いつもと違い、1人きりで待つ飛行機のロビーはなんだかとっても心細くて
私……ニシノフラワーは今日何度見返したか分からないLANEに視線を落としました
『今日は遅くなるから顔出せないけど、お土産は期待してて』
『分かりました。気を付けて帰ってきてくださいね』
出張中……よりによってバレンタインの日を跨いで遠くに行ってしまった、トレーナーさんとのやりとり
トレーナーさんが悪い訳ではありません。実力が認められて、お仕事が増えるのは当然のことです
それじゃあ誰が悪いかというと……もう門限も間近だというのに、この場を離れられない私でしょう
「トレーナーさん、まだかな……」
またひとつ到着者の列が途切れるのを眺めるたび、ため息がこぼれてしまいます
トレーナーさんの予定について分かっているのはこの空港に戻ってきて、この到着ロビーを通ること
お仕事の都合で時間は前後すると思いますが、どんなに遅くても今日中であること
私は明日ではなく今日この日にバレンタインチョコを渡すため、ルームメイトのブルボンさん以外には内緒でトレーナーさんを待ち構えていました
ある時はお父さんのように、関係者やファンの方々との橋渡しとして私を守ってくれたトレーナーさん
ある時はお兄さんのように、誰より近くで私を励まして、勇気づけてくれたトレーナーさん
そんなトレーナーさんに『ありがとう』を返したくて、毎年チョコを作ってきました。けど……
『えっ?出張……ですか』
『受験生向けの説明会に出なさいって。立派な賞を貰った手前、断れなくて……』
『……そ、それじゃあ準備しないといけませんね。私も手伝います!』
『ははは……それじゃあ、出張中の自主トレの予定を決めておこうか』
トレーナーさんの実力が認められれば、トレーナーさん自身の活躍が増えていくという事実
いつかその実績が私以外の誰かを引き合わせて、私とは違う道を歩んでいくという未来
それがが少しずつ積み重なって現実味を帯びていくほどに、私の想いも少しずつ変わっていくのが分かりました
今の私には『ありがとう』よりも伝えたい想いがあるから……どうしても、今日じゃないとダメなんです
すっかり門限も過ぎてしまった頃。目深に被った帽子を突き破る勢いで、私の耳が立ち上がりました
他のお客さんの足音の中に混じった、この数年間で誰のものよりも聴き慣れた足音
いつもより少しだけ重い足取りなのは疲れのせいか、あるいは大量のお土産のせいかもしれません
「すぅ……はぁ……すぅ……」
時刻は既に門限を過ぎ、トレセン学園の生徒が学園外にいる時間ではなくなっていました
トレーナーさんにも怒られるかもしれません。今年はサンタさんからもプレゼントを貰えないかもしれません
そもそも、そういうチョコは受け取ってもらえないかも……ううん、こういうことは考えちゃダメですよね
「はぁー…………よし!」
たくさん芽生えた不安を私は深呼吸と一緒に吐き出しました
いつもと同じ『大好き』でも、きっと今日だけは伝わる気持ちもあると信じて……
「……トレーナーさーーん!!」
「えっ……フラワー!?なん……っ!」
落ち着いてオトナっぽく……という予定とはだいぶ食い違ってしまいましたが、私は思いのたけをぶつけるようにトレーナーさんの胸に飛び込んで行ったのでした
そこらの怪文書以上にストレートど真ん中投げてるのが公式なんだよね
すごくない?
これ受け取った時点で大きなお花になるまでという建前がぶっ壊れてない?
かわいい〜
押し倒してる〜
フラワー!落ち着いて!落ち着…ニシノ!
健全…?
今トレセンに帰るのは健全じゃなくなった時間だな
思わずこっちまで胸が苦しくなったよ