難しいのは、朝は肌寒いのにお昼頃には30度近くまで気温が上がること。
朝方に少し厚めのジャケットを羽織ってお出かけしたトレーナーは、夕方には汗だくになって帰ってきた。
その首筋は、汗でキラキラと光っている。
「お疲れ様です。お水飲んで、ゆっくり休んでくださいね。あ、そうだ。タオル準備しますね」
「ありがとう」
トレーナーが脱いだジャケットには汗の染みが出来ていた。私は鞄からタオルを取り出す。
既に汗を染み込ませたジャケット。これから汗に塗れるタオル。
私は、羨ましいな、と思った。
誰が最初にやり出したのかは知らないけれど、トレセン学園ではウマ娘たちの間で密かにブームになっていた。
こっそり吸う子も、勢い良く吸い付く子も。 色んな子がいる中で、私は吸えずにいた。
スイッチを入れた私でも、切った私でも。それはきっと、トレーナーが望むことじゃないだろうから。
だから、私はいつもと同じようにタオルを取り出して──?「あ、れ……?」
タオルが、手から離れない。
違う。
手が、タオルの中に、飲み込まれている。
手のひらが、指先の感覚が無い。あまりに非現実的な出来事に、私は目を見開いて、ぽっかりと口を開けた。「あ──」
ふと、浮遊感。
足元を見下ろせば──足元が、無かった。糸が解れて、分解されていくみたいに、下から順番に、私の身体が無くなっていく。2本の脚の支えが消えて、当たり前のように私は床へと落ちていく。
同時に、無地のタオルに変化が起きた。
タオルの中心に、とあるウマ娘のイラストが、下半身から少しずつ現れていく。青毛の尻尾が、自分で言うのも何だけれど、自信のあるヒップラインが。私が、下半身から徐々にタオルの中に編み込まれていって──瞬く間に、全てが飲み込まれた。
「い──」
何を言いたいのかも、自分でわからないうちに。トレーナーに、声を掛けるよりも早く。私の身体は、全てがタオルの中へと編み込まれて。
パサリと、乾いた音を立てて、床へと落ちた。
トレーナーは気付かない。椅子にジャケットをかけて、こっちに背を向けているから。
(……動けない……)
不思議なことに、こんな状況になって、私は悲しい気持ちにはならなかった。どこか、フワフワしている。
「……あれ? シーザリオ?」
ついに、トレーナーが私に気付いた。落ちている私を拾い上げ、顔の高さまで持ち上げる。
「凄いな……このタオルのイラスト。凄い存在感というか、まるで本人がここにいるみたいな……」
(! そうです! 私は、ここです!)
動けない。声も出せない。どうすれば気付いてもらえるだろう──タオルになった私は、ただトレーナーの手の中で、待つことしかできなくて。
「……いい匂いがする。爽やかな甘さで……シーザリオの、匂い?」
(あ、あ……ちょっと、待っ──)
トレーナーが、鼻先を、私に埋めた。
(ああ、あああ……あああああ……!)
それは、幸せだった。私を吸われて、トレーナーの汗を、吸う。私はタオルなのだから、鼻で嗅ぐ匂いじゃなくて、全身がトレーナーに染まっていく。体内って言い方はおかしいかもしれないけれど、今は頭も爪先も無いのだけれど、身体の隅々までトレーナーを吸って──幸せが、融けていく。
「……いい匂いだった……けど、シーザリオを探さないと」
(……あ……)
トレーナーが、私を顔から離す。待って。私はここにいるのに。もっと幸せでいたいのに。
もっと、私を、吸わせて──!
「ぐ、ぅ!? は、外せない……どうなって……む、ぐぐ……!」
トレーナーの顔に張り付いた私は、グルグルと全身へと巻き付いていく。全身から流れ出る汗を吸い取り、濃い匂いが、私の中へと入り込んでくる。
幸せが、濃くなる。
「むぅ〜っ! うぅっ! むー……っ!」
トレーナーを、吸う。グルグル巻きになったタオルの厚みが、どんどん薄くなって、中に巻き込まれている人型のシルエットが解けといく。トレーナーを私の中に編み込む。タオルに描かれた絵は変わることはない。
『私』の中に、トレーナーを編み込んでいく。
(落ち着いてください。トレーナー)
(! シーザリオ! 良かった! どこにいるんだ!?)
(ここにいますよ。見えますか、鏡)
(あ、あぁ……でも、タオルが落ちてるだけ……まさか……)
(はい。私達は、ここにいます♪)
(……)
(〜〜〜〜〜ッ!!?!!!?)
なんて幸せなことなんだろう。
トレーナーにも、この気持ちを伝えたい。トレーナーの心を、包んであげたい。(シーザリオ! 何とか戻に……ぁ……?)
私たちは絶えず繊維で結び付いている。だから、心もつながっている。ふわふわ。私たちは、ふわふわのタオル。心もふわふわで、幸せ。
(……ふわ、ふわ……)
いっぱい吸って。今はビチャビチャだけれど。タオルなんだから、それで幸せ。
(しあ、わせ)
私たちは、タオル。ヒトと、ウマ娘の香りを混ぜ込んだ、幸せな、タオル。
「……うわ! このタオル、べっちゃべちゃ……! 珍しいなぁ、こんなのが落ちてるなんて」
クラフトが私たちを摘み上げた。
「……もしかして、今洗濯に行ってるのかな? トレーニングの後で色々洗濯物があって、これだけ落ちちゃったとか……?」
クラフトが見当違いな推測を立てる。私たちはすぐここにいるのに。
「うん、とりあえずランドリールームに行こ!」
「どこだろ……あ、そうだ。コレ、私が洗濯してあげよ」
え。それは、待って。
「これで……よし、と……はぁ、シーザリオどこに行ったんだろ……?」
洗濯機の中に放り込まれ、ピッと、無慈悲な電子音。クラフトがランドリールームから去って行く。
冷たい水が全身に流れ込んでくる。洗剤が、私たちの汗を上書きしてくる。折角吸ったトレーナーの香りが、消えて、無くなっちゃう。混ぜて、溶け合って、一つになった証が、人工的な匂いに上書きされて。
ごうんごうんとぐるぐるまわり、脱水されて、乾燥されて。
遠心力で、身体が、弾き飛ばされて──
「あ……シー……ザリオ……?」気が付けば、私たちはランドリールームで倒れていた。トレーナーはジャケットを脱いだ姿で。私は、体操着とブルマの姿で。
今までの出来事が、まるで、白日夢みたいに。私たちは、手足を絡ませて、抱き合っていた。
「あー! シーザリオ! 今までどこ……に……」
洗濯が終わる時間になったから、クラフトが戻ってきて。絡み合う私たちを見て真っ赤になった。
「……ご、ごゆっくり!」
そして、逃げた。
私たちはあの日の出来事が夢だったかのように、いつも通りの日々を過ごしていた。
しぶとかった残暑も退いて、ようやく秋の訪れが見え始めた。
この調子だと、あっという間に冬になっちゃうかも。「……よし! 今日のトレーニングはこれで終わり!」
その一言で、私は足を止めた。練習を見てくれたお礼を告げて、ベンチに置いていた鞄の元へ向かう。今日のトレーニングは、トレーナーも重たい器具の準備や、お手本を見せるために沢山運動したから。
「お疲れ様です……汗かいちゃいましたね、トレーナー♪」
私は、純白のタオルを取り出した。
>(……ふわ、ふわ……)
今ふわふわって
いいよね…
ウマ娘単体でもいいんだけどトレーナーも巻き込まれてくっ付けられちゃうの好き…
漂白して流されたら
そのまま溶け合ってヲワリ
もうこれ手遅れじゃねえかなあ!?
おっとそっちにタオルが
俺はまだ死にたくない
...いや戻れてねえなこれ