耳にはイヤホンがさしっぱで、とても静かに寝息をたててる。まさか会議中に寝ちゃってないよね?「……ん?」
気になってノートパソコンを覗いてみると、特に会議中とかでもなくホントにただの作業中の居眠りだった。まぁ、いくら疲れててもあたしのトレーナーが会議中に寝るような人間じゃないって分かってるんだけど。
それにしてもホントに珍しい……。あたしがバカじゃなかったら、トレーナーにこんな居眠りさせるまで疲れさせることもなかっただろうにな。
「……ぅ、……? ──しまった!」
「っす〜トレーナー。キモチよく寝れた?」
「すまないジョーダン。待たせてしまったかな?」
「あたし今来たばっかだから気にしないでいいし。それよりなに聴いてたん?」
「これかい? これはASMRだよ」
トレーナーもそう言うの聴くんだ。「どんなの聴いてたの?」
「石の音と水中の音だよ。昔からその音が好きでね」
「ふーん。聴いてもいい?」
「どうぞ」
スマホに繋いでいたイヤホンを外して、引き出しから違うイヤホンが刺されて渡される。付けてみると、先ずは石の上を歩いているような音。それも多分拳くらいのちょい大きめのやつ。
その次は水の中の音。ゴポゴポと耳の中がくすぐったくなるような、変な感じ。
……なんか、全体的にビミョーなチョイスだわ〜。
「……微妙そうだね?」
「もっとこう、癒し系のないの? まじビミョー過ぎて反応に困るやつだからこれ」
「そうか……。じゃあジョーダン自身で気に入ったのを聴いてみるかい?」
見てみると、全体的に働きすぎで癒しが少ないトレーナー達へ、学園から癒しの音を提供するって内容だった。ここに書いてあることがホントなら、1000種類もあるってヤバくね? どこに力入れてんの。「違う違う。そこじゃなくて、ここ。QRコードがあるんだけど、トレーナー用とウマ娘用と分かれていてな。プリント貰ってるだろう?」
「あー、もらってたかも知んないしそうじゃないかも」
「まぁ、兎に角気に入ったのをダウンロードしてみても良いかもよ。全部無料みたいだから。でも何でトレーナー用と分かれてるんだろうね」
あたしも気になった。ま、それは実際にやってみれば分かるでしょ。
スマホでウマ娘用のQRコードを読み込んでみると、学園のサイトっぽい所にとんだ。そこであたしの学籍番号を入れて見ると、確かにたくさんの種類があった。トレーナーが聴いてた川系の音もあるけど…………それよりも目を引くのはまた別のリンク先にとぶ『トレーナーASMR』ってやつだ。
リンク先にとぶ。最初に飛び込んできたのは担当持ちの娘に対して注意文。
音源の収録はトレーナーの演技力テストと偽ってうんぬんかんぬんで、ここにアップされてることは知らせてないからナイショにする事って感じだった。まじでこの学園ヤバくね……?
いよいよ一覧を見てみると、あいうえお順で並んでいるからかトップがアイネスフウジンのトレーナーのASMR(シチュ違いで12種類)。その次はアグネスタキオン、アグネスデジタルと続いていた。特に他の人にはキョーミないし、スクロール。
そして更に下にスクロールしていく指は早くなっていく。あたしの心臓もこの先に何があるのか予想して、勝手に早くなっていく。
あ行が終わって、か行も終わって……た行になって──
「お、ジョーダンも好きな音見付けられたのか?」
「っ、いやいやいや、そうじゃねーから! 気にすんなし!」
「? そ、そうか……すまない」
「ぅ……ごめん……」トレーナーに背を向けてスマホに向き直しても、そこにはちゃんと『トーセンジョーダンのトレーナーASMR』があった。
叱るシチュ、ほめるシチュ、なぐさめるシチュ、その他その他……いくつかあるけど気になった彼氏シチュをダウンロードしてみよう。そう、これはまずどんな感じなのかさわりを聴いてみるだけだから。別にトレーナーがカレシになった感じを味わってみたいとかそんなんじゃないから。第一他の娘もここにアクセスしてダウンロード自由にできんならあたしのトレーナーのも聴いてる娘も居るだろうし、どんなのか気になるとかトーゼンって言うか。流行りとか抑えとかなきゃヤバいっしょ。流行りに乗り遅れるとかださいから。
「……ふーっ」
スマホにイヤホンさして、ダウンロードしたそれを聴いてみる。
「バクシんぅっ!!?」
「どうした!?」
「ちょ、ちょっとゾワゾワしてビビっただけだしっ」
「あー。最初は慣れないだろうね。でもすぐに気にならなくなるよ」いきなりダイタンすぎじゃん! てかトレーナーの声、ねっとりしててヤバぁ……。うっかりバクシンとか出たし。
『だって俺達恋人同士じゃないか。トレーナーとウマ娘、大人と子供。あぁ……イケナイ関係だとも。だけど、興奮しないか……? 第一、君がOKした時点で今更だろう?』
これは、マズい。こんなものをあたし以外にも聴いてるなんて……あっていいハズがない。こんなものはすぐに止めさせないと、あたしのトレーナーを良くない目で見るやつがいっぱい……。
『具合が悪いのか?』「顔が赤いみたいだけど……」『ほら、こんなにもおでこが熱い』「ジョーダン?」
あ、ああ……。
「俺の声が聞こえてるか?」『すぐに保健室に行こう』「保健室に行くか?」『俺が診てあげるよ』「連れていこうか?」
イヤホンとリアルのトレーナーの声が混ざって聞こえてなにも分からなくなる。脳みそがぐちゃぐちゃにされるみたいで、全部があいまいになって、溶けて、トロトロに、熱くて、切なくて──
>音源の収録はトレーナーの演技力テストと偽ってうんぬんかんぬんで、ここにアップされてることは知らせてないからナイショにする事って感じだった。まじでこの学園ヤバくね……?
そうだね×100
>特に他の人にはキョーミないし、スクロール。
これは、マズい。こんなものをあたし以外にも聴いてるなんて……あっていいハズがない。こんなものはすぐに止めさせないと、あたしのトレーナーを良くない目で見るやつがいっぱい……。
矛盾してません?
かかり気味になる奴らを炙り出す罠…?
そりゃASMRで…