U-00057。それがこの施設で与えられた番号。
誌面を飾ったプリンセスさまの面影はどこへやら、
今じゃこのオレンジ色のだっさいツナギが勝負服って訳。
幸い、安全な部屋の担当になれたから良かったものの、
食堂じゃ毎日「目を逸らした途端首をヘシ折るオージ像」だの、
「不死身のタヌキ」だの「しゃい☆アイ」だのなんて物騒な話題で持ち切り。
明日は自分が配置転換されるかもしれない。
どこか他人事のように考えて、硬いマットレスに横たわるのにも慣れ始めた頃…
起きがけに叫ばないでよ、もう。
シフトからズレた時間帯の呼び出しって事は、遂にあたしの番が来たのかな。
足枷の鎖をちゃりちゃりと鳴らしながら、初めて通る通路を眺める。
変な話よね。この鎖ぐらい、囚人なら誰でもさっさと引きちぎれるのよ?
どうせ逃げ出した所で社会的には死んだままなんだし、こんな無駄な物外せばいいのに。
小さな個室の前で止まった時はちょっと驚いた。
内装は簡素なテーブルと椅子、それに摺り加工の仕切り板ぐらい。
海外のドラマなんかでよく見た面会室って感じ。
座って暫く待つと、頭上のスピーカー越しに声が聞こえてきた。
「こんにちは、U-00057。貴方は当施設内の更生プログラムにて、模範的かつ優れた成績を残しました。」
当然よ。あたしが一番なんだから…。
「そして、我々は今朝、貴方を特殊部隊う-M『Dutch』へ昇進させる許可を得たのです」
なーんだやっぱり転…待って何その名前?
「貴方はこの斡旋を拒否する権利があります。一定時間を超える無返答は許諾と処理されますので」
ちょっと!?説明不足にも程があるでしょ!?
そう叫ぶ間もなく、不意に天井から噴き出した煙を吸い込みあたしは気を失って…
「おう、やっと起きたか」
少しずつ視界のもやが晴れていく。
今度はロッカーが立ち並ぶカビ臭い部屋のベンチに寝かされていた。
トレセンの更衣室を薄汚くしたような…やだ、こんな時にまであの頃が引き合いに出るなんて。
で、声を掛けてくれた親切なお方はどちらに――
「ウオッカァ!!??」
「うるっせ!!バカ、声デケぇよ!!」
「どういう事よ!?なんでアンタもここに!?」
「その辺は多分だいたいおまえと同じだよ!」
「同じって…え、じゃあアンタもここに来るのは初めて?」
「まあな。とりあえず、そこに入ってる装備を付けとけよ。言われなかったのか?」
看守や警備員が着てた防具を更に厳つくしたような。腰には警棒まで…
「…しょうがないわね…」
ロッカーを開けると、新品の防具一式と手引書が綺麗に畳まれて鎮座していた。
もうあいつは準備を済ませたみたいで、露骨にあたし待ちのオーラまで出してる。
これ以上お節介焼かれる前に済ませなきゃ。
「…にしても特殊部隊ってどんなんだろーな。正直ちょっとワクワクしてきたぜ」
「名前の響きだけで判断してるでしょ?ぜっったい碌なもんじゃないわ」
手引書に記された大部屋へ向かう間、適当に喋った。
案の定、ウオッカはあたしが寝てる部屋からかなり離れた所にいたみたいで、
改めてこの施設の気後れするような広さを再認識。他にも世間話をいくつか。
ここひと月でいちばん濃密な数分間だった気がする。
知り合いっぽい人も居たけど、流石にここで騒ぐのはマズいから黙って列に続いた。
時間だ。挨拶と仕事の内容を教えてくれるそう…早く終わればいいのに。
護衛と共に手前へ歩み出てくる人物を見た瞬間、心臓が喉元まで飛びあがりかけた。
周囲からも困惑のどよめき。
だぼだぼの白衣、ぴょんと跳ねる一房の髪、忘れようもない語り口…
「こんにちは諸君。全員揃ってるようだねぇ」
ガヤを片手で制し、再び話し始めるタキオンさん。
「君達を呼び寄せた理由はご存じの通り。従順、かつ手際のよい人材を集めたかったのでね」
っていうか、あれって勝負服じゃない普通の白衣!?
サイズ感に拘りがあるのかな…でもやめた方が…折角ガスマスクで顔を隠してるのに!
その前に、まず我々の理念を思い出して欲しい」
確保、収容、保護。明らかに危ないものを沢山集めて保管しようとかいうイカれた標語。
それとウマ娘の囚人がどう関係するのか、ずっと不思議で仕方なかった。
「次に、君達の職場で持て囃される珍品の数々を…」
頑丈なあたし達が適任だからかと思った事もある。只、なんとなく引っかかるのよね…何かが。
「今日から両方忘れたまえ。ま、直ぐに吹き飛ぶ位忙しくなるさ!」
ウソでしょ…
「すなわちURA…"U"MAPYOI、"RABURABU"、"A"ISHIAU!」
ウソでしょ……しかもローマ字綴りなの?護衛の人もタイミング良くパネルめくらないで?
「当然、ここにいる以上は身に覚えがある筈だねぇ?」
「う…」「ウワ…」「貴様…」
皆が呻く。そう、ウオッカとの話で確信したけど、
ここに収監されているウマ娘は皆、現役時代にトレーナーとのうまぴょいがバレて干された子達。
勿論あたしもその一人だし、後悔なんかしていない。
「しかし!いかに容姿端麗であれど、相手が居なければ種の存続は不可能…」
「あゝ、ウマ娘とはかように歪な生き物なのだ!」
「更にヒト族女性との恋愛トラブルまでもが付き纏う…これでウマ娘達が己の未来を望めようか?否!」
護衛の人達、演説で泣いちゃってるし。覆面で表情は分からないけど。
いや、心なしか透けてる?というか光ってる…?
何かを察したかのようにざわめきがぴたりと収まる。
「君達にはそのサンプル群の管理を"担当"して貰いたいんだよ。勿論個別にね。」
確保、収容、保護。
今後幾ら「忘れたまえ」と言われても、何度でもこの標語が脳裏をよぎるような気がした。
でもあれに暇与えたら即収容違反起こしそう
隔離された空間に手ウマ娘とトレ……無作為に選んだ被検体とのコミュニティを形成し、相性の良い相手と生殖することでウマ娘としての種の存続を図ろうとするわけね……流石はタキオンさんだわ