そんな俺が最初に出会ったウマ娘の名はケイエスミラクル。生まれつき身体が弱い彼女はその身体を使い切るかのような、そんな自分を顧みない速さを持ったウマ娘であった。この子を担当したい。その走りを見たときからそう思った。
「いいんですか? おれ、トレーナーさんの期待に応えられるか分からないのに……」
「逆だよ。君が存分に走れるよう、俺が頑張るんだ。君が期待してくれるように頑張りたいんだ」
一緒にトゥインクルシリーズを駆け抜けよう。そう約束して彼女との契約を決めた。
「えぇっと……どうしよう。新人さんだと思ってたのに、もう契約してるなんて……」
契約から一週間。ケイエスミラクルの練習を見ていたある日。何やら独り言を呟きながら左回りにくるくると歩き回るウマ娘がいた。
「あっ……トレーナーさん。あのときはありがとうございました」
彼女が言う"あのとき"とは以前にアドバイスをしたことを言っているのだろう。まだ俺がケイエスミラクルと契約をする前、苦しそうに先行策の練習をする彼女に「思うがまま、存分走るといい。君は逃げの天才だから」と伝えたのだ。その後満足気に走り抜ける彼女を見て、ほっとひと安心したのを覚えている。
「それで……今のトレーナーさんと相談して、あなたと契約しようと思ってたのですが……」
そう言うとサイレンススズカは申し訳無さそうにケイエスミラクルを見た。
「トレーナーさん。おれのことなら大丈夫です。きっと彼女のほうがおれよりトレーナーさんのことを必要としてますよだから、おれとじゃなくて彼女と契約を……」
「何を言ってるんだ! 俺はどっちも支えたい。二人と契約するよ」
ほとんど、反射のようにそう宣言していた。新人トレーナーなのに複数人と契約するなんて困難なことだろう。それでも、俺はそうせずにはいられなかった。
「ごめんなさい! ライスのせいでこんなことに……」
「そんなことないよ。俺の方こそ不注意でごめん」
鍵を探し回る間、彼女から色々なことを聞いた。彼女は自分のことを「不幸を呼ぶウマ娘」だと思っていること。それでもいつかは幸せを呼ぶ存在になりたいということ。絵本が大好きで、何度も読み返すお気に入りのものがあることなど……
鍵を探して30分ほど経った頃、目的のものは彼女のポケットに入り込んでいた。そのことに気づくと、再び彼女は何度も謝罪を繰り返した。
「ごめんなさい、ごめんなさい! ライスのせいでこんなに時間を使わせちゃって!」
「そんなことないさ。むしろ、君のポケットにあってラッキーだったよ。もし窓から外にでも飛んでいたらもう見つからなかっただろうから。俺にとって君はもう幸運を呼ぶウマ娘だよ。それじゃ、ありがとね」
その次の日、おずおずとした様子でライスシャワーがトレーナー室を訪ねてきた。既に担当しているウマ娘がいると知ると帰ろうとした彼女を引き止め、走りだけでも見せてくれないかと頼み込んだ。
彼女の走り、そしてトレーニングの様子を見て、確信した。俺はこの子を担当しなくてはいけない。他の二人にも共通する危うさを感じたのだ。遠慮する彼女に何度も頭を下げて契約を結んだ。新人なのにもかかわらずデビュー前のウマ娘を3人担当することが不安ではあったが、それ以上に3人を見過ごしたくないという思いが強かった。
「むむむ……独占契約ならず、なのです……」
その次の週。さらに担当ウマ娘が増えた。彼女の名はアストンマーチャン。独特の雰囲気を持った彼女との出会いは校門の前。自身のアピールに悩んでいた彼女を見つけて二人で効果的な宣伝を考えたのだ。結果、毎朝早い時間に二人で集まって登校してくる生徒たちに挨拶をしようということになった。
「なんだか放っておけなくてな。きっと君は世界のみんなが忘れないマスコットになれるさ」
「……本当に変な人なのです」
こうして挨拶をするようになってから数日、彼女は俺たちのトレーナー室を訪れ、チームに加入したいと申し出たのだ。4人ものウマ娘を新人の段階で担当するのはとてつもない困難だろう。それでも、俺はやり遂げようと思った。何が待ち受けようとも、彼女たちを支えなければ一生後悔する。なんとなく、そんな予感がした、
……⏰
「ミラクル、残念だけど、やっぱり君をスプリンターズステークスに出場させることはできない」
「……やっぱり、そうですか。心配しないでくださいトレーナーさん。おれなら大丈夫ですから。おれならまだ行ける場所があります。焦らずにみんなと頑張りますよ」
「……あれ? いいのか? あんなに出たがってたのに」
「自分のことを大事にすることもトレーナーさんへの恩返しだって気づきましたから。チームのみんながお菓子を用意してくれたみたいですし、一緒にゆっくり観戦しましょう」
「ライス、君に対する批判だけど……気にしなくていいんだ。君は君の走りをしただけだ」
「え? ライスそんなこと気にしてないよ?」
「へ?」
「だってお兄さまとチームのみんながいるもん。ライスはみんなが信じてくれる今のライスが好き。だから、他の人がなにか言ってたってへっちゃらだよ」
「そ、そうか……それはよかった」
ライスに限ったことではないが、チームのメンバー全員、メンタルがいきなり完成したような気がする。もはやトレーナーとしてフォローするような場面がなくて逆に怖いというか……スカウトする時に感じた予感は杞憂だったのだろうか。
「トレーナーさん。チームのみんなで海に行きませんか?」
「海? まだ春じゃないか。寒いよ」
「それでも、ですよ。チームの皆さんもトレーナーさんに水着を見せたいと言ってますよ」
彼女が目配せすると、他のチームメンバーもこちらへ「行きたい」と目線を送る。まぁ、練習終わりにお出かけとして行っても構わないだろう。そう思ってその日は海水浴には早いものの、日が沈んでから砂浜へ遊びに行くことにした。
「じゃじゃ〜ん! 少しセクシーさも取り入れたマーちゃんの水着姿、どうですか?」
「む…………すごく可愛いと思うよ、うん」
「それだけですか? 本当は他にも感想があるんじゃありませんか? さぁさぁ、正直にどうぞ」
「マーチャン、トレーナーさんに近すぎるわ。それにしても気持ちいい風……トレーナーさん、走ってきてもいいですか?」
「あ、おれも一緒に走りたいです」
「ライスも、走りたいなぁ。あと、それが終わったらお兄さまと一緒に砂のお城も作りたいなって」
季節外れの砂浜遊びだが、彼女たちはとても楽しそうだ。こちらは少し肌寒いくらいなのに、彼女たちはへっちゃらなようだった。流石はウマ娘。
「一応、ご挨拶をしておこうかと。天と地がひっくり返って、地球が何回転しようと、マーちゃんはまだ海には戻りませんよって。あっかんべーをしてやりに来たのです」
そう言うと彼女は波打つ水面に舌を出し、すぐに他のチームメンバーとの徒競走に加わった。
その後、くしゃみをした所をミラクルに目撃され、何故かチーム全員で押しくら饅頭をすることになった。砂浜を走り終えた彼女たちの体は温まっていたが、水着のままなので非常に精神力を試される事態となった。ありがとう、鋼の意志。新人トレーナーの必須スキルよ。
……⏰
「じゃあライス、行ってくるね。ライスはみんなに幸運を届けるって証明してくる」
【ライスシャワー、宝塚記念でレコード勝ち!】
「それじゃあ、トレーナーさん。ウィナーズサークルで待っていてください。チームのみんなも一緒に」
【サイレンススズカ、天皇賞(秋)で異次元の逃げ!まさかの大差勝ち!】
彼女たちを担当して3年がたった。何事もなく3年がたった。何故かトレーナーとして苦悩することが一切なく3年が過ぎた。俺は彼女たちに必要だったのだろうか? そう思うほどに順調に来た。今なら間違いなく言える。俺のあの予感は杞憂だったのだ。ウマ娘は俺が考えているよりもずっと強い。心も体も、俺が心配することなんてなかったのだ。
「よし、それじゃあみんな、今日も練習頑張ろ……」
いつも通りトレーナー室から出発して全員でグラウンドへ向かおうとしたその瞬間、いきなり胸が異常なほど早く動き出した。視界がぐらりと揺らぎ、思わず床にへたり込む。次に呼吸が苦しくなる。酸素が全く足りない感覚だ。手足も痺れ始めた。チームメンバーのみんながこの世の終わりのような顔で俺を抱きかかえる。
「いや、みんな……多分これ、ただの貧血……」
振り絞った俺の声は彼女たちに届かない。必死の形相の彼女たちはトップスピードで俺を近くの大病院へと担いで走る。
「みんな貧血くらいで大げさだよ……」
「いえいえ。"貧血"で済んで本当によかったのです」
「おれたち、もう"あんな"思いするのは嫌ですから」
「お兄さまがこの先もずっと"幸運"でいられるように、ライスたちが頑張るからね」
「もう私たち、目覚まし時計の音は聞き飽きましたから」
濁った目で彼女たちは続ける。あれ? なんか最初に感じていたものとは別種の嫌な予感が……
「お兄さまがライスたちを救ってくれた分、絶対にお兄さまを幸せにするから……」
「お仕事だって無理しなくていいんですよ。おれたちだけでトレーナーさんは養えますし」
「無職が嫌ならマーちゃん専属ブロガーなんてどうでしょう」
「だから、もうどこにも行っちゃだめですよ? トレーナーさん」
彼女たちの指が代わる代わる頬と手をさする。どうも、もう彼女たちを見送って新しいウマ娘たちを導くことは叶わないようだった。
>「もう私たち、目覚まし時計の音は聞き飽きましたから」
うn…?
最終的に、5人みんなで長生きした。めでたしめでたし。
よかったよかった
少なくとも4回か…
いいよね自分のことを顧みなかった子たちに執着されるの……
4人と1人で…足りそう