船長の指示と共に、みんな各々仕掛けを海に投入していく
1月の冬の海は酷く寒い。今日ばっかりは両耳にカバー付けてきて正解だった
さあ、記念すべき第一投だ。気合い入れていかなきゃ
「お嬢ちゃん、タイラバかい?」
「あ、はい。あわよくば〜、なんて考えながら根魚狙おうかなって」
お隣さんは青物狙いか。相当お金をかけてるんだろうタックル一式で、セイちゃんちょっとうらやましいです
だけど、こっちも今できる最善の装備を整えてきた。決して環境に負けることはないはずだ
みなさん、あけましておめでとうございます
セイちゃんは今、乗り合いの釣り船に来ています
「んー、つっついてはくるんだよなぁ………」
何回目かの仕掛けの回収。その度に、なんか煮え切らないようなもやもやした感じが積み重なっていく
「もういっちょ。そーい」
1月の正月休み。それは釣り人にとって、釣り初めという大事な行事ともいえるものだ
人によってそれは様々なやり方がある
近所の港や堤防でいつもの通りの釣りをする人も多いし、せっかくだからと遠征して大物を狙う人もいる
今回私が選んだのは、乗り合いの釣り船での釣行。学生の身だとちょっとお財布的に厳しいところはあるけど、その分リターンも大きいのでこの日をずっと楽しみにしていた
おかげで今日はルンルン気分で早朝から海に来たんだけど……まぁ、なかなかそう上手くはいかない物で
「………ほら、何か突っついてきてるなぁ」
今回使ってる仕掛けの名前は、タイラバ
大きな目のようなオモリに、ラバー製のヒラヒラ、そしてフックがついたルアーの一種。見た目はかなり奇抜なんだけど、専門でやる人も多いくらいに実績があるし人気の釣り方
釣り方というか使い方もすごく簡単で、まずオモリに任せて沈めていって……こっからが大事
底に着いたら……すぐさま巻き取り始める。そして同じ速度で巻き上げてくる。細かいテクニックはあるけど、基本はこれだけだ
この釣りは、本来はある魚に特化した釣法。今日もその魚をお目当てに来てる節はあるんだけど……
「……あっ、これは……!!」
竿先が曲がり、竿を持つ手に一気に重みがかかる
確実に食った。そう確信できる引きに思わず口元が緩む
今日一発目の獲物。少なくともそう小さくはないだろう。そう思わせてくれるだけのしっかりした手応え
だけど……おそらく、これは
本命の特徴的な当たり方・引き方ではないのを悟っても、リールを巻く手は緩めない
いつもの堤防や港とは比較にならない深い水深での釣り。巻き上げる時間もそれ相応にかかるけど、このやりとりがなんとも楽しい
そして、ついにその魚は水面へと姿を現した
「おお、いいサイズのウッカリだねぇ。タモいるかい?」
「大丈夫いです、引っこ抜けますので」
「こりゃ幸先いいわ。俺も負けられねえな」
ウッカリ。そう呼ばれたこの魚、なんと正式名称そのままウッカリカサゴ
浅場でも釣れるカサゴと非常によく似ているものの別種で、流通する時にもそのまま区別されなかったりすることも多い紛らわしい子
通常のカサゴよりも大きくなりがちで、今回釣れたこのウッカリちゃんも38センチとなかなか
変な名前だけど、味は十分すぎる。個人的には全然普通のカサゴにも劣らないと思う
ちゃんとその場で締めて、血抜きして、内臓も抜いて。こういう作業は後々味に響いてくるからしっかりと
「さて、それじゃ……二匹目、こーい!!」
普段あんまりガツガツ釣らないセイちゃんですが、今日は特別。流石に食べきれない程には釣るつもりはないけど、お正月くらいはね
この釣りはとにかく着底したらすぐに巻き上げるのと、出来る限り一定のスピードで巻くことが大事になってくる
なので神経をしっかり集中させて、魚に違和感を与えないように巻き上げて………
次の瞬間……竿をノックする、何かがあった
「………………!!!」
タンタンタンッと竿先を叩くような反応からの、下に突っ込むような強烈な引き
口元は緩み、今針にかかっているであろう魚体を想像して興奮を抑えきれない
「おっ!!嬢ちゃん、そりゃでけえぞ!!」
「船長、こっちのウマ娘のお嬢ちゃんがかけた!!!タモ貸してくれ!!!」
両隣の人もついにきたかとこちらに注目する
今使っている仕掛けでこの引き……きっと、間違いない
「あと10mです!!」
「頑張れ嬢ちゃん!!!リーダー入った!!後もう少しだ!!!」
水面近くに姿を現したその魚は、想像していたよりもよほど立派で
竿先に伝わる重量と引き、それに負けるかと合わせて竿を操り巻き上げる
「すみません、お願いします!!!!」
そして、ついに
「真鯛、ゲットぉ!!!」
「おめでとう!!!こりゃ縁起がいいや!!!」
両隣の人に祝福されながら、その魚……真鯛を手にすることができた
「ふぃー。流石に疲れたや」
帰寮後、お風呂に入ってホコホコセイちゃん。ニンジンジュース飲んでエネルギー充填もばっちりです
流石に1月の船の上はかなり冷え込んだけど、クーラーボックスの中身を思い返せばなんのその。大満足というものだ
帰省した子も多くて普段よりも人数の少ない学園の中、調理場に立つ。いつものお魚アップリケのエプロンでさあ準備は万端だ
「さあさ、御開帳〜」
いつもよりもずっと大きいクーラーボックスを開ければ……新年早々、縁起のいい釣果たちがそこには詰まっていた
「真鯛が3匹に、ウッカリカサゴが15匹……新年早々、縁起がいいねー」
タイラバは名前の通り、本来真鯛釣りに特化した釣法だ。ただ今は真冬と言うこともあって水温も低く、活性が低いと予想していたのでどうかと思ったのだが……
ウッカリカサゴなんかの根魚に混ざって、何と釣れてくれないかなぁ……なんて思ってたら、まさかの2匹。これにはセイちゃんもにっこりです
「どっちも50センチ前後、いい型だね。それじゃ、料理していこうか」
今日料理する真鯛は2匹。一匹はあ・と・で
真鯛はウロコが固い。ウロコ引きで丁寧に全てのウロコを取っていって、お腹の中を丁寧に洗う
頭を落として、三枚におろしたら……腹骨をすいて、腹側と背側に切り分けて、皮を引く
そしたらお刺身に切って、これで真鯛のお刺身は完成
「で、アラに塩、と」
半分に綺麗に割るのはコツが必要だけど、慣れれば意外とすんなりできたりするので一度チャレンジするといいかもです。ただ、刃物の扱いには気を付けて
「そろそろいいかな」
ある程度水分が出たら、ボウルに入れて熱湯をなみなみ注ぎ入れる。この時火傷には注意
で、流水で冷まして、残っていたウロコとか血合いを流しながら丁寧に洗い落とす。ここで手を抜くとあとで臭い思いをしたりしますのでしっかりと
そしたら鍋の準備。今回はまず水と料理酒とスライス生姜を入れて、アラを入れたらしばらく火にかける
アクが出てきたらそれを丁寧にとっていって、落し蓋をして弱火でコトコト。大体10分前後煮ればおおよそ火が通ってるのでヨシ
醤油、みりん、砂糖をムラにならないようにしっかり丁寧に。ちゃんとお味見もして……うん、このまま煮詰めると濃くなるから少し薄い位でオッケー
そしたらまた落し蓋をして、煮汁に軽くとろみがつくくらいまで煮れば……かぶと煮の完成。今回は中骨も入れてるからアラ煮だけどね
「それじゃ、まずは、と」
カフェテリアからお味噌汁を分けてもらって来れば、今日の食卓の完成だ
………え?何か忘れてないかって?大丈夫、セイちゃんはしっかりしてるので忘れてないですよ。それはまた後で
「うーん、縁起のいい食卓だなぁ」
本日のメニュー
ご飯
鯛の刺身
鯛のアラ煮
レンコンのお味噌汁
「それじゃあ………」
今日出会って手を取り合って釣りを楽しんだすべての釣り人と、ポイントまで導いてくれた船長
そして出会った魚の全てに感謝と敬意をもって
「……いただきます」
さあ、まずはお刺身を。ワサビ醤油をちょんとつけてご飯にワンバウンドさせて食べれば、ワサビで際立つふわり上質な甘み
ほかほかご飯にも決して負けないその甘味は後を引き、ついつい次々に箸が伸びそうになる
でも、ちょっと待って。次はアラ煮を
ほっくり炊きあがった鯛の身は、舌の上でホ子供と崩れて。煮詰まって濃い目になった煮汁がよく絡んで、甘辛さの奥の鯛本来の味がよくわかる
丁寧に血合いもアクも取ったアラに臭みは一切無い。生姜は少し控えめにしてあったけど、これなら逆に生姜が邪魔せずに食べられるというものだ
「あ、レンコンのお味噌汁美味しい………ポタージュみたい」
あー、冬の海で芯の芯まで冷え切った体によく染みる
お風呂で暖まったとはいえ、胃の中はまた別。今日の日替わりお味噌汁がこれでよかった
実はアラは一匹分残してある。あれは明日にでもアラ汁にしよう。この季節、本当によく染みるんだよねぇ……
アラ煮でご飯を食べ進めていけば、あっというまにご飯は空になってしまった
「さてさて、おたのしみの時間………」
ご飯をおかわりして、準備開始
まずご飯の上に醤油をよく絡めたお刺身を敷き詰めていく
そしたら海苔を散らして、気持ち多めくらいのワサビを盛って。白ゴマを振り掛ける
あとは醤油を多めに回しかけて……熱いお茶をかける
「即席鯛茶漬け〜」
本格的にやるなら鯛のアラでお出汁を取ってとかいろいろあるんだけど、今日は手軽さ優先で
「んっ……あ、ちょっとワサビ多かった……ひゃい」
ちょっとミスっちゃったけど、軽く熱の通ったお刺身が舌の上で解けて心地よい
白ゴマと海苔の香りがプラスされて、さらさらと食べられちゃう。お醤油は気持ち多めでぜーんぜん大丈夫。意外なくらいにお刺身の味は負けないから
猫舌の身には少し辛いところもあるけど、温かいうちに食べないとね。あちちっ
「んー、美味しかったぁ」
熱さと戦いながらも見事完食。いやぁ、美味しかった
「今年一発目の釣りとしては、最高の結果かもねー」
これはもう言うこと無しの最高のスタートだろう。奮発した甲斐もあって縁起のいいお魚もゲットできたことだし
次に釣り船でいけるのはいつになるかなぁ……なんて。いやぁ、学生の身で連続はキツイです
「さてさて、それじゃあ………」
両手を合わせて、目を瞑って
今年一年の釣り初め。その成果と、出会えたお魚たちに感謝をもって
「………ごちそうさまでした」
今年の釣りも、楽しく美味しい一年になりますように
「さてさて〜、ある程度お腹も膨れたし?」
終わると思った?ごめんなさい、もうちょっとだけ続きます
再びエプロンを付けて調理場へ。さあ、第二ラウンドだ
さっき釣ったお魚で、料理したのは真鯛のみ。つまりカサゴがまだ残ってるんです
「まずは基本の処理からだね」
お腹の中は綺麗に出してきてあるから、丁寧にウロコを落としてお腹の中を水洗い
そしたら三枚におろして、腹骨をすいて
で、お刺身のように切っていく。この時、皮はそのままで。今回はこの皮の旨味も楽しめるようにするんだから
「で、アラには塩を振って、と」
そしたら水を張った土鍋に昆布を一枚入れ火にかけて、沸騰する前に昆布を取り出して
アラを入れて、弱火でコトコト。アクを取り除いて、白菜と白ネギ、春菊とえのきにしいたけを入れる
火が通ったら豆腐を入れるんだけど……その前に、ちょっとお電話
「あ、もしもしキング?うん、今からカフェテリア来れるかな?」
突然何を、と思われるかもしれないが
向こうもそれなりの付き合いだ。『何か釣れたの?』と。あはは、お見通しだ
「ウッカリカサゴのしゃぶしゃぶを作ったんだけど、みんなで食べに来ない?スペちゃんたちも誘ってきてくれると助かるんだけど」
だからこそ、『食べるだけ釣る』というルールの中でこれだけの数を釣ってきたんだから
セイちゃん一人でそんなに意地汚いことしませんよっと。特にお鍋やしゃぶしゃぶは何人も集まって仲良く食べるのが一番だからね
「うん、待ってるよー。じゃ、カフェテリアで」
それに、鯛ももう一匹残ってる。あの鯛はあとでアテがあるから
そう。新年早々、セイちゃんのために色々な事を考えてくれてる……どっかの誰かさんへの、新年の差し入れ
せっかく大きな鯛だし、鯛しゃぶにしてあげてもいいかも?セイちゃん、出張お料理頑張っちゃいますか
いやぁ、新年早々……忙しくなりそうだ
「………さてさて、みんな早く来ないかなー」
皮と身の間の脂の旨味も楽しめるように皮目も残してあるし、きっとみんなも満足してくれるはずだ
終わったらそのお出汁満載のおつゆで雑炊にしよう。カサゴしゃぶしゃぶの雑炊なんて、ちょっとその辺のお店でもお目にかかれないから
「……きたきた」
きっとみんな楽しみにしてくれてたんだろう。スペちゃんなんかもうヨダレ垂らしてるかもしれない
さあ、今日はここからもお楽しみの時間だ。釣り人の特権を楽しんだ後は、みんなの時間
今年もきっと、こんな時間が続いてくれる
時にはぶつかり、切磋琢磨し、涙して、競い合うこのトレセン学園
だけどこんな暖かい時間があってもいいじゃないか。のんびりのんびり、仲良くね、なんて
みんなの姿を見て、手を振ってこっちこっち
今日出会った人や魚、そして……みんなに感謝と敬意をもって
「いただきますと、いきますか」
楽しく美味しい時間を、満喫するとしましょう
水深の深いところじゃないといないのか
コンビニに進軍するかな
最近のコンビニってタイの刺身とか冷凍で売っててビックリしたよ
そして友達を大事にするセイちゃんはいい子
釣り人は背中で語る…