遠征出走の前日、彼女は気晴らしに夜の散歩に出ることにした
別に明日が不安というわけでもなく、ただなんとなく歩きたくなった
『ちょっと散歩にでかけてくるね』
既読がつく前にスマホを制服のポケットにしまう
「あ」
トレーナーだった
明るいロビーから一歩出て、二歩目を踏み出した横に居た
自販機の前で立ち尽くし、俯いて何かを握っていた
「……吸うんだ」
タバコのパッケージ、見知ったものよりやや細長い自動販売機
青白い光に照らされた横顔は、少し困ったように微笑んで
「……いいや」
握りつぶしたそれを隣のごみ箱に放った
「別に大人なんだからタバコくらい吸うでしょ」
ある昼時のカフェテリア、彼女は友人に駄弁っていた
腑に落ちないことが多かったからだ
「人前で吸ってるところ見たことないし、タバコのにおいもちょっとしかしないんだよ」
「ちょっとはするんだ」
「学生時代は吸ってたんだって」
吸うのをやめたタバコにもう一度手を出したくなるのはどんなときだろう
口寂しいということで飴玉を使う人はいる
煙の臭いが好きなら他にも方法はたくさんある
小さな画面に打ち込んで、暗い光に映した結論は
「まさか自分のせいだって?」
流石は親友、風水以外のことならよく分かっている
ただあまりに率直なので心の擦り傷が切り傷に変わりそうだ
実際、心当たりは多かった
トレーナー業がハードなのはなんとなくでも見ていて分かる
ただ自分の場合、風水のイメージアップに割かせている労力が大きすぎるのではないか
メディアへの露出対応、開運スポット巡り、思い付きに付き合わせたことも多い
喜んで付き合ってくれてたと思っているし、本人に尋ねてもそう返ってくるだろう
彼の体力を奪っている事実に目を伏せながら
「……そんなに気になるなら聞いてこようか」
「えっ嘘そんなに仲良かったの!?」
「トレーナーがね。どんな勘違いしてるのよ……」
->はい
コパノリッキーのトレーナーのやる気は絶不調だ
ホッコータルマエのトレーナーのやる気が下がった
ホッコータルマエのやる気が下がった
『……ん、なんでああ、タルマエから聞いたのか』
カチカチとレコーダーをいじるホッコータルマエの顔は暗かった
相談を持ち掛けた時の自分もこんな感じだったのかと思うと、申し訳なさでいっぱいになる
そして今も、そんな顔をさせるような音声を再生させてしまっている
『吸ってないよ。リッキーに見られたら、なんかね』
『別にいいんじゃないか?気にしないだろ』
『ほら、ウマ娘って嗅覚もいいから』
『んなこと言ってたらストレス溜まってダメになるだろ』
タバコを吸おうとしたのはストレスのため
それを止めたのは、私のため
『あー……うん、考えとくよ』
『嘘だ絶対話題にも出さないな』
『ちっバレたか』
「やっ、休みが欲しいなら言ってくれれば……!」
「しーっ、続きあるから」
『……実際さ、お前だって休みたいと思うか?』
『え?あー……俺はー……休みたいよ?うん?』
『嘘だね』
『ははは……だよなー……』
隣の彼女を見ると、それはそれは深いため息をついていた
レコーダーを持ってきたときの顔色にも納得だ
『なーんか何やっててもトレーニングのこと考えるんだよな』
『休み貰っても何したらいいか分かんなくなってきた』
『あれだろ?"こんなこと担当を差し置いてやってていいのか?"って』
『それそれそれ。趣味にうつつ抜かしてるせいでレース負けたら……とか』
『っはっはっは!……やめろマジで』
『なー……』
『俺たち早死にしそうだな』
『悔いが無ければそれでもういいよ』
『だな。ところで今度の───
カチッ
何も聞こえないはずなのにきぃーと耳の中でたつ音を聞きながら、ぐるぐると無力感だけが泡立っていく
労基に訴えれば改善の見込みがある分、ブラック企業の方が可愛いとすら思える
それほどまでに彼らの仕事への向き合い方はブラックになっていた
担当のために命まで捧げる意気込みは素晴らしいが本当に捧げられても扱いに困る
「……タルマエ、これどんな気持ちで聞いてた?」
「渡される前の申し訳なさそうな顔に納得しながら」
それを聞いて彼女の頭に後ろめたそうな顔でレコーダーを渡す男の顔が浮かぶ
部屋に大きなため息が二つ吐かれた
コパノリッキーのやる気が下がった
隠し事はよくないからね!
命捧げてる担当の頼みは断れないんだ…
担当の夢は応援するものだろう
リッキーのトレーナーと言うだけですでに重荷ではあるという話じゃないかな
誰の担当になってもこうなるだろうし…
新人なのにG2G1ウマ娘のトレーナーとなったんだから
天才肌か某マブトレみたいな奴じゃないと自分自身への圧はありそうだしな
それにつぶされないだけさすが中央トレーナーなんだろうけど
本人に解決する意思がないので風水の入る余地がない…
それが担当にとっては辛いという
精神的にも無理してるとかならまだしも心から望んで命削ってるからタチ悪い
時間をかけなければ成果は出ないが時間を費やしたから成果が出るわけではない
その時ふと閃いた!これはコパノリッキーのトレーニングに活かせるかもしれない!
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