トレセン学園を卒業して、トレーナーのお陰でレースを勝利してネイルサロンの為に貯めてたお金をダマされてみんな持ってかれちゃった。
全くのビンボーになったワケじゃないけど、とてもあたしの夢だったネイルサロンを開く事なんて出来ない……。アイツに言われたじゃんあたし。
「お金の話には特に気を付けろ」って。
アイツが折角指導してくれた意味も無くなっちゃった。
トレーナーとして教え子が選手として活躍してるのが見たいだろうに、ネイルの事なんて全然知らなかったのにあたし以上にネイルサロンの開き方とか調べてくれたアイツの努力もムダにしちゃった。
なんだよ。結局あたしはバカなまま成長してないんだ……。「…………もう、ヤんなっちゃった……」
自分の好きなもので埋まった、一人暮らししてるこのアパートの1室も今はむしろうっとうしい。
この中には、あたしがネイリストになろうと努力してきた思い出や、何よりトレーナーとの思い出が詰まってる。そんなの壊せるわけ無いじゃん……。
「うっ……うぅ……」
もうなんも考えたくない。
こんな惨めな思いして、自己ケンオして生きていくなんて辛い……辛すぎるよ……誰か助けてよ。女神とか悪魔でも良いからさぁ! あたしを助けてよぉ!
「──トレーナぁ……助けてよ……」
いつの間にか手にしていたのはトレセン時代、秋天を優勝してクソデカトロフィーをあたしとトレーナーで泣き笑顔で持ってる写真。そう言えばあの時初めてトレーナーが泣いたの見たなぁ……。元気かなぁ……。
ここ2年位はあたしも忙しいからトレーナーとLANEのやり取りしなくなってたけど、離れてから分かった事がある。
当時はあたしには勿体ないトレーナーだと思ってたけど、大人になった今、あたしにはトレーナーしか居ないんだって。
いい人も悪い人も居た。その誰もが、あたしのトレーナーと比べると物足りなさしか無かった。だからだろう。
卒業以来言い寄って来る男は皆バカに見えて、いつしか理想の男性像にはトレーナーの姿。あんなパーフェクトに近い男の人はもう出逢えないんだろうと確信して諦めてた。
きっとアイツなら、こんな状況になっても打開策が浮かぶんだ。アイツならなんて言うかな。
──アイツなら……
──アイツなら……
成る程……あたし泣き疲れて寝落ちしたのか。カッコ悪い……。
「……しっかりしろジョーダン! あたしはもう大人なんだ!」
両頬を叩いてしっかりせる。
ある意味泣き疲れて良かったんだと思う。現に今あたしの頭の中は昨日よりはだいぶクリアになってる。
成る程……迷った時は人間寝ると良いのはホントなんだ。
成る程、成る程……。
「──ッハ! なんだ。いつの間にかアイツの口癖移ってんじゃん」
少し頭が良くなったような気がして、あたしがどうするべきか頭の中で道筋が出来てくる。
先ずはご飯を食べよう。アイツも言ってたじゃん。頭を動かすにもエネルギーが必要だって。
それから空っぽの何もない場所だけど、買った店舗に行ってじっくり考えよう。
まだあたしは生きてるんだ。お金は無くなったけど、何もかも失った訳じゃない。
どんなに辛くても苦しくても、あたしの爪の事で色んな所から責められて悪者にされたのに決して折れなかったアイツみたいに、あたしも折れない。絶対に
空っぽで薄暗いあたしのお店に響くドアベル。
ここからあたしの夢がスタートする筈だったのに……ううん! 悲しくならない! まだどうにかなる筈なんだから!
先ずは持ち逃げされたお金がどれ位か改めて確認して、本当に信用できる仲間に連絡してそれから……だああ! やることいっぱいでワケ分かんなくなる!!「だはぁー……気合い入れたけどやっぱしんど……あ"あ"ー……」
カウンターに突っ伏して濁った声を出すあたし。
こーいう時はどうするんだっけ……確か、優先順位を決めて……いや、全部重要じゃね?
警察も動いてくんないし……こうしてあたしみたいなバカが良いように使われて悪いやつらが甘いハチミーを吸うんだわ。
「チクショウッ!」
もうカウンターもぶっ怖しちまえって、ウマ娘パワーで拳を叩き付けようとした時だった。
「──へ……」
「やぁトーセンジョーダンさん。お久し振り」刑事とかの真似でもしてるのか、わざとらしく他人行儀な男がドアベルの音もならさずお店の中に入ってきていた。
お店の中が暗いから、外からの逆光で顔はよく見えないけど、あたしのウマ耳はその声を。あたしの鼻は安物の革ジャンの匂いを覚えていた。
「トレー……ナー………?」
「おいおい。俺はもう君のトレーナーじゃ無いんだけどな。所で、もう店の中入ったんだけど良かったかな?」
「ば、ちょ、遅いし! ちょっと待って今椅子出すから!!」
果たしてキンチョーか再会の嬉しさか。直前までの殺意にも似たお腹の中の煮えたぎった感情が全てどこか行ってしまった事に軽いパニックを起こしつつ、奥からパイプ椅子を持ってきてトレーナーに座らせた。
ずっと前から変わらない、カッコ良くもない革ジャンの着こなし方と落ち着きを覚える立ち振舞い。ウソやだ。
あたしの尻尾暴れてないよね!?
「あ、あぁー……いやその、何て言うか……」そっか。トレーナーは知らないんだ。
あたしがバカでお金持ち逃げされちゃった事。
アンタの努力、無駄にしちゃった事。
「俺は未だにトレーナーやってるし、何とかチームを持ててるよ。それにしても、こうして教え子がお店を持つなんて感激だ。俺心配してたんだぞ?」
頭の中、グチャグチャになる。
トレーナーにあたしの現状を知られる恐怖。
トレーナーと会えて嬉しい感情。
自分のバカさ加減でトレーナーに愛想を尽かされるんじゃないかという恐怖。
このままトレーナーが離れていって、もう会えなくなるんじゃないかという恐怖。
「…………ごめん……ごめん……」
「ん?」
「……あたし、やっぱりバカで……駄目にしちゃった……無駄にしちゃったぁっ……」
「……」
1度溢れ出たそれを押し留めるのは無理だった。
メイクが崩れるのも忘れて、トレーナーに顔向けできず俯いたまま涙を流して辛かった思いを吐き出す。
やっぱダメだわあたし。今朝あれだけやる気があったのに、トレーナーに会ったらこれだ。
それから10分位、あたしは泣き続けてトレーナーに全てをぶちまけた。あたしの恐怖も
──アンタへの想いも全て。
「そうか……辛かったなジョーダン。今は思いっきり泣け。この後は良いことがあるから、スッキリするまで泣くんだ」
「良いことなんてあるわけ無い! どうしろって言うのさ!」
「落ち着けジョーダン」
「落ち着いていられるか!! あたしはアンタの努力もムダに──」
「だから落ち着け。言っただろう? 良いことがあると」グチャグチャメイクのあたしに詰め寄られてもいやがる素振りすらせず、トレーナーはアタッシェケースをカウンターに置いた。
──それはあたしがカッコ良いからと何も考えずに買ったのと同じ銀色のやつで、何となく可愛いシールを貼った所に同じシールが貼ってあって、いつしかトレーナーと出掛けた時にゲーセンで取った猫のストラップと同じ物が持ち手についてて……。
「これ……ウソ……」
「嘘なんもんか。きっちり持ってかれた分、取り返してきたよ。いやー、でもちょっと大変だったよ。何せ、相手は猫でも犬でもなく人間だったからね。……でもねジョーダン。人間少し頭が良い奴の方が分かりやすいんだよ。これから自分に何が起こるのかも理解出来てしまうからね……」
そんな事を言うトレーナーの顔は今まで見たことがない、邪悪な笑顔だったと思う。
でもこれ以上の頼もしさはない。
「なぁジョーダン」
「!」ギュッと抱き締められる。
感じるトレーナーの鼓動。うるさいあたしの鼓動。耳とか尻尾に全部感情が出てるような気がしたけど、トレーナーに抱き締められてる前ではどうでも良い。
「君の想いを聞かせてもらえて俺は嬉しいよ。だから改めて問いたい。君は、本当に俺で良いのかい? 俺は君が思うほど良い人間ではない。今回のそれだって、相手にしたことは誉められたことじゃない。君は純粋なんだジョーダン。そんな君に俺のような──」
「それ以上は言わないで。あたしはアンタが良いって言ってんの。……分かれ」
「……そうか。じゃあ約束しよう」
「うん」
「もう君にこんな思いはさせない」
「……うん」
薄暗いお店の中、あたし達は離ればなれになっていた時間を取り戻すみたいに強く抱き締めあった。
少し大人になってからこんなスパダリ他に居ないわってなるのいいですよねITネタやったばかりでもギャグやりたかったんですが、これはこれで満足したのでこれにて御免
デジたんステイ
裏社会に顔利きそう
南坂トレーナーと同時期にトレセン学園に就職した一般人なんだろう
少し泣く
やっぱり心配で見守ってたのかな
そういう子達も山程見てきた環境があってって考えると
わりと前職ヤバめなとこにいたとも取れるよね
それを許してしまったことにめちゃくちゃキレてそう