ゆっくりとリールを巻きながら一人ぼやく
さっきから何投もしているその仕掛けには全く反応が無く、時々海藻の切れ端が付いているばかり。結構いい時間が経過しているんだし、何かしらの手ごたえが欲しいものだけど
言っているうちにまた仕掛けが手前の方に来てしまう。これで今日何回目になるだろうか
「水温は問題なさそうだし、あとは潮の流れかな」
トレセン学園からバスで暫く来たところにあるその港は静かなもので、自分以外だとあと一人しか釣りをしている人影は見えない
あれは……遠目からだけど、ウマ娘だろうか。帽子をかぶったウマ娘は一人釣りをしてる。トレセンの生徒かな
お休みの日に久々に釣りにやってきたはいいけど、現在なんとも寂しい結果に。このままだと空のクーラーボックスを担いで帰る事にもなりかねない
そう呟いて手に取るのは、いわゆるエギというやつ。イカを狙う際に使われる仕掛けで、エビのような姿をしたルアーのようなもの
パープルカラーのそれは何度も投げて反応が無かったのでチェンジ。オレンジカラーに交換
いつものエギケースには4本ほどカラーを揃えてきたけど……
「これで反応なければ……場所変えてみるかなぁ」
カラーを変えれば必ず反応がある、というわけでもない。そもそもいなければ意味がないわけだし、思い切って場所そのものを変えてしまうのも手だ
「それっ!」
念のために周囲を確認してから、先ほどまでとは違う方向にキャスト。その後、エギを底まで沈めていく
そしたら竿をしゃくって動きを付けてイカを誘うんだけど………今回は、少し動きを変えていく
出来るだけ底を意識して、あまり離し過ぎないように誘いをかける。アピールしつつ、海面まで上がらない程度に
今回のターゲットは、砂地の海を好み底の方にいることが多い。あまり大きく動かし過ぎてもそれはそれで逆効果になる事があるのだ。なので、時には底をずるずると引っ張るようにしてやるのも一手
もちろんそれは一例で、必ずそうというわけじゃないし人それぞれに経験からのやり方がある。ただ、セイちゃんの場合そうだというだけで
もし本当に生体反応が無ければ、大きくしゃくってやってもいい。釣りは結局ターゲットの気分次第な所も大きい。今までやってなかったやり方で突然反応出たりもよくあることだし
「………お?」
突然、竿先に強い重みを感じ取る
根がかりか?とも思ったけど……違う。何か、確かに生きているものが喰らいついてきてる
「きた、かな?」
狙い通りの獲物だった場合、あまり急に巻いたりすると身がちぎれてしまうこともある。なので確実に、丁寧にだ
大きさは結構ある。そもそもこの仕掛けだと他の魚は中々釣れないし………いやちょっと待って?と、不意に違和感を感じた
期待してる獲物だと、もっと暴れるはずなんだけど……まるで底に張り付くかのような異様な重み。暴れるというよりはただ単純に重い感覚
これは、まさか。一応タモ網を置いてある場所の近くに移動してみるけど………
水面に浮かんできたそれを見て、申し訳ないけど深くため息をついてしまった
「………アカエイかぁ」
尾に毒針を持っていて、その威力はゴム長靴程度なんて簡単に貫通してしまうほどに鋭利。しかも猛毒を持っているので下手に触れば大惨事待ったなしの危険生物だ
切り身エサなんかを使ったり泳がせ釣りをしているとかかる事がある外道だけど、ルアーでもこうやってかかったりするので釣り人にとっては頭痛のタネだったりもする
幸いというかなんというか、そこまで大きくはない個体だけど……その毒性に大きさは関係ない。食べられない訳じゃない、むしろちゃんと料理すれば美味しいのは確かなんだけど今回はお帰り願おう。あんまり危険なことはできないしね
「ほーら、もう釣られないでね」
エギについている針は剣山のように数が多いけど返しがついてない。だから、少し糸を緩めて揺らしてやれば簡単に外れてくれる
自由の身になったアカエイはそのまま、どっかへと泳ぎ去って行った
「さてさて、本命はいずこですか〜っと」
しっかり底をとって、竿を適度に動かして誘い、砂底をズリズリ引っ張って。色々試しながらアピールを続ける
エサになるアジなんかの魚は十分入ってきてるし、例年なら大体この時期には港に入ってきてるはずなんだけど………
「……お?おお?」
再び感じる、確かな重み。岩や海藻ではない、確かな生物の反応
期待を込めて、ゆっくり竿を立てると………
「っ、きた!!本命!!」
まるで別方向に突っ込むかのような噴射、その手ごたえに確信を持つ。ついに本命の御到来だ
多分しっかり抱きかかえてるだろうから問題はないだろうけど、身切れしたりしないように竿先を操りつつ確実に手元へと寄せてくる。これは、そこそこ大きいかもしれない
「あ、こらこら!!そっちに逃げない!!」
狙った生き物との一対一の戦い。経験から練り上げた駆け引き。それらが通じた時の高揚感
そして、その獲物はゆっくりと水面に姿を見せてくる
狙い通り。そこに、驚かせて急に逃げられることの無いようにそっとタモ網を入れて、掬い上げれば………
「コウイカ、ゲットぉ!!」
コウイカ。もしくはスミイカ
先ほどの通り砂地を好んで生息するイカで、大体今の時期から初夏にかけて浅場に産卵しにやってくるこの時期の美味しいターゲット
産卵を終えたイカはその大半が死んでしまうので、今頃の春イカはまさにベストシーズン。狙い通り、なかなかいい型のイカを釣り上げることができた
「さてさて、〆ていきますか」
上手くいったようで、さっきまで黒ずんだ色に染まっていたその体はすーっと白く染まっていく。これを反対側、足の方にもやって活〆完了
あとは直接氷に触れないようにしてクーラーボックスへ。こうすることであとの味わいが大きく変わってくるのでちゃんと丁寧に処理しましょう
「さてさて、他にもいればいいなー」
数回投げてみて反応が無ければまた別のところに行ってみよう。釣りに大事なのは忍耐と、軽いフットワーク。その使い分けだ
あと2杯くらい釣れないかなーと期待を抱きながらエギを構える
「イカさん、こいこーい」
いい天気、穏やかな風、静かな港
最高のコンディションでの釣りは、ここ最近の忙しさを忘れさせてくれるものとなった
「はふぅ。気持ちよかったぁ」
どうも、ニンジンジュース片手に失礼します。お風呂上がりのほかほかセイちゃんです
流石にそろそろ底冷えする時期でもなくなったけど、海から帰って来たあとは髪とか塩ったれちゃってるのでちゃんと綺麗に洗い流さないと気持ち悪いしね
というわけで、いつものように使用許可を取った調理場に。クーラーボックスを開ければ、今日の釣果が
「セイちゃん、大勝利〜」
そこには、そこそこの大きさのコウイカが3杯。あの後狙い通りに2杯追加して、少し早く納竿してきました
自分で食べられる分だけ釣る。それがセイちゃんの釣りのモットーですので
「さてさて、じゃあ捌いていきましょうかね」
まずはイカの甲を抜いていく
表面に切れ込みを入れて、指で広げて皮を剥がすように。綺麗に抜けると気持ちいいんですよね
綺麗に甲が取れたらゲソを内蔵ごと取っていく。この時内臓を破らないように慎重に。特に墨袋。これは明日イカスミパスタにでもしようかな
肝も使うのでそれをしっかり取り除いて、水と料理酒を入れたボウルに入れて冷蔵庫の中に
「キングはこの肝、全く駄目なんだよねぇ………」
あと、フラワーも。二人とも、初めて食べた時すっごい顔してたし。キングは意地になって食べてたけど、まあ結構好き嫌い別れるから仕方ないっちゃ仕方ない
さて、続いて皮を剥いていく。下を少し切っておくと剥がしやすくていい
そしたらゲソに残った目と嘴を取り除いて………
「これで、下ごしらえは完了っと」
そのうち1杯は明日以降食べるので残しておく予定。イカは一日目は食感がいいんだけど、一日二日ほど冷蔵庫で寝かせておくとねっとりして甘みが増すからまた別のおいしさがあるんだよね
明日のお刺身とイカスミパスタ、楽しみです
「さてその前にまずは今日の分」
まず、お刺身を作っていく。ゲソは適度な大きさに切って、と
胴体部分は身の厚みがあるの、切り離さない程度に切れ込みを入れておく。そしたら適度な細さに切っていって
この辺色々人の好みが出るんだけど、セイちゃんは少し細めに切った方が好みです
「お刺身はこれでオッケー。じゃあ、肝焼きにしていこうかな」
イカの身を一口サイズに切っていって、と
そしたら、醤油・料理酒・みりん・白味噌を全て同量でよーく混ぜ合わせて。そこに刻み生姜を入れておく
フライパンにごま油を敷いて、温まったら刻んだ鷹の爪を入れて火にかけて、適度な所で肝をイン
火が通ったら先ほどの調味料を投入して火にかけて、ある程度煮詰まったら身を入れて、よく絡めながら炒めて、と
「はい出来上がりー。んじゃ、最後に………」
さあ、ここから最後の大仕事。鍋に多めの油を張って、火にかけていく
そしたら、一口大に切った身とゲソに多めに塩コショウして。そこに片栗粉を入れて全体にまぶしていく
油が適温になったら、そこにそーっと入れていく。んー、いい音。揚げ物を作るときのこの音、たまらない
時間があるならもっと味の濃いタレを作って漬け込んでおいてもいいんだけど、今回は短縮版。さっぱりとした仕上がりのコショウ仕立てに
キツネ色になるまで揚げたら、さあ完成。コウイカの唐揚げでございます
ご飯を器にぺちぺち盛ったら、今日の献立の完成です
本日のメニュー
ご飯
コウイカのお刺身
コウイカの肝焼き
コウイカの唐揚げ
汁ものも貰ってこようかな、と思ったけど結構量があるので今回は割愛。いや食べようと思えば全然食べられちゃうけど、食べ過ぎは良くないからね
そしたら大事な儀式
両手を合わせて目を瞑り、食材に感謝と敬意をもって
「いただきます」
まず手を伸ばしたのはお刺身。最初は普通にお醤油にちょんちょんと付けて
コウイカ特有の強い甘味。アオリイカよりも柔らかな食感がまた嬉しくて、ついつい二度三度と箸が伸びてしまう
さっきも言ったけど、イカは熟成させることで甘みが増すから明日以降はもっと甘味が強くなることになる。今こうして食べているのに、もう明日のことを考えてるのは我ながら強欲というか
そしたら生姜醤油にして、と。ねっとりした甘味と生姜の香り高さがよく合う。ワサビ醤油でもいいけど、セイちゃんはイカには生姜が好きです
「続いて肝焼き……あむ」
以前の肝の丸焼きほどじゃないけど、凄まじいパンチのある味わい。塩辛に似ているような、ちょっと違う様な
イカの肝は本当に濃厚だからこうして結構他の調味料を入れてても全然力負けしないから凄い。少し箸に取るだけでご飯がモリモリ進んじゃう。これは間違いなくおかわりコースか
味変にちょっとネギを振り掛けてみる。あ、これはベストマッチ。用意しておいてよかった
お刺身でも思ったけど、このゲソの食感って昔から好きで止まらなくなる。1杯のイカから多く取れないのが残念なくらいと言うか、正直身よりも好きかもしれない
「唐揚げも美味しい〜。天ぷらと迷ったけど正解かな」
唐揚げのイカは、モッチリとした食感で下味のコショウが甘味をよく引き立てて。香ばしさも相まってこれも白米が進んじゃう
結局おかわりしちゃいました。大盛りぺちぺち、と
「んー、明日お弁当作ろうかな。そしたら唐揚げ入れていけるよね」
そうこうしているとどんどんお皿は空になっていく。お刺身はすっかりぺろりと平らげちゃったし、唐揚げも明日の分を残して食べちゃった
「じゃあ、最後に………」
お皿に残った肝を残さず食べ尽くすように、ご飯を乗せて
これがまた堪らない。表面についてるくらいでも凄く風味が強いから全然食べられちゃう。お行儀?ご勘弁くださいな、美味しいんだから
「はふぅ。食べた食べた、大満足ぅ」
すっかり空になったお皿の前で、セイちゃんご満悦です
途中はボウズで帰るのも覚悟していたけど、粘り勝ちでお土産確保できて本当によかった
これからまだまだ、春の産卵期でもっと多くのイカを釣ることだって夢じゃない。そしたら、今度はキングかフラワーか、それともスペちゃんたちでも連れて行ってみようか
もしも1杯でも釣れたなら、それはきっと最高の思い出になるだろうし。貸し出し用の竿用意しておかなきゃね
みんなを釣りに連れていく前に、その辺の危ないお魚もしっかり教えておかないとね
暖かくなって、レースも釣りもハイシーズン。ああ忙しいなぁ、なんて。それが嬉しくてたまらないんだけど
………そういえば。港にいたあのウマ娘らしき人影。あの帽子の子はちゃんと釣れたんだろうか。そんなことを考える
多分今日の海の調子なら丸坊主はないだろうけど………もしも次に港で見かけたら、声をかけてみようかな、なんて考えて
釣り好き同士、仲良くなれるといいな
「………それじゃあ」
色々使ったし片付けも大変だけど、それはまた別の話
今日出会った全ての魚と、その戦いの結果と、その命に感謝して
もう一度、両手を合わせて目を瞑って
「………ごちそうさまでした」
また次の釣りも、楽しく美味しい一日になりますように
読んでてお腹が空いてくる
下手に上げると周りの人の迷惑になりかねないので
アカエイなら.38くらいで行けるんでないか
やろうと思えば棒で頭だめだでも十分だけどね
海外のっていうとあの化物みたいなサイズのやつか