トレーナーさんや周りの人々に支えてもらったおかげで充分にレース人生を謳歌し、後は大きな雑誌に付属していたピンク色の書類を、トレセン学園卒業と同時におれのトレーナーさんにを渡せばフィナーレを迎えるだけの順風満帆な学園生活のはずだった。
でも最近になって一つの険しい障害が出現したんだ。
その日もどうやっておれのトレーナーさんを誘惑しようか試行錯誤しながらトレーナー室で休憩を取っていたんだ。
「あっおいしい。これおいしいぞ」
トレーナーさんは昼食にお弁当屋さんで買った弁当を食べていた。その中に入っていたおかずの一つがとても気に入ったらしい。
「ミラクルも食べてみてよ、ひとくち」
おれの昼食はバナナスムージーだけだったから、箸や食器の類は持ってきてない。
行けるのでは!?間接キス!おれは期待に胸を躍らせたよ。
「いいんですか。それじゃあ遠慮な……」
「いいんですか〜!いただきまーす!」
おれのトレーナーさんが箸をこちらに渡すより早く、芦毛のウマ娘によってオカズは胃袋の中へ運ばれてしまった。
「ヒシミラクル……一応君に言ったわけじゃなかったんだが…」
ヒシミラクル。彼女は最近、おれのトレーナーさんのチームに加入したウマ娘だ。のんびりした子でマイペースな良い子だった─────のだが、いつのまにか俺のトレーナーさんと打ち解け、距離がぐんぐんと縮んで行く。どういうことだろう。
「あっごめんケイちゃ…ケイエスミラクル。今のが最後の一個だった…」
「えっ。ごめんねミラクルちゃん…」
「あはは。いいんですよ。俺にはこれがありますから」
そう。おれにはトレーナーさんお手製のバナナスムージーがある。ヒシミラクル、君は卑しい。でも問題ないよ。おれのトレーナーさんはおれのトレーナーさんなんだから。
この時はそう思っていたんだ。まさかこのヒシミラクルが、おれとトレーナーさんの愛の絆を阻む最大の障害だったなんて思いもしなかった。
トレーナー室に行くと既に二人がいた。
「あっトレーナーさんずるいですよ〜アイスの実!私も〜」
「あっこら」
おれがドアを開けたその瞬間に、ヒシミラクルがトレーナーさんの指をしゃぶっている光景が目に入った。
「ケイエスミラクル!おはよう」
「ミラクルちゃんおつかれ〜」
おれのトレーナーさんが咄嗟に隠した手に気付かないフリをするのは大変だったよ。ふふっ。
「トレーナーさん、もう一つくれません?」
「どんだけ食べるんだよ。来週レースだろ」
その時、おれの脳裏に数ヶ月前の記憶が思い浮かんだ。
「あれ、ヒシミラクル?」
「ミラクルちゃん!おつかれ〜」
その日はおれだけ遅くまで残ってトレーニングをしていたんだ。ヒシミラクルは先に帰ったはずだった。
「もしかして待っててくれたの…?一体何時間…」
「えへへ〜ミラクルちゃんと友達になりたくて〜」
「ヒシミラクル…」
─────そう、おれとヒシミラクルは友達なんだ。危なかった。この記憶が無ければとっくにおれは崩壊していただろう。
「トレーナーさんも私のアイスキャンデーいります〜?食べかけですけど」
「いらん」
「ひどい〜!トレーナーさんってひどいよねミラクルちゃん?」
ふふふ。そう、友達なんだ。でも今後ヒシミラクルが飢えててもおれは食料を分けてあげられるか怪しくなってきたよ。
「じゃじゃーん。見てくださいトレーナーさん。友達にもらったマニキュアなんですよ〜セクシーですか…あっミラクルちゃんおつかれ〜」
「ケイエスミラクル、おつかれ」
「こんにちは、二人とも」
ふーん、今度はそういう方向でおれのトレーナーさんを誘惑するんだね。なるほどなるほど。まあおれのトレーナーさんだから無駄だし、ちょっとお手並み拝見しようかな。
「トレーナーさん?珍しく豪勢なスイーツ食べてますね」
「これか?新発売のマンハッタンパフェだ。見た目は真っ黒だけど美味いな」
「あーん」
「は?」
「一口ください。わたしほら、マニキュア乾いてないんです」
「ミラクルちゃ〜ん!はいこれあげる!ペアの高級万年筆!福引で当たったの!え?なんでって…わたしたち友達でしょ〜」
────────あの時は嬉しかったなぁ。この子とは親友になれると、そう思ったんだ。
「ありがとうヒシミラクル、大事にするよ」
「えへへ〜わたしたちズッ友!ですからね〜」
「トレーナーさん〜はやく〜」
「はあー…仕方ないなぁ」
「やったー♪あーん…美味しい〜!トレーナーさん、大好きです〜」
「あーはいはい」
さようならヒシミラクル。君とは絶交だ。
十数分ほど経ってからネイルが乾いたのか、泥棒猫がおもむろに自分のカバンを探り出した。今度はどんな魔道具でおれのトレーナーさんを蠱惑する算段なのだろうか。
「はいこれ、お二人にプレゼントします」
「えっ」
ヒシミラクルが取り出したのはペアリングだった。話を聞くと、手作り体験教室で作ったものらしい。
「いや〜お二人にはお世話になりっぱなしなんで、何かお返しできないかなーと…お揃いのデザインにしときましたよ」
「ヒシミラクル……」
一瞬、おれは呆気に取られた。しかしやっぱり、ヒシミラクルはヒシミラクルだった。リングを受け取り、そのままぎゅっと手を握る。
「ありがとう。君は友達だし、猫じゃなくてウマ娘だよ」
「えっうん…そうだね」
それはライン超えだぞテメー
目覚めた時本気で泣く二人
目覚めた後なんだか前より距離が近い気がする二人
卵焼きで間接キスしたのも
指フェ…アイスの実食べさせてもらったのも
マンハッタンパフェをあーんされたのも
みーんな何の意図もないよー
どろぼ…どもだちです
多分特殊部隊
子供だよ!
卑しいケイエスミラクル