「さて、水着に着替えて海に出てきたは良いけど……まだノーリーズンたちは来てないのか。……とりあえず、場所取りして荷物置いておくか」
パラソルを開き、レジャーシートを広げる。ノーリーズン。それから、その友人のヒシミラクルは、まだ着替えてる途中なのだろう。
……そういえば、新しい水着を用意したと言っていたな。合宿の時は基本的にスクール水着を使っていた。しかし今回は完全な休暇であり、海を楽しむ為にここに来ているのだ。年頃の学生であるノーリーズンやヒシミラクルが新しい水着を披露したいというのもよく分かる。
指導者であり、トレーナーであり、一人の大人である俺が、教え子である彼女たちの水着に対して期待で胸を膨らませるようなことは無い。
……しかし『ワシの水着が見たいじゃろう? そうじゃろう? ええい、もう少しの辛抱だから期待しておれ!』……と、他でもないノーリーズンに言われてしまったのだから。少しは楽しみにしておかないと悪いだろう。
普段は和装を好み、古風な口調で戦国武将を真似るノーリーズンの水着。正直どのようなモノになるのかまったく予想できない。薄っすらと、彼女の私服である『天下統一』Tシャツが脳裏に過るが――。
「いやいや、流石にそれは……」
「……えー、ノーリーズンちゃん本気でソレで行くの……?」
「何を言う、この通り着こなしは完璧じゃろう!? なーに、見ておれ! このせくしーな水着でトレーナーもイチコロじゃからのぅ!」
……背後から、聞き覚えのある声が近づいてきた。
「辞めといた方が良いと思うけどなあ……って、あ。トレーナーさんだ、おーい」
「おぉ、トレーナー! 待たせたのう、今から参るぞ!」
「来たか、もう場所は確保したからここら辺に荷物を――って、うん?」
呼び声に応じて振り返ると、そこには水着姿のヒシミラクルと、そして何故か――。
「……なんで隠れてるんだ、ノーリーズン?」
ヒシミラクルの後ろに立ち顔だけ出して身体を隠すノーリーズンがいた。
「いやぁ! いきなりワシの水着姿を見せてしまってはおぬしが衝撃で倒れてしまうかもしれんからのぅ!」
ノーリーズンは俺のことを何だと思っているのだろうか。俺は別に、教え子の水着で気絶をするような色んな意味で駄目な大人では無いのだが……。
「気になるか? 気になってしょうがないじゃろう? まあ待て待て、今に見せてやるからのう!」
「あのー、いつまでも後ろに隠れられても困るんだけどー」
「ええい、もう少し待たんかミラ子! もう少しでトレーナーがめろめろになる姿が見れるんじゃから。ふふっ、衝撃に備えろよ? トレーナーにはちと刺激的すぎるかも知れぬからのぅ!」
話を総合すると、どうやらノーリーズンは自分の水着に絶対的な自信があり、刺激的な水着で、俺がメロメロになってしまうらしい。眉唾な彼女の言動に頭を抱えつつ、適当に返事をしてやる。
「よし、ならば見せてやろう! さあ、覚悟せよー?」
「何でも良いから早く海に入ろーよー」
長々と付き合わされて文句を言うミラクルを無視して、ノーリーズンはこちらをじっと自信満々な目で見つめる。
そうして、彼女は意を決したように、ヒシミラクルの背から飛び出すのだった。
「――じゃん!! ふふっ、どうだワシのせくしぃな水着はーー!!」
「――――――」さ
「――ふふん、どうじゃ? ワシの水着、よかろう? 良いじゃろう〜?」
彼女の水着は、ある意味ではシンプルであった。歳を考えれば、大胆ではあるかもしれない、ビキニスタイルの水着だ。まだ学生だと言うのに肌の露出が多いビキニスタイルで、過激だと普通なら思うだろう――。彼女が言うように、セクシーで刺激的な水着だと、思う筈だ。筈、なのだが――。
「どうじゃ? どうじゃ??」「………………」
しかし、そんなことが気にならないくらい。俺は言葉を失った。
それは、露出の多さやセクシーさ故にでは無い。というかそんなのはどうでもいい。
ただ。
ただ。
「おーい、トレーナー、トレーナー? そんな固まってどうした? ……はっ、さてはワシの水着のせくしぃさで思わず言葉を失ってしまったか!? これは、なんとも罪作りなことをしてしまったのぅ!!」
「――――さ……い……」「?」
――これは、あまりにも――。
「――……ダサい……っ……!! ダサ過ぎるっ……!!!!」「……は、は〜っ……!??」
――――――
「なんじゃとっ!? ワシの水着のどこがクソダサいというのじゃ!?」
「いや、なんか……もう……全部」「はぁーっ!?」
ノーリーズンが憤慨する。クソダサい水着を着たノーリーズンが、憤慨する。
「……もー、だから言ったのに〜」
ヒシミラクルは溜息をつきながらそう言う。確か、水着はミラクルと一緒に選んだと言っていた。初めから、ノーリーズンがこのような水着を着ると分かっていたのだろう。
「なんじゃとぉ……!?」
ノーリーズンの水着。クソダサい水着。
それを簡単に言葉で表すとするのなら……なんか、金銀と左右で色の異なる胸部のビキニに、筆文字で『侍 魂』と書かれていて、それからパンツは彼女の故郷である米国の国旗をモチーフにした物だろうか。そのような柄のビキニをノーリーズンは着ていた。
まさか、そんな劇物をノーリーズンが着てくるとは思わなかった。……いや、彼女の私服のセンスを考えれば、このレベルのモノが出てくることは想定しておくべきだったかもしれない。
だが、それにしたってこれはあまりにもあんまりだ。
ヒシミラクルが同情的な目でこちらに声をかける。……決して、トレーナーが教え子の水着に期待などしてはいけない。いけないが、ほんの僅か、少しぐらいは心のどこかに期待はあった。ノーリーズンの可愛らしい水着姿に……。
「何が不満だと言うんじゃ!?」「全部かな……」
クソダサ過ぎて泣きそうだ。
「……え、これで俺をメロメロにしようとしてたの……? 本気で……?」
「……言ってましたね、ノーリーズンちゃん。これでトレーナーもメロメロじゃ、とか。色仕掛けも時には必要、だとか」「そっか……」
俺は、何だと思われているのだろう。ノーリーズンに。
「お、おかしい……ワシの計算なら今頃ワシは鼻の下を伸ばしたトレーナーに迫られている筈だったのじゃが……」
「いや、そのクソダサさじゃ無理でしょー。泣いてるよトレーナーさん」
涙は流していないが、心の中では泣いていた。俺も一人の男だったのかもしれない……。
「むぅ、なんじゃなんじゃ! 寄ってたかってワシの水着をクソダサいとか言いおって!」
「だから言ったのにーやめときなってー」
「……え、なに。何ですか」
……ヒシミラクルの水着が目に入る。彼女の勝負服と同じ、水色と白のストライプが映える、フリフリのレースやリボンがあしらわれた水着。それはなんとも可愛らしく。
「……うん、普通だ……かわいい……」
「な、泣いてる……!? いや、ちょ。何なんですかトレーナーさん……!?」
「と、トレーナーおぬし!? このワシを差し置いて、ミラ子に色目を使うじゃと……!? せめてワシを見ろっ! ワシで鼻の下伸ばせーぇ!!」
――うん。決して、決して俺は指導者として、教え子やその友人の水着姿に心を踊らせたりはしない。しないが、ヒシミラクルの水着はあまりにも普通で可愛らしくて、癒やされる……。
「うん……目の保養だ……」
「え……ちょっとキモチわるいんですけど……」「ワシを見ろぉ!!」
「…………」「な、なんじゃ……?」
言われた通りにノーリーズンの水着を見る。
「……はぁ」「んなっ……!?」
溜息。どうしてああにはなれなかったのだろうか、ノーリーズンは。哀しくなった。
「はっ!? み、ミラ子!? 何処へ行くんじゃミラ子!? ミラ子ーー!!」
ヒシミラクルはするりとこの場から逃走した。それはもう、私なんにも関係ないですよ、とでも言うかのように素知らぬ顔で去っていった。
後に残ったのは俺と、ノーリーズンと、クソダサい水着だけだった。
「…………」
「…………」
「その……うん」「……なんじゃ」
「……まあ、ノーリーズンらしいよ。うん」
なんとか絞り出した慰めの言葉が、空虚に響いた。灼熱の夏の日差し。ジリジリと肌が灼かれる感覚が、なんとも刺さる。
「……トレーナー、日焼け止めを塗ってはくれぬか」
「……うん、わかった」
そうして、1ミリも扇情的にならず無駄に肌面積の多い水着姿のノーリーズンに、俺は何とも言えない虚しさを覚えながら日焼け止めのクリームを施すのであった。
肝心な所で感性がアメリカなズン子もいるかもしれない
ズン子はうん…