――それは、日差しの暑いある日のトレーニング場でのことだった。僕はトレーナーさんからの指示のもと、いつものようにトレーニングをしていた。
「ふっ……っ……はっ……!」
「よし! 良い感じだなビリーヴ!」
僕が走り終えると、トレーナーさんは眩しい笑顔をこちらに向ける。ほんの少し乱れた息を整えて、僕はトレーナーさんの元へと歩く。
「うん、これで今日のトレーニングは終わりだな。お疲れ様、ビリーヴ」
「はい。ありがとうございました」
「……しかし、それにしても暑いな今日は……ビリーヴ、ちゃんと水分補給するように。脱水症になったら大変だからな」
「はい。……その、トレーナーさんもお気をつけて」
トレーナーさんから水分補給を促され、持ってきておいたボトルを開けこくりと飲む。実際、この暑さの中トレーニングをしていた僕の身体は汗ばんでいて、喉もすっかり乾いてしまっていた。
そんな喉に冷たく心地の良いスポーツドリンクが流れ潤す。ふう、とひと息ついて額の汗を拭い、ちらりとトレーナーさんの方を見やる。
じっと。トレーナーさんはボードを見つめている。多分、僕の今日のトレーニングについて考えてくれているのだろう。頬を流れる汗をそのままに、真剣な眼差しで考え込むトレーナーさん。……その姿は、己の職務に心血を注ぐ仕事人そのものだ。
そんなトレーナーさんが、僕は好きだ。トレーナーさんの仕事に対するその姿勢を、僕は尊敬しているし信頼している。トレーナーさんとなら、心の底から、一緒に仕事をしていきたいと思う。
「…………ふぅ……」
……ただ。仕事熱心なトレーナーさんだけれど、この暑い日差しの中で、汗を拭うこともなく休むこともなく仕事に取り組んでいる姿を見ていると。ちゃんと、自分の身体を大事にして欲しいと思う訳で。
「……トレーナーさん」
「……ん? どうした、ビリーヴ」
「トレーナーさんも、ちゃんと水分摂ってください」
そう言って、自分のボトルを渡す。
「あ、ああ。それはそうだな……ごめん、ありがとうビリーヴ」
トレーナーさんが僕のボトルを受け取って、それからごく、ごくと喉を潤す。
だからこそ、トレーナーさんが仕事に熱中し過ぎている時は、僕が気付いて支えてあげなければ。と、思う訳なのだが。
「ぷは、ありがとうビリーヴ生き返ったよ」
「僕のことだけじゃなくて、ちゃんと自分の身体も大事にしてください」
「……あはは、ごめんな。気をつけるよ」
バツが悪そうに、トレーナーさんは頬をかく。顔に浮かんだ汗が、首元へと流れ落ちる。
「…………」
ひょい、と。トレーナーさんの首元に巻かれたタオルを持つと、少し手を伸ばしてトレーナーさんの汗を拭う。
「えっ、あっ」
「凄い汗ですね。僕と違って激しく運動をしている訳では無いとは言え、この暑さの中ですから、気をつけてくださいね」
「……その、ありがとう……」
……本当に、トレーナーさんって。全部顔に出るよな。今どんなことを考えているのか、全部丸わかりなトレーナーさんの顔をマジマジと見つめる。
「……あ、あの……ビリーヴ……?」
間近でトレーナーさんの顔を見つめていて、ふと……。ほぼ無意識だけれど、すんと。呼吸の中で感じられたわずかな匂いに僕の脳が反応する。
「……トレーナーさんって」「……?」
「なんだか、良い匂いがしますよね」
無意識に、僕は呟く。
「……え?」「良い匂いが、します」
そう僕が告げると、きょとんとした表情で、トレーナーさんはこちらを見つめ返す。
「その……何かつけていたりするんですか……?」
「え、いや……別に何もしてないけど……?」
「そう、ですか……? なんだか、良い匂いで……落ち着くなって、思うんですけど……」
「いや……特に心当たりは無いけど……?」
「…………??」
……二人して、不思議そうに首をかしげる。何もつけていないというのに、良い匂いがすることなどあるのだろうか……? そんな疑問は残したまま僕らは汗を拭き終えると、互いに頭上にクエスチョンマークを浮かべながらトレーニング場を後にするのだった。
「――ビリーヴさん、それって……――い、いえ……それを今指摘するのは騎士として――」
「ん、聞いたことがある。相性の良い相手は良い匂いがするらしいどこぞの寮長が言っていた。つまり良い匂いがするというビリーヴとビリトレは遺伝子的に相性が――もがもごご」
「ちょっと、ライトオさんっ!? 余計なことは言わなくていいの……!! ほら、行きましょう!?」
「もが、もがっもご」
無自覚ビリーヴいいよね
何やってるんだ僕…って正気に戻ってほしい