「俺は絶対全裸がいいなあ」
「だから風邪引くじゃない」
「二人ともどうしたんですか?」
真剣な表情で何を議論しているのか、尋ねてみると、なんでもアドマイヤベガのトレーナーは寝る時に布団の感触を直で楽しむために全裸で寝るらしく、その事を知ったアドマイヤベガがやめさせようとしているようだ。
「数年前からこのスタイルだから今更風邪なんか引かないよ」
「あなた時々鼻声じゃない。それに布団が吸う汗の量も増えるし、メンテナンスが大変になるわ。本当に素晴らしい布団乾燥機を使えば、パジャマの上からでもしっかりふわふわを味わえるわ。私のようにふわふわのパジャマを着るという手段もある。大人しく私に従いなさい」
不毛な議論が続く。イチャつくのは大変結構だがこの議論は不毛でカワイクない。カレンチャンは痺れを切らして提案を口に出してみた。
「お互いに相手のやり方を試してみればいいんじゃないですか?否定するだけじゃ悲しいですよ!」
二人がハモり、思わず目を合わせる。
「つまりこの人が私のパジャマを着て…」
「アヤベが全…痛い!」
トレーナーは言い終わる前にアドマイヤベガにつねられた。口に出そうとした事を脳内に描いてしまったのは誰の目にも明らかだったので仕方がない。
「……ん?いや、俺がアヤベのパジャマを着るのはおかしいっていうか、サイズ的に無理ではないか?」
「心配しないで。こんな事もあろうかとサイズを複数用意してあって、その中に男性も着られる緩めのやつがあるから」
「ノリノリだな……」
かくして就寝スタイルスワッピング実験が行われる事になった。
その日の夜、場所はトレーナー室だ。ウマ娘が二人もいればベッドを運ぶ事など造作も無かった。
「ねぇ…冷静に考えるとこんな事やる意味あるのかしら…?」
今更になって日和ったのかこの人は、とカレンチャンは一瞬考える。
「私が楽し…二人の絆を高める為には大事ですよ!全裸になるのが恥ずかしいなら、トレーナーさんはアイマスクを装着して亀甲縛りにしといたんで大丈夫です」
「これ(縄)は寝る時には解いてね?」
この実験のために、二人とも軽いストレッチと入浴は済ませていた。念の入った事だ、とカレンチャンは他人事のように考える。正直この二人がイチャつくのを見られればなんでもよいのだ。
(嘘…なにこれ……!ふわふわが直で全身を包み込む…!まさにふわふわの原液…!?こんな快楽……耐えられないっ…!)
アドマイヤベガは60秒で眠りに落ちた。
トレーナーはアドマイヤベガの所持するいくつかあるパジャマの一つ、大きめのふわふわパジャマを着用して布団に入った。死ぬほど似合ってなくて可笑しかった。
(嘘だろ…!これは…!?全身をふわふわのパジャマが包んで、その更にその上からふわふわの布団が包み込んでくる…まさにふわふわのミルフィーユ!)
トレーナーも60秒で眠りに落ちた。
ええ…とストップウォッチを握りしめるカレンチャンは困惑した。
「お二人とも案外チョロかったですね」
「馬鹿な…こんなはずは…」
「この布団が…たまたま気持ち良すぎただけよ」
アドマイヤベガが懲りずに言い訳をしている。アヤベさんが布団の事で譲るわけないよなぁと思いつつも、カレンチャンはふと妙案を閃いた。
「じゃあ次は布団も交換してやってみましょう!」
え゛っ。と二人が一瞬固まる。先ほどは各々が普段使っているベッドを、わざわざここまで運んできて実験した。確かに使い慣れたベッドだから即落ちしてしまったというアドマイヤベガの意見は理にかなっているが…
「交換って事はつまり…トレーナーさんがふわふわのパジャマを着て私のベッドで寝て…」
「アヤベが全裸で…痛いっ!」
トレーナーがまたつねられた。
「はぁ…いいですか二人とも。睡眠というのは料理のような物なんですよ。」
「語り出した…」
「自らの肉体に睡眠という行為を施すお二人は言わば料理です。そして美味しさはコンディションです。睡眠という名のレシピが上質であるほど、翌朝目が覚めた時には健康という名の美味しさはより高い物に仕上がるんです。ここまではわかりますね?」
アイマスクを付けたモコモコの成人男性と全裸のウマ娘は黙って聞いている。
「しかし睡眠という名の料理は地味に時間がかかるんです…個人差はあるけど、だいたい5〜8時間…その膨大な時間を妥協するなんて、自らの肉体をフル活用するウマ娘と、それを支えるトレーナーにあってはならないんじゃないですか?」
目隠しトレーナーと全裸アヤベさんがうんうんと首を縦に振る。トレーナーとウマ娘、という職業柄以上にこの二人は個人的に自分の睡眠スタイルにプライドがあった。乗せるのは容易い。
「ふっ…あり得ないわ」
「仮定の話です。そうすると、トレーナーさんが一晩かけてじっくりコトコトとワインやソースで煮込まれている間、アヤベさんはジップロックに密閉されて冷蔵庫に放置されてる事になるんですよ」
「ジップロックに…」
アドマイヤベガは想像する。密閉されたプラスチックの入れ物。その中に閉じ込められた自分。自分が理想とする『ふわふわ』とはかけ離れている。眩暈がした。
「ううっ…」
「トレーナーさんも同じですよ。自分の睡眠法は他社より良質なのか、自分がジップロック状態なのか否か、白黒ハッキリさせないとそれこそ今夜安眠できないんじゃないですか?」
トレーナーは途中から全く理解できていなかった。ジップロックでいいじゃないか。
しかしカレンチャンの勢いに押されたこともあり、アドマイヤベガの方はすっかりカレンチャンのカワイイ・マインドコントロールに支配されていたので、布団スワッピング実験を行う事にした。
カレンチャンが部屋の明かりを消す。先ほどの実験ではここから1分程で眠りについてしまった二人だが…
(これがアヤベの布団…なんか良い匂いがするのは気のせいだろうか…いかん、いかんぞ、教え子にそんなやましい…いやでもこの匂いと、えもいわれぬふわふわの感触…ましてや今着ているこれもアヤベの私物…!これは最早アヤベに包まれているようなものなのでは…)
(これがトレーナーさんの布団……衣服を纏ってない私を直で包み込んでる…トレーナーさんの……お、男の人の匂い…なんて濃い…はっ、駄目よアドマイヤベガ、そんな寮長じみたいやらしい考え…あの子に顔向けが…いやでもこの匂いは…普段も少し気になってはいたけどこんな近距離で…嗅がずには…)
二人とも寝るどころではなかった。
「お二人とも、ぐっすり寝ちゃったみたいだなー。じゃあカレンはまた30分後に迎えに来ますね〜」
嘘である。カレンチャンの両耳カワイイ・イヤーは地獄耳なので、呼吸音と心拍数で生き物が寝ているかどうかはすぐわかる。
それに仮にカレンチャンが同じ立場───「お兄ちゃん」の布団に入るなんて事になったら寝られるはずが無い。しかしあえて二人が寝ていない事をわかった上でこの場を去る事にした。
ただし、このままでは二人とも寝られずにそのうち解散する可能性が高いのはわかっている。なのでカレンチャンは部屋を出るまでに自家製のカワイイ・アロマを設置する事にした。
このアロマはほとんど無臭だが睡眠を誘発する効果があり、焚いてから10分ほどで徐々に効果が出始める。もしこの二人が10分以上相手の布団の匂いを楽しもうとする変態…もといカワイイ思考の持ち主ならそのままアロマの効果で朝までグッスリだろう。
「おはよう、アヤベさん!昨日はごめんなさい!カレン部屋に戻ってそのまま寝ちゃって…あの後どうでした?」
カレンチャンが寮の自室で目覚めるとアドマイヤベガは帰っていなかった。ということは当然あの後トレーナーと同じ部屋でトレーナーが普段使っている布団で寝たのだろうが…
「……おはようカレンさん」
アドマイヤベガはそれだけ言うと、耳まで赤くしてそそくさと去っていってしまった。何かあったのだろうか。
その後すぐアドマイヤベガのトレーナーを尋ねてみたが、同じような反応だった。
「あーあの後は……その…よく眠れたよ、うん。ははっ、心配してくれたの?ありがとう」
何があったのか気になりすぎる…監視カメラを用意しなかった事を悔やむ。カレンチャンはその日ずっとモヤモヤした気持ちになってしまった。
「いい?お兄ちゃん、睡眠は料理と同じなんだよ?」
彼女はその夜「お兄ちゃん」と二人で一晩かけて煮込んだボルシチを食べ、たいそう満足したらしい。
>かくして就寝スタイルスワッピング実験が行われる事になった。
なんて?
アヤベさんの背中より先にトレーナーが例のアニメアヤベさんパジャマでなくて良かったという気持ちがあった
>そんな寮長じみたいやらしい考え…
まるで寮長の考えがヤバいみたいじゃん
あわ君
やたた
ましち
れには
私に対する風評被害が酷くないかな?
ボルシチは美味いからな…
本当にボルシチかー?
こんなもん流行ったら猫の学園になる
寮長心の俳句
セッもしましたよね…?
……
自惚れるな
悪…良いとこ全部出ちゃったな
なんなら学園中に広まって欲しい
アヤベさん怪文書を気軽に増やしても委員会が活動してると考えられる
ありがたい…