ノーリーズンと旅行に出かけた先で。宿泊する旅館に着き、そうして知らされる。何かの手違いで、2つ予約していた筈の部屋が1部屋しか用意されておらず、俺とノーリーズンは同じ部屋に宿泊することになってしまった。
「まあ良い! こうなってしまっては仕方が無いからのう。いや、致し方なく、非常に致し方なくはあるが! トレーナーと同じ部屋に泊まることにするしかあるまいなあ、うむ!」
「……やっぱり、今からでも新しい部屋を……」
「お主まだ言うか。この宿は結構な人気を誇っていてのう、言われたじゃろう? これ以上の空き部屋は無いとな」
「いや、けど流石に同じ部屋ってのは」
「……なんじゃ、なんの問題がある?」
不思議そうにこちらに問いかけるノーリーズン。なにの問題があるのかと言われれば、俺たちは教え子とトレーナーで。それに異性同士であるし、諸々……。常識的に考えれば、非常によろしくないのは分かる筈だ。
「……ふむ、してトレーナーよ。問題があるとお主は言うが、お主はワシにナニカをするつもりなのか?」
「……なら、良いだろう? そんなお主とワシが同じ部屋で寝泊まりすることに、なにの問題があると?」
「う、うぅむ……」
そう言われてしまえば……返す言葉が無いのだが……。
「それにもう、ワシらが同じ部屋で寝泊まりすることは覆しようのないことなのじゃから、アレコレ気にしても無駄とは思わんか?」
「うぅむ……そ、そう、かも……?」
「ならばよし! さあ、夜も遅いし締まってしまう前に温泉に入ろうぞ!」
ノーリーズンはそう言って、早々にこの話を切り上げ入浴の準備を始めてしまう。こんなアクシデントが発生したにも関わらず、心に波風を立てず平常のように過ごせるノーリーズンの肝の座り方には、少し感嘆する。やはり、武将ともなればこれくらいで心は揺らがないということか。
……或いは。――これは、俺の勝手な邪推でしか無いが。“初めからこうなることを分かっていた"のなら、この肝の座り様も納得ではある。あくまで、これは俺の勝手な邪推でしか無いが。
「……どうした? ほれ、トレーナー! お主もはよう準備せぬか! いざ温泉に出陣じゃあ!」
明るい声色でそう高らかに叫ぶノーリーズンに、そんな邪推は心にしまい込み。俺はノーリーズンの背を追い温泉へと向かうのだった。
――――
「はあ〜、良い湯じゃったのう! さて、もう床につく時間という訳じゃが……」
「……なあ、なんで布団が1枚しか無いんだ?」
「ううむ、どうしてじゃろうなあ〜?」
温泉から上がり部屋に戻ってみると、和室は片付けられ布団が敷かれていた。しかし、肝心の布団が、何故か1枚しか敷かれていない。
「……しかも、襖の中にもどこにも、寝具が無いし……」
「正真正銘、これしか寝床は無い、という訳じゃな! にゃーっはっは、これは困ったのう!」
何故か、どこか楽しそうな声を漏らすノーリーズン。……疑念は、膨らむ。
「……なあ、ノーリーズン。お前の差し金では無いよな……?」
「……おうおう、何を言っておるのじゃお主は! ワシが何故そのようなことをする必要がある? ワシも困っておるのじゃ、これではお主と同衾するしか無いからのう♪」
困っている、と言葉では言うが。その表情にはそんな物は写っていないが……。
「いや、それは本当に駄目だろ」
「駄目じゃと? それはまた何ゆえ?」
「同じ部屋で寝泊まりするのは、百歩譲って良いとしても……同じ布団で寝るのは立場上駄目だ。というか、君も駄目だろ。自分の身は大事にするべきだ」
そう彼女に言ってはみるものの……その言葉が届いているかと言えば……。
「むぅ、お主は固いのう。良いではないか、同衾くらい」
不満気にそう文句を言うノーリーズン。しかし、そう言われたって。
「駄目だって」
「……じゃあ何か。ぷりちぃなワシに目が眩んで、お主がワシに手を出すとでも? 犯行予告ということか?」
「……いや、そういう訳じゃ無いけど……」
「なら問題は無かろう!」
「いや、そういう問題じゃないってば」
彼女との押し問答は続く。他に寝る場所があるのかと問われれば、ソファーで寝ると答え。しかし、それでは明日に響くと却下され。そうこうしている内にノーリーズンはすっかり布団の中に入ってしまい、はよう入って来ぬかと急かされる。
「いや、まだだ。こうなったら、宿の人に言って追加の布団を……!」
そうして、フロントに電話をかけようと彼女に背を向け歩き出す、が――。
「…………」
「……ノーリーズン……?」
ぐい、と。寝間着の裾を掴まれる。
思いの外力強く、次の一歩を踏み出すのが困難で、仕方がなく彼女の方へと振り返る。そうして目に入ってきたのは――。
「……なんじゃ、そこまでしてお主は、ワシと一緒に寝たく無いのか……?」
先程までの勢いはどこへやら……俯き、寂しそうな声を漏らすノーリーズンの姿が、そこにはあった。
「んなっ、の、ノーリーズン……? ど、どうしたんだ急に」
「そんなに、ワシのこと嫌いか……?」
「い、いや……そういう訳じゃないけど……」
ノーリーズンのことが嫌いなど、ある訳が無い。俺の大切な担当で、ともに激動のレース界という戦場を駆け抜けた戦友で。大切な存在だ。
しかし、それとこれとは……一緒に同衾して良いかは別の話。それは、立場上許されない。そう、彼女だって分かっている筈なのだが……。
「……っ、の、ノーリーズン……?」
「……ワシは、そう望んでいるのじゃが……どうしても、駄目か……?」
潤む、声。より力の入る、裾を掴む手。ぐい、と控えめに引っ張られる度に、身体だけでなく、心まで引っ張られる。
「で、でも……」
「お主とは、長い付き合いじゃろう……? ともに戦場を駆け抜けた。……ワシは、お主のことを……特別に、想っておる。だから……。……今日くらいは、許してはくれぬか……?」
「っ……うぅ……」
俯いたまま、表情は見えない。しかし、その声色から、どんな顔をしているかは分かる。分かってしまう。それなのに、俺は……彼女の頼みを、断るのか? 彼女の想いを、ふいにするのか?
否。俺の心は、それを許せない。理性は止めるが、しかし……ここまで言われて、俺は彼女の気持ちを無視することは……できなかった。
「…………今日、だけだぞ」
「……え?」
「今日だけ、だから。…………一緒に寝るぞ、ノーリーズン」
「……どうした、一緒に寝るんじゃないのか?」
「……あ、ああ。そう、じゃな……」
俯いたまま、一歩、また一歩と、こちらに歩むノーリーズン。その表情は見えない。けれど、その身体が、ふるふると震えているのを見てしまう。
「……大丈夫か……?」
「っ……な、なに、心配するな。わ、ワシは平気じゃ……っ」
……そこまで、感極まることだったのか。そうまでして、俺と寝たかったのか。胸の中が、ドキリと痛み。どうにも、彼女の方を見ていられなくなって。俺は、胸の中からそっぽを向くように、布団に入り込む。近づいてくる彼女の気配を、背に感じる。
そうして……背中に少し、ひんやりとした空気を感じてから、ノーリーズンは俺と同じ布団に入ってくる。
「……ん」
「…………ふう」
俺は、振り向けなかった。もし振り向いてしまったら、彼女とすぐ近くで目が合ってしまうから……。
だから、彼女に背を向けて、じっと押し黙る。
「……なあ、トレーナー」「……なんだ」
「……ふふっ、トレーナー」
「…………なんだ……――っ!?」
彼女に背を向けたまま、呼びかけに応えようたその時。ぎゅうっと。ノーリーズンが後ろから抱きつく。
「っ……!? の、ノーリーズン……!?」「ふっ、くくっ……ふくっ……」
耳元から漏れ出る、くすぐったい彼女の声。驚きのまま、脳の中がパニックになっていると、彼女はおもむろに、笑い出した。
「っふ、あはは、ふっくく……にゃーっはっはっ!」「!?」
「……くく、騙されおって、お主!」「っ!? え、は? どういうことだ……!?」
ぎゅう、と彼女に抱かれたまま、彼女に笑われる。騙された……? どういうことだ、真意を探ろうにも、抱きつかれ振り向くこともできず――。
「なんじゃなんじゃ、ワシがちょーっとしおらしくしたら、コロっと行きおって! にゃーはっはっ、お主もまっこと甘いのう?」
「んなっ、え、演技だったのか……!?」
「然り。もう、笑いを堪えるのに必死で顔を上げられかったわっ!」
「あ〜、にゃははっ、面白いのう、お主は♪」
楽しげに笑うノーリーズン。油断した……そうだ、彼女は策士家で腹の中が見えなくて食えない奴だ。それを忘れて俺は……まんまと、彼女の手のひら上で転がされていたのだ。
「くそ……やられた」
「残念じゃったのう♪」
悔しい。非常に悔しい。俺の純情を弄ばれた気分だ。……いや、別に俺はノーリーズンに何か特別な想いがあるとかそういうのでは無い。無いが、この……俺のさっきまでの色々な想いを返して欲しい。彼女の仕草に弄ばれた純情を返して欲しい。
「あぁ……本当にこいつは……。くそ、降参だ、降参。参った」
「……あはは、そうかそうか!」
「……はあ、じゃあ、もういいか? どうせ、どっかに隠してるんだろ、布団も。散々俺のこと弄んで楽しかったろ? 俺はもう不貞寝するから……」
そう言って、俺は布団から出ようとする。少しでも彼女の想いに応えようと思ってしまった俺がバカだった。そんな風に不貞腐れながら、身体を動かそうとした、のだが――。
「……なーにを言っておる」
「は……? いや、だからもう充分だろ。だから俺を解放しろ……って、あれ」
「……あ、あの……ノーリーズン……? ちょっと、力が強いというか、これだと俺……布団から出られ無いんだけど……?」
「……? 何故布団から出る必要がある?」
「い、いや……何故って――」
そう、反論しようとして――とん、と。俺の肩に、彼女の顔が乗る。そうして、そのまま俺の耳元で、強く強く抱きしめながら、彼女は言う。
「……トレーナーよ」
「……な、なんだ」
ぎゅぅっ――。
「――つ か ま え た……♡」
「っ!?」
「ふふっ、もうお主は離れられんぞ? どこにも行かせん、今宵はワシとともに同衾じゃ。ああ、観念するがよい。ワシと一緒に、眠ろうぞ? ……な♪」
「――――」
……そうして、強く強く、抱きしめられたまま。逃げることもできず、俺は……ノーリーズンとともに同じ布団で、眠りにつくことになるのだった……。
ノーリーズンと同衾するだけ




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