あれから長いこと彼女のことを探し続けたが、それこそこの半生をかけて探し続けたが、それでも――彼女と、スティルインラブと再び会うことは叶わなかった。
あれから、何十年が経っただろうか。彼女と別れてしまって以来、自身に降りかかったあの身体の異変はすっかり鳴りを潜めて――それが一歩たりとも彼女へ近づけていないことの証左であると感じずには居られないのだが――それでも、異変にも悩まされず健康体でいられた私はスティルを探す傍らでトレーナー業に人生の残りの半分を捧げてきた。
あの日から今に至るまで、数多くの担当を導いてきた。自身の名が記録や歴史に残ることもあった。トレーナー業を引退した今でも、私の名前を上げてくれる人は居てくれて、それが名誉なことであると、分かってはいた。
そうして、私の半生をかけた真の肩書を、名前を、かき消されたまま私はトレーナーを引退してしまった。……そこに彼女の存在が無くても、私を讃えてくれる声が今でも上げて貰えているということも、追記したい。深い感謝を。
――――
……ピ、ピ、ピ。
規則的な機器の音が病室に響く、
――それから半世紀以上は経っただろうか。
私は今、あの頃と同じように病院のベッドで横たわっていた。点滴と呼吸器、それから定期的に脈打つ電子音。息をするたびにひゅぅと鳴り、はぁと白く濁る呼吸器。全身に繋がれた検査機器や点滴を感じながら、何もない暗闇の天井を見上げる。
ああ、こうしていると思い出す。あの長期入院の頃を。思えば、取り憑かれていたのだろう。彼女の走りに魅了され、己の身体を滅茶苦茶にしてでも、ずっとずっと、彼女の走りが見ていたかった。それは理性すらも越えて……。
……だからこそ、彼女は――私の元から消えてしまったのだろう。あの子は優しい子だった。きっと、そうに違いない。実際、彼女と別れて以来身体の異変は収まっているのだから……私は、彼女から彼女に囚われない普通の人生を、プレゼントされたのだと、思う。
それでも、私は……彼女のことが忘れられない。彼女と再び同じ時間を分かち合いたかった。それが、もう決して叶わないとしても――。
――ピ、ピッ、ピ、ピ。
ああ、頭痛がする。重く、苦しい頭の痛み。少しうなされて
――意識が曖昧になっていく。……そう言えば、この前担当の看護師に、“目が赤い"と心配されたような――。……昼間の記憶はどうしても、曖昧になってしまう。あぁ、ヒュぅ。ヒュぅ……呼吸も、浅くなってきた……朦朧とする意識の中、ピピピ、ピピピと不愉快な電子音が頭の中でこだまして、ああ、ああ。
――ねむい。
そ……う、か……。これでおしまい、か……。わたしは結局、かのじょをみつけられなかった。ああ、合わせるかおが、ない、なあ……。
……ピ、ピピ……ピ……ピ……。
…………。
――――――
「――……トレーナーさん」
声が、聴こえた。懐かしい声が。首を声のした方へ傾けると、そこには――。
「……ふふ」
――あの頃と変わらない、君がいた。
言の葉が、漏れる。あぁ、ああ……そうか、そうだったのか。君は、ずっと――。
「……ええ、ずっと……お側におりましたよ……♪」
「っ……そう、か……っ! そう、だったのか……っ」
視界がうるむ。ああ、なんで気付かなかったんだろうか、ずっとずっと……彼女は、スティルは……こんなにも近くに居たんだ――。
「っ……ぐす、あぁ、会いたかった……すまん、すまないっ……これまで、見つけてあげられなくて……っ……」
「……ええ、いいんです……ずっと、ずっと……お側で見守っていられましたから。例え、アナタに気付かれなかったとしても――」
「すまん、すまない……っ……俺は……」「――――」
……そっと。目を伏せ言葉を漏らす俺にスティルは俺の手のひらに自身の手のひらを重ねた。それは、とても温かくて……。
「…………本当は」
「――……アナタに、ずっと言いたかった……もう、私のことなんて忘れてしまってください、と……」
ぽつり、とスティルが呟く。
「私のことなど忘れて、貴方には幸せになって欲しかった……」「そんな、忘れるものか」
「っ……スティルは過去なんかじゃない……っ」
「もう、何十年も経っています……それに、もうアナタには……いえ、貴方には、たくさんの教え子がいて……」
「俺は、君のトレーナーだ」
「……申し訳ありません……私のせいで、アナタは……ずっと、お伝えしたかったのです。アナタを縛ってしまって、私のせいで、アナタの幸せな未来を壊してしまって……ごめんなさい」
「………………」
――どれだけの間、俺は彼女を苦しませてしまったのだろう、と。そう、思った。ずっと、見守ってくれていた。俺のことを……。気付いて貰えなくても、声が届かなくても。……そして、俺が彼女に囚われ探し続けていても。この、俺の一生を……心優しいスティルは、どれだけ心を痛めながら見守っていたのだろう。
「……ごめんな、スティル……君を、見つけられなくて」
「っ……そんな、それは――」
「……もう、君を見失わない」
「――っ…………と、トレーナーさん……?」
「……これからは、ずっと一緒だ」
「……どうして……」
「……そうだな。君と別れてから、本当に……本当に長い時が過ぎ去ってしまった」
「もう、私のことなど……ずっと、ずっと縛り付けていた私は、アナタには、錆びついて朽ち果てた鈍色の鎖なのにっ……!」
スティルインラブが悲痛な声を上げる。彼女の言葉を、受け止めて、俺は――。
――ああ……思えば、俺の一生は。スティルインラブに囚われた人生だった。彼女の言う通り、ずっとずっと彼女を忘れられなかった。
……けれど。
「それは、違う。だって――」
「君は、こんなにも……美しい」
「……ぇ」
そっと、彼女の頬に手を添える。
「錆ついてなんて居ないよ。俺はいつだって覚えていたさ……君のこんなにも美しい紅色を」
……ぎゅっと、スティルインラブを抱きしめる。
「……一緒に行こう」
「……本当に、よろしいのですか……? アナタの人生を縛り続けた、こんな私でも……」
涙を紅い目のフチに溜めたスティルに、そっと指を差し出し拭って……そうして、彼女の言葉に応える。
「ああ、だって――」
「スティルインラブ……“今でも君を、愛してる"」
――――――
ピ、ピ、ピ……。
……ピ…………。
………………。
――。
何かが違えばあったかもしれないIFエンド
スティルのエンディングが衝撃的で何か書かずにはいられなかった
あのエンドを見てしまって…まだちょっとハッピーなお話を書けるほどまで呑み込みきれていない…
今の自分に書けるスティルインラブのお話がこれだった
どんな形でも側にいるって言っちゃったらトレーナー絶対諦めないぞ