そんな俗説をどこで聞いたのかは定かではないが、部屋に飾ったファインのぱかプチを前にふとそんなことを思い出した。
ファインの担当トレーナーでいられることは幸福である。しかし仕事での疲労やストレスが無いと言えば嘘になる。ちょっと息抜きをすれば忘れられるような軽いものばかりではあるが──だからこそ、モノは試しにやってみよう、と軽い気持ちでそれを試してみることにした。
結果として、その日は余りに気持ちよく熟睡できたモノだから、ぱかプチを抱いて眠ることを日課にしようとして。
「……ふふ。キミって思ったより情熱的なんだね。色を好むっていうのかな?」
──詰みである、と。
ある日のこと、仮眠から目覚めた時。まるで極上の寝具で熟睡したかのような、人生で最高の快眠を得たと自覚した時。
腕の中の柔らかい体温と、いつもよりも遥かに近い距離にある紅潮した笑顔を前に、そう悟った。
落ち着いて深呼吸。仄かに香る上品な香水の香りが胸いっぱいに──ではなく、状況を整理する。
ここはどこだ──トレーナー室。
鍵はどうした──かけ忘れた。
抱きしめていたはずのファインのぱかプチは──マットのすぐ横に転がっていた。
結論としては──全部、俺の寝相が悪い。そしてまだ、きっと、詰みと呼ぶには早い。
「ふふ、キミのあんな顔、初めて見たかも……どんな夢を見ていたのか教えてくれるかな?」
「……覚えてないなぁ……」
幸いにも周囲にSP達はいない。少なくとも姿は見えない。
まだ見られていないのか、或いはこの程度ならと見逃してもらっているのか。
何にせよ、薮から蛇が出て来る前に急いで退散しなければならない。
「? もういいの?」
ファインを抱き寄せていた腕を解き、タオルケットを跳ね除け、上体を起こしてからファインの手を取って起こさせる。ここから先の選択肢は、決して間違えてはならない。
「ぬいぐるみを抱き締めると、気持ちよく眠れる……そう、聞いたことがあって」
「そうだね。子どもみたいで可愛かったよ♪」
「そう、そうなんだ。だから、その。この状況は──そう、セラピーなんだ。リラックスのためのルーチンなんだ。決してキミに、そういう気持ちがあったわけじゃないんだ。決して」
あくまでこれは事故であると、頬を冷たいものが伝うのを感じながら説く。
「……ふーん。そっか、これは……キミにとっての医療行為で、そして事故だって。キミはそう言いたいんだね?」
「ああ」
「私をぬいぐるみと間違えたから……私に『そういう』気持ちは抱いてないって、そう言いたいんだね」
「ああ……!」
「! ファイン……!」
天国の寝心地から地獄の目覚めへ、そしてようやく現世に戻って来ることができた。王女様の寛大な心遣いに、胸元で詰まって息がほうっと出て来る。
しかし──
「そうだもんね。リラックスのため、だもんね。なら──」
選んだ選択が間違いだったことを知るのは基本的にその時よりもずっと後である。
そんな当たり前のことを、俺は見落としていた。
画面を介してのファインとそのお父様の会話に、俺も同席することになった。
これは定期的に行われている報告会のようで、ファインとの3年間を終えてから、俺も同席する機会が増えていた。
画面の向こう側とはいえ、やんごとなき方々の会話に加わるのは緊張が止まらないのだが──
「あら、トレーナー? 緊張しているのかしら? 顔色が優れないわ」
俺の感じているプレッシャーを察してか、ファインがこちらに振り向いてくる。俺とは対照的に、芯の通った堂々たした佇まい。
「ありがとう。でも、大丈──」
「それはいけないわ。すぐに『リラックス』しないと」
「──え?」
目の前には、両手を広げてにっこりと微笑むファイン。
画面の向こう側から、お父上の訝しむような声音が聞こえてくる。
思わず後退り──も、できない。気付けば周りをSP達が取り囲んでいる。
「あら、あの行為は『リラックス』のために必要なものだと伺ったのだけれど。それとも、別の意図があったのかしら? 問題ないなら今この場で出来るはずですね?」
「そなた、何を……」
「──」
詰んだ、と。
四方八方から突き刺さる視線を前に、それ以外の言葉が浮かばなくなった。
「ふふ、楽しみだね! キミがこっちに来るのは初めてだもんね!」
「……そうだね」
ただ、次のお休みにファインの緊急一時帰国が決まって。
俺もそれについて行くことになった、というだけである。
>「そう、そうなんだ。だから、その。この状況は──そう、セラピーなんだ。リラックスのためのルーチンなんだ。決してキミに、そういう気持ちがあったわけじゃないんだ。決して」
これが悪手でしたね…
じゃあどうすれば良かったんですか!
部屋に鍵かけろ
>というだけである。
だけかな……緊急一時帰国が
いいよね
いいよね このまま
多分まだ逃げられる
多分
ム
リ
これは他のトレーナーたちもやってることでは
ただちにトレーナー寮の抜き打ちチェックを
いや寮でやってる分にはよくない!?
ファインが好きで好きでたまらないから抱きしめてましたとでも言えば良かったんですか
気付いたけど夢かと思ったことにして寝直す→夢に見るほど添い寝して欲しかったことを白状したことになる
うーん
貴様?
たしかに担当になる時に殿下を大きな怪我をする可能性のあるレースの世界に引きずり込む覚悟はした
でも家族になる覚悟が必要だなんて予想できるわけないじゃん…