「どうしたものでしょう…」
誰もいない図書室にて。大きな耳を揺らしながらゼンノロブロイは悩んでいた。悩みの種は彼女の前に置かれた本、その名も“奥手な殿方も一発差し切り!恋のレースの極意"。キングヘイローの母が著した本である。キングの母親と言えば数々のレースを制した超優秀なウマ娘……というだけではなく担当トレーナーを現役中に射止め、その子を孕みながらレースに出走したという逸話を持つ程の恋愛強者。二つの側面から、うら若きウマ娘達の憧れの存在だ。そんな彼女の著した本。過激な手練手管で想い人に迫ることを勧めてくることは読まずとも想像出来た。
──奥手な殿方をオトす手っ取り早方法、それは逆ぴょいです。
読み始めてすぐ、こんな文言が出てきて思わず赤面しながら本を閉じてしまった。実を言うと目を通すのもままなってない。閑話休題。
果たして、そんな本を図書室に置いていいものか?話によると、これを取り寄せたのは生徒会の皆さんだそう。しかも3冊も。何でこんな本取り寄せたんだ、なんてツッコミはこの際置いといて、生徒会からの指示ならば仕方ない。図書委員は黙って従い棚に並べるのみ。これで全て終わるはずなのだが、真面目な彼女はそうはいかない。あらゆる本を分け隔てなく愛する超の付く読書家でもあるため、“こんなものは本と認めません!"なんて面倒臭いことは言い出さないが、悲しい哉、真面目故に普通の倫理観は持ち合わせていた。つまり。
「これ、本当に公の場に並べていいのでしょうか……?」
これが彼女の悩みの全てであった。官能小説でブイブイ言わせた自分が思わず閉じてしまうような内容。しかも、それを読者にも勧めてくる本。しかもしかも、実行して成果を得た者もいると聞く。
「ロブロイー!ロブロイ!いるー?」
突然呼ばれた。声の主は友人の一人、スイープトウショウ。
「図書室ではお静かに」
口元に指を当て、注意する。何やら興奮した様子、いや、切羽詰まったといった感じか?
「何かご用ですか?…図書室に来たってことは本を探してるに決まってますよね」
「話が早くて助かるわ!使い魔を服従させる本をちょうだい!」
はて、と首を傾げる。そんな本あっただろうか?そもそもウマ娘界広しと言っても魔女と使い魔なんて独特な関係性を築いてるのはスイープと彼女のトレーナーくらいだ。いくらなんでもニッチ過ぎる。
「え、無いの?フジさんがそろそろ図書室に入荷する頃って言ってたんだけど」
……ひょっとしてこれか?目の前の本に目を落とす。いやいやそんなはずは。
合ってた。何勧めてるんですかフジさん。
以前一緒に出かけた時、流れで彼女とそのトレーナーのイチャつくダシにされた思い出が蘇ってきて若干目付きが鋭くなる。いけないいけない、今はスイープだ。
「それはスイープさんが思ってるような内容ではないと思いますが…」
「そうなの?でもこれを読めば他の子の走りを褒める使い魔もアタシだけを見るようになるってフジさん言ってたんだけど…」
いけない。割と需要に応えてる気がする。
「取り敢えずこれ借りるわね!3冊あるし1冊くらいいいでしょ!」
「あっ、待ってください!それは……行っちゃった……」
どうしたものか。スイープのそういう話への耐性は未知数だ。読んだら顔を真っ赤にしてダウンするかもしれないし、案外覚悟を決めて使い魔さんに逆ぴょいを仕掛けるかもしれない。
……まあ、いいか。当人達の問題だ。ちなみに個人的には後者の展開の方が好みだ。
使い魔さんが襲われるのはいいとして、取り敢えず今はこの本である。スイープに貸し出してしまったから棚には並べません!と今更言えなくなってしまった。仕方ない。
「……ライスさん?」
「ギクッ!」
物陰から恥ずかしそうに出てきたのはライスシャワー、寮で同室の友人である。
「ラ、ライスね!別に悪気があってコソコソしてたわけじゃなくて……」
「分かってますよ。何かお探しですか?」
「その……それを……」
ライスが指差す先は自分の手元。件の本である。
「本当は買おうと思ったんだけど本屋さんで買う勇気が出なくて……図書室なら誰にも見られずこっそり借りられるかなって……」
なるほど、それで棚に並べられてからこっそり借りようとしていたのか。まるで工ッチな本のような扱いだがあながち間違ってはいないだろう。
「ラ、ライスさんも興味あるんですか…?その…逆ぴょい…」
「ふぇ!?そ、そういうわけじゃ……ただ、お兄さまって結構鈍感さんだから、これを読めば今より少しくらい仲良くなれるかなって……」
同室ゆえにそんなライスの悩みを常日頃よく目にしていたロブロイは笑顔で
「頑張ってくださいね!」
件の本を差し出した。
嬉しそうに耳をピコピコさせて、頑張るぞーと息巻くライスを見送ってから、ロブロイは考えた。自分はどうなのか、と。
ロブロイ自身、自分のトレーナーを好いている。ゼンノロブロイの英雄譚を見たいと言ってくれたあの時から、密かな想いを寄せていた。と、同時に今の関係に甘んじている自分もいた。単純に今の関係を失うのが怖かったから。だが。
「スイープさんも、ライスさんも、今を変えようとこの本を……」
知らず知らずのうちに守りに入っていた。英雄たるもの、失うのを恐れて行動に移せずしてどうする。そんなことで彼に胸を張れる英雄でいられるのか?かのロブ・ロイだって仲間を失いながらでも誇りのために戦ったではないか。失うことを恐れるな。私だって、彼に誇れる英雄であるために……
意を決して本を開くロブロイ。元から読書家。レクチャーも体験談も惚気も、するする読み解いてあっという間に理解して。
「そうなんだ❤」
──効き目抜群!図書委員イチオシ!
ゼンノロブロイの根性が30上がった!
『食らいつき』のヒントLvが4上がった!
ゼンノロブロイの調子は絶好調をキープしている!
かかり気味になってしまった……
>使い魔さんが襲われるのはいいとして
待ってくれ
>……まあ、いいか。当人達の問題だ。ちなみに個人的には後者の展開の方が好みだ。
ロブロイさん!?
果たして掛かっているのはロブロイだけなのでしょうか
ライスはまあ…
というか図書室で貸し出しにした時点で無差別テロみたいなものだし
そろそろ失踪しそう
ロブロイからしたら急に巻き込まれたからな…
30回復
って言うとまあ備品になっても不思議じゃないよね
📱最終的に合意が取れればいいのよ
私の事をダシにしましたけどね