それは自分も例外ではなくて、誰よりも純粋で自由な我が担当、ミスターシービーが本日絶賛欠席中という報告を彼女の担任から受けても、彼女を追いかける前にコーヒーを飲み干してしまおうと横着を働かせる余裕があるほど、自分にとって彼女を探しに行くことは当たり前のことになっていた。
「ありがとう。助かるよ」
まず校内を探して、彼女か彼女を見た人を見つける。その人が彼女を最後に見た時間と方向が分かれば、大体の当たりをつけることができるくらいには、彼女の考え方を推し量ることができるようになっていた。
「今日は少し大変かもな」
校内にはおらず、街の方に出向いたというが馴染みの店にも彼女が興味を示しそうな場所にもいない。これで少なくとも、ヒトの足でトレセンから歩いて行ける場所の線は消えたということになる。
忘れてはいけないのは、彼女は自分たちから逃げているわけでもなければ、避けられているわけでもないということである。ただ行きたい所があって、それを我慢して別の何かをする必要性を感じないだけなのだ。
彼女の行き先を探るときに半分は頭を使うが、もう半分はいくら論理的に考えてもわからない。自分の考え方と彼女の考え方にははっきりと違いがあって、それに理屈をつけることはできないのだから。
だから、少しだけ考えるのをやめて、今自分が行きたい場所を思い浮かべてみる。今日の空を見て、風を肌で感じて、何をしたいかを純粋に考えてみる。
「行ってみるか」
彼女と同じにはなれないけれど、彼女が思うように生きてみるというのはそれだけで楽しいものなのだと気づいたのも、この時間が気づかせてくれたことだった。
一駅ごとに携帯を開くが、彼女からの便りはない。それを見ても焦りは湧いてこず、今行こうとしている場所に彼女がいなければ、次はどこを探そうかと、穏やかに考える自分がいた。
年を取ると、動じるということがどんどんなくなっていく。それは物事に対する経験が増えていくだけでなく、かつて持ち合わせていた感じる心が摩耗していくという側面も往々にして持ち合わせているものだが、普通に生きていればその自覚すら持たないだろう。
彼女と出会わなければ、きっと自分も自分が年を取っていっていることに目を瞑っていられたのだろうが、彼女のどこまでも飾らない姿を見ていると、否が応でも自分が変わっていったことに気づかされる。それでも、昔とは違う今の自分を腐らずに受け入れることができるのは、彼女がそんな自分のことを必要としてくれているからだった。
彼女を追いかけても、彼女のようになろうとは思わなくていい。自分が自分のままでいるからこそ、彼女のためにできることがある。
そう思うだけで、自分がここにいることに自信が持てる気がした。
「──駅、終点です。お忘れ物のないよう、お気をつけください──」
思考の海に沈んでいた意識が、ふっと浮かび上がってくる。降車を促す車掌のアナウンスも、開いたままの電車のドアも、どこか日常から離れたような穏やかな雰囲気を纏っていた。
「もう少し歩かないとな」
深く吸い込んだ空気は、仄かに潮の匂いがした。
砂浜に座る人影に話しかけると、それは戸惑う様子もなく、すっと立ち上がってこちらに振り向いた。
「ヨットがひとつ。真っ白な帆の、綺麗な舟」
ついさっきまでただ席を外していたかのようなやりとりをしてしまって、思わず笑みが溢れる。
自分にとっても彼女にとっても、この時間が当たり前に過ぎていく幸せだった。
「ここには何かあるのか?」
「何も?ただ、海が見たくて。
自然の風景って、ただ見ているだけで心が綺麗になりそうでしょ?」
砂を踏む彼女の足取りは、いつもにも増して楽しげだった。軽やかなステップを踏んで波打ち際へと駆け出す彼女にも届くように、少し大きな声で呼びかける。
「楽しそうだな」
「勝負してたんだ。さっきまで。
でも、今勝ったから。だから、すごく今うれしい」
「誰と?」
その瞳のままこちらを見つめられると、魅入ってしまうとも知らないで。
「きみと」
「何も言わずに出て行っても、きみが見つけに来てくれるかなって、そういう勝負」
彼女と出会って随分経って、自分と彼女の関係は落ち着くべきところに落ち着いたと思っていた。だからこそ、彼女が自分を待っていたと語る言葉を受け入れるのに、少し時間がかかってしまった。
「アタシは走り出すのを止められない。思い立ったら、勝手に脚が動いちゃうんだ。
でも、きみはいつもついてきてくれたよね」
初めはトレーナーとして、彼女を理解するために。今はただ、彼女と共にいる時間を楽しむために。いずれにしても自分にとっては、彼女の背中を追いかけるのは当たり前のことになっていた。
でも、それが楽しみになっちゃったんだ。きみが追いついてくれるまで待ってるのも、一緒に見た景色の先で、きみがなんて言ってくれるのかも」
彼女の背中に憧れた人は、きっと大勢いるのだろう。自分もその姿に見せられたひとりだから。
ただ、自分は少しだけ欲張りだったのだ。彼女の姿を眺めて楽しむだけでなく、彼女の隣に立って、彼女のためにできることをしたいと思ってしまったから。
「でもさ。アタシはきみの自由も奪いたくない。アタシに付き合うのが嫌になったら、それは仕方ないかなって思うんだ。きみとアタシは、同じじゃないから。
──でも、やっぱりきみにずっとそばにいてほしい」
酬いが欲しかったわけではない。彼女と一緒に過ごした想い出は、それだけで退屈だった人生を彩ってくれたのだから。
──ああ、でも。
「だから、きみがアタシと一緒にいたいって、心から思っててくれたらいいなって。どんなに遠く離れていても、見つけに行こうって思ってくれるくらい。
そしたら、きみもアタシも幸せでしょ?」
──君も俺と一緒ならいいのに、と。
そう思わなかったと言ってしまえば、嘘になる。
「最後の勝負、してみようか」
靴を脱ぎ捨てた彼女は、ゆっくりと、けれど確かな足取りで、波間に歩みを進めていった。
「やば、冷たい」
夏の日差しに照らされた砂浜から海に入って、彼女は少しだけ驚いたように爪先を跳ねさせた。心地よい冷たさに身を委ねるように暫く脚を濡らした彼女は、振り向いただけで吸い込まれそうなほど、美しかった。
「トレーナー。
一緒に、来てくれる?」
そう言った彼女は、もうすっかり踝まで水に浸かっていた。それでも彼女の足取りは軽くて、そのまま水平線の向こうまで駆け出していってしまうようにすら思えた。
靴を脱いだ瞬間を覚えていなかった。彼女が自分を待っていると思うと、未だに言葉を紡げないでいる口と反対に、足は当たり前のように、彼女に向かって歩き出していた。
そして、それを全て受け入れてくれるような、足元で弾ける波の心地よい冷たさ。
彼女が歩んできた道のりの感触を、全身で味わい尽くす。
「おそーい」
「わ」
それでも、彼女は待ちくたびれてしまったようで。顔にかかった水に驚いて、つい目を閉じてしまう。
「はやくー」
「こら、待てって…!」
何も見えないまま、水が飛んでくるほうに手を伸ばす。指先に温かいものが触れたとき、降り注ぐ冷たさも息をひそめた。
口に滲む塩辛さが去って、目を開ける。
ひどく楽しそうな顔をした彼女は、青い水面の上で今にも踊り出しそうだった。
彼女の掌の上に、そっと自分の手を重ねる。やっと捕まえたその温度を、確かめるように
彼女が踊ると言うなら、いつまでも付き合おうじゃないか。
「びしょぬれだね。きみもさ。
冷たくない?」
少し遠慮がちに問う彼女に、思わず苦笑が漏れる。
今更、何を言うのか。雨に濡れることさえ、君となら心地いいというのに。
「冷たいよ。
でも、なんだか気持ちいいな」
じゃあ、もうちょっと濡れちゃおうか」
彼女の手に導かれるまま、水面の上でワルツを踊る。海の青さを、全身で感じるように。
「こら…!ははは…!」
彼女と同じものを見て、同じように笑いあえる。
そんな幸せを、ひたすらに噛みしめながら。
「いつだっただろうな。
懐かしいな。海の中って、こんな感じだったのか」
お互いにもうすっかり濡れてしまっても、浜辺に戻ろうとは言わなかった。
水平線の彼方まで広がる蒼の中に、少しでも長く彼女と一緒にいたかった。
「アタシも久し振り。
でも、楽しいね」
ターフの上でそうするように、彼女のしなやかな脚が水面を蹴る。その感触に浸るように、彼女は大きく息を吸い込んだ。
「昔の人は、ずっとこうだったのかな。
風の匂いと土の温かさを、いつも肌で感じて走ってたのかな」
何かに思いを馳せるとき、彼女は遠くを見る癖がある。その瞳の先にはきっと、今ここにはない美しい景色が見えているのだろう。
そんな彼女の姿を見るのが、堪らなく好きだった。
「そうかもな。普通に生きてると、忘れそうになるけど。
なんか、生き返ったような気がするよ」
蒼く透き通るような、夏の空を見る。同じくらいに純粋な蒼を湛えた海と空の間に、彼女はしっかりと立っていた。
同じなのだ。この空も、彼女も。どこまでも美しいその在り方が、忘れかけていた純粋さを思い出させてくれる。
「ん?」
「ありがと。
きみがいてくれて、よかった」
背に回された手の温かさを確かめるように、腕の中に彼女を閉じ込めて、気づいた。
彼女に想われていることが、何よりも嬉しい。
そのくらい、彼女のことを好きになっていたのだと。
ミスターシービー(天井)しちゃった
諦めるとかじゃなくてこのまま海に消えて行きそうな雰囲気ない?
ただシービーが先に行ったから追いかけただけで
でも自分の好きなことに嘘はつかないから律儀に全部言って独り占めしようとする
濡れるのもしょっぱいのも構わずにちゃんと追いかけてきてくれた
でも後ろにトレーナーの影が見えると振り返ったときに嬉しくなっちゃう
そんなCBもいいと思いますね
そんな自由な女
シービーの人生に居て当たり前の存在と言えるだろう
卒業した次の日に何事もなかったようにトレーナーの部屋に遊びに来るような子だと思う
もう一緒にいるのが当たり前だから
近くの旅館なりホテルなりに入って洗って着替えてご飯食べて帰る
したくなったらするし気分じゃなければしない
今だけはそんな2人でいてほしい
そういうことを無理にするよりは眠くなるまで月明かりの下で話をする時間に幸せを見出しててほしい
世間一般の恋人らしくはなくてもお互いの繋がりを感じることを大切にしててほしい
そんな女
口にしてみれば意外と悪くなくてこういうのが特別なのかなってその日の夜に寝床で考えちゃったりしてほしい
自分たちの関係をはっきり決めなくてもキミがわかってるならそれでいいじゃんっていうスタンスであってほしい
でもトレーナーにはわかっててほしいし自分の気持ちは素直に伝えたいから照れもためらいもなく好きって言い合う仲であってほしい
結婚したいなら案外簡単に結婚するかもしれないしシービーが望まないなら相手は結婚したいとは言わないかもしれない
そういう爽やかさは二人の関係にどんな名前がついても持っていてほしいと思う次第です
実は憧れてたんだこう言うの♪とか言って
幸せな両親みてるから憧れはあるし楽しそうだけど飽きたらやめるってわけにもいかないしなぁってちょっぴり悩んでほしい
でもトレーナーに俺はシービーと一緒にいたいよって言われたときの幸せのほうが上回って結婚してほしい
面構えが違う