「最近、トレーナーさんのことを考えると胸が苦しいのよ…」
おやおや?当のアヤベさんは何気なく零した一言。彼女はそれを失言だと思ったのか、即座に「忘れてちょうだい」なんて言ってるけど、カレンは今のを聞き逃すほどファル子さんのトレーナーさんじゃない。
「アヤベさん!それって恋ですよ!」
アヤベさんはとっても大変な人で、ちょっと変な人。詳細は省くけど、宿命を背負ってトレーナーさんと三年間頑張って、ようやく色んなしがらみから解放された。そうしてやっと、彼女自身のウマ生を謳歌出来るようになった今、不意に漏らした彼女の恋心。応援してあげたいと思うのは妹分として当然のことで。
「恋?そんなはずないわ、私があの人のことを…」
「じゃあ、嫌いなんですか?」
「嫌いとは言ってないじゃない。ただ、私とあの人が恋仲になるのが有り得ないと言っただけよ。あんなお節介で、デリカシーが無くて、そのくせ心配性で繊細な人を好きになるなんてあるはずないわ」
「………」
「今私のトレーナーさんなのに…って考えてたでしょ?」
「考えてないわ」
「嘘、お耳は正直ですよー」
キュッと絞られたアヤベさんの耳を見て、自分の直感は正しいことを悟る。やっぱり、アヤベさんはトレーナーさんのことが好きなんだ。
「告白とかしないんですか?」
「……仮に、仮によ?もし本当に私が彼を好きだったとしても、彼が私を好きになることが有り得ないわ」
「えー、脈アリだと思うんだけどなー」
「そんなわけないじゃない。出会ってからずっと、彼には冷たい態度を取ってきたわ。私のことを心配して、気にかけてくれた彼に。そんな可愛げのない女、好かれるはずないじゃない」
うーん、自己肯定感が低いのは相変わらずか。余計何とかしてあげたい。どうにかして背中を押してあげたい。何かないか……あ、そうだ。
「アヤベさん知ってます?図書館に恋愛の指南書が入荷されたの」
「…?ああ、だいぶ話題になってたわね。ドトウやトップロードさんも言ってた気がするわ」
カレンも詳細は知らないけど、あの本のおかげで恋が成就したって話は学園でよく聞く。もしかしたらアヤベさんの力になってくれるかもしれない。
「いや、私は別に好かれたいわけじゃ…」
「じゃあトレーナーさんが他の子に盗られてもいいんですね?」
「…………」
「はいはーい、とやかく言わないで取り敢えず行動に移してみましょー。借りてきて読んでみましょう、ね?」
というわけで借りてきた件の本。その名も“奥手な殿方も一発差し切り!恋のレースの極意"
書いたのはキングヘイローさんのお母さん。とってもすごい実績を残した競走ウマ娘にして、現役中に自分のトレーナーと結ばれて、それどころか赤ちゃんを授かって、そのままレースに出走した人。現役中に、っていうのはカワイくないけど、それはそれとして本の信ぴょう性は高そう。アヤベさんの力になってくれるといいんだけど。
なんて、気軽に勧めたのが良くなかった。
「な、なにコレ…」
「こんなのカワイくなーい!ごめんね、アヤベさん…あんまり参考になりそうにないかも…」
ところが、一緒に読んでいたアヤベさんは終始無言。時折ふむ、と何か考えるような仕草をして……
「完璧に理解したわ」
「へ…?あの、アヤベさん…?」
「ありがとう、カレンさん。切っ掛けをくれて。もう大丈夫よ」
何が大丈夫なのだろう…そんなカレンの心配を他所に、アヤベさんは据わった目で笑っていた。
〜数日後〜
「聞いてカレンさん。あの人と交際することになったの」
え、そんなまさか。本当にあの本を実践したの?あのアヤベさんが?
にわかに信じ難いけど、ま、いっか。アヤベさんの想いが通じて。
「おめでとうアヤベさん。お幸せにね」
「ありがとうカレンさん。キスなんて初めてしたけど、中々どうして、刺激的ね」
「んんん」
「カレンさん、貴方はまだシたことないの?」
しかもマウント取ってきた。
「カレンとお兄ちゃんはまだそういうの早いかなって…」
「そうやって先延ばしにしてるといつか盗られちゃうわよ。早くした方がいいわ」
似たようなこと言って焚き付けたから否定しづらい。
「き、気持ちだけ受け取っておきまーす…カレンはカレンで頑張るから…」
「そう…他の娘に盗られないよう注意なさい」
うん、幸せなのはいいことだけどあんまり長いこと話してるとカレンが被害を被る気がする。干渉するのはここまでにしておこっと。
〜次の日〜
「聞いてカレンさん。あの人と星を見に行ったんだけど、この時期は流石に寒いじゃない?だから大きめの毛布を用意して二人でくるまって…初めてだったわ。星に全く集中出来なかったの…」
「聞いてカレンさん。あの人ったらまた他の娘の指導をしてたのよ。それが仕事とはいえ契約してない娘の面倒まで見ることないじゃない?それでちょっと注意しようと思って後ろから抱き着いたの。騒ぎは大きくなっちゃったけどあの人も自分が誰のトレーナーか分かってくれたと思う」
〜五日後〜
「聞いてカレンさん。あの人と寝た時の話なんだけれど、日頃からストレスも溜まっているんでしょうね。無意識に身体を預けて来て…毎日私のために頑張ってくれてるあの人に少しでも安心してほしくてそのまま抱き締めたの。幸せそうな寝顔を見てたら私まで幸せになったわ…」
〜一週間後〜
「もう我慢の限界ッ!」
向こうから干渉してくる!アヤベさんの幸せを願いはしたがお裾分けという名の惚気は望んでない!それもこれもあの本のせいだ!本を勧めたのはカレンの落ち度だけど書いた人への怒りが八つ当たり気味に湧いてくる。でも書いた人と会ったことないから文句を言おうにも言えない。娘さんにでも言ってやろうか、貴方のお母さん何なんですかって。
いけないいけない。そんなカワイくないことよりも、現状をどうにかする方法を考えないと。
「アヤベの惚気を止めてほしい?」
アヤベさんのトレーナーさんに直談判しに行くことにした。
「そうなんですよ。毎日毎日ことあるごとにトレーナーさんと何々したとかトレーナーさんのこんなところが可愛いとかかっこいいとか…」
「えっ、そんなに俺のことを…?」
「んんん」
何ちょっと嬉しそうにしてるんですか。何ちょっと嬉しそうにしてるんですか。止めてってお願いしてるのにこっちは!
「しかしだな…あのアヤベが幸せそうにしてるのを見ると俺も注意しづらいというか…」
「それはそうかもしれないですけどぉ…」
「それに、な?」
「…?何ですか」
「幸せそうに甘えてくるアヤベめっちゃ可愛い」
「んんん!」
「聞いてくれカレン。この前アヤベがさー」と惚気が始まりそうな気配がしたので急いでその場から離れた。
もうどうすればいいのか分からない。そんな時、カレンが行く所は決まっている。
「お兄ちゃん!!」
勢い良くトレーナー室の扉を開けると、中にいたお兄ちゃんが驚いてキョトンと首を傾げる。
「どうかした?」
〜〜〜
「なるほどそんなことが…」
「元はと言えばカレンがあんな本勧めたのが悪いし、アヤベさんが幸せそうなのは嬉しいし、でも毎晩毎晩惚気けるのは止めてほしいし、どうすればいいのか分からなくて…」
うんうんと頷きながら最後まで聞いてくれたお兄ちゃん。少し考え込んでから、口を開いた。
「お兄ちゃんは毎晩聞かされてないから…!」
「そうかもしれない。だから、一つの考え方として聞いてくれ。アヤベさんがカレンに毎晩惚気を聞かせてくるのはアヤベさんなりの感謝なんだと思う」
「感謝…?」
「よく分からないけど本…?を勧めて二人は上手くいったんだろ?カレンが手助けしてくれたから私は今こんなに幸せですってことをちゃんと伝えたいんじゃないか?」
「うーん…そうかなぁ…」
「それに、厳しいことを言うけど、カレン自身の手助けで二人がそうなったのなら、行く末を見守る責任がカレンにはあると思う。まあ毎日聞かされて辛いなら定期的に俺に愚痴ってくれても構わないから…」
「見守る責任…カレンに出来るかな?」
「今幸せそうなんだろ?なら大丈夫。辛い結末にはならないさ。真実の愛っていうのは絶対壊れない」
真実の愛って…そういう純真かつ夢見がちなこと言うから女の子と付き合ったことなさそうとか言われるんじゃないの。でも、まあ。
「ありがとう、お兄ちゃん。おかげで元気出た。そうだよね、あんまり嫌がるのもカワイくなかったよね」
「でもね、お兄ちゃん。アヤベさんの惚気聞いてるのが辛かった理由、他にもあってね。お兄ちゃんとカレンの仲と重ねて見ちゃって…」
「カ、カレン!やめなさいそういう大人をからかうようなことを言うのは!」
「まだ何も言ってないよ?お兄ちゃんがそうやってカレンを思って、待とうとしてくれてるのはよーく分かってるつもり。でもね、たまにはカレンとお兄ちゃんはこんなにラブラブなんだぞーっていうのを見せたくて」
「カレン…」
「だから、お・ね・が・い!カレンがお出かけに誘ったら、なるべく“友達と行っておいで"なんて言わないで、ね?デートくらい、いいでしょ?」
「……善処します」
「うふふ、楽しみ」
こうしてお兄ちゃんとこれまで以上にデートする権利を勝ち取ったカレンなのでした。
〜数日後〜
「聞いてカレンさん。今日は……」
「その前に、今日はカレンとお兄ちゃんのデートのお話を聞いてほしいな!」
>「んんん」
これかわいい
>カレンは今のを聞き逃すほどファル子さんのトレーナーさんじゃない。
凄い暴言
マウント取るな
そもそも何でこんな本が学園にあるのかって話にならない?
ティーン誌持ち込みなんて学生ならやるだろう
風紀委員とかで持ち物検査されなきゃいくらでも流入する
おいバンブー
お前の母親だぞ
貴方のお母さんのせいですよ!
ロブロイだぞ?
一線を超えないのはウマ娘として正しくないとか書いてそう
三女神様も喜んでおります
本自体は生徒会からの回し者だったと思う
オペラオードトウトップロードはどう思う?
アヤトレ目線で見るとようやく自分の人生を楽しむ事を憶え始めた子だから
希望があって自分に出来るなら全部叶えてやる気でいると思う
それはそれとして甘えてくるアヤベめっちゃ可愛いしてる
たぶん布団乾燥機の自慢みたいなノリ
アヤべさんは純粋に善意でマウントというか報告してくるタイプ
2割はお姉さんとしてのパワハラ
おしまいでーす
ドトトレおしまい
童貞力が高すぎるんだ…
お兄ちゃんはマジでカレンチャンの人生を何より大切にしてるので
その道半ばで瑕疵をつけるような真似はどこまで追い詰められてもしないのだ
それもまたカレンチャンのカワイさだよ