ないというのに……
「……あぁ、そうか」
そのとき、ようやく腑に落ちた。
どうして彼女が、このマッサージチェアを欲しがったのか。
どうして『自分がやっている』ことに、あれほどこだわったのか。
「いえ、なんていうか……ちょっとだけ、わかった気がしたので」
《へぇ、一体なにが?》
「……どれだけ近くにいても、絶対にさわれない『もどかしさ』が」
《っ!》
「あんまり真面目に考えたことなかったんですけど……さびしいですね、これ」
《…………》
さきほどまでの笑顔は消え、真顔でこちらを見つめてくる。
その視線から逃げることなく、まっすぐに見つめ返す。
ゆっくりと、彼女は顔を動かした。
前へ、前へと。
お互いの顔のテクスチャが、重なってしまうくらいに。
今、彼女の唇は……どこに触れているのだろうか。
わからない。
そこには、一切の感触が存在しないから。
数秒か、それとも数分か。
彼女は静かに、顔を元の位置に戻す。
その瞳は、普段の姿からは想像もできないほどに、潤んでいた。
《…………》
「えっと、マッサージは……」
《……あぁ、そうだったな》
小さな声で、彼女はそう答えた。
上体を起こし、またがっていた体から降りる。
《子羊くん、もう終わりにしよう》
「……わかりました」
「……お願いします」
《3……2……1……ゼロ》
乾いた音が耳に届く。
その瞬間、全身に力が戻る感覚をおぼえた。
試しに腕を上げ、手を握ってみる。
違和感なく、ちゃんと動いた。
手を顔のそばに寄せ、見えないゴーグルにさわる。
今は見えないが、現実にはそこに存在している。
『さわれる』から、わかる。
《……あぁ、子羊くん》
ゴーグルを持ち上げる。
世界が白い光に包まれ、消えていく。
《さようなら》
震えた声も。
無理やり作ったような微笑みも。
エメラルドの瞳からこぼれた涙も。
すべてが真っ白に消えていった。
ゴーグルを外し、マッサージチェアから降りる。
「少し散歩に行きませんか?」
水をひとくち飲み、上着を羽織る。
「いい時間ですし、晩ごはんの買い物もしましょう」
スマートウォッチをつけ直し、玄関へ向かう。
「今日の献立も、お願いしていいですか?」
くつを履き、ドアノブに手を掛ける。
返事はない。
今、この家には自分ひとりしかいない。
あたりまえだ、一人暮らしなのだから。
親指をセンサーに当て、ロックを解除する。
家を出ると、外はもう暗くなり始めていた。
空にのぼった星々が、それぞれの輝きを放つ。
遥か彼方の地平線が、燃えるように赤く染まっている。
まもなく、陽が沈む時間だ。
この続きはまだ書いてない
お前には誰も不幸にならない幸せなハッピーエンドを書く義務があるが好きに書け
むぅ…
貴様…Ever17とか好きかね?
いや1人か
セガはさあ
さあ各ウマ娘無事にget readyしました
分かたれている二人が迎えるハッピーとは何かという話になるぞ
なんとかハッピーエンドにしてほしい
それともメガドライブからすらも謎の失踪を砥げるのか
マジで失踪したら学園的に大損失どころの話で済まない…
虹色町の奇跡の桃子か…
ここ数日の楽しみになってるか続き待ってるぜ!