純粋にウマ娘たちの夢を応援するのではなく、自らの欲望──ただ単に儲けたくてトレーナーになった。人との絆がウマ娘を強くする、なんて迷信もあるけれど、俺と彼女達のチームはビジネスパートナーのようなものだ。
「ククク……お陰でたんまり儲けさせてもらったがな……」
夕陽は沈み、多くの生徒たちが寝静まった頃。
闇のトレーナーとしての一仕事を終え、がらんとしたトレーナー室を後にする。今からする事を担当の子たち──特に、シリウスに知られたら面倒なことになるだろう。
俺の最初の担当にしてチームのリーダー的存在、シリウスシンボリ。彼女との出会いは俺が落としたトレーナーバッジを彼女が偶然拾ったことから始まった。
中庭でこれ見よがしにバッジに陽射しを反射して見せるシリウス。その口角は悪戯心で歪んでいた。
『わかった。何なら靴も舐めようか』
『……オイオイ』
そんな彼女に迷わず俺は土下座をした。足を舐めるのも辞さなかった。舐められたら負けだと思ったのである。
周囲の生徒たちとシリウス本人からは少し引かれたが、バッジは返して貰えたし、これがきっかけとなって彼女の興味を引くことが出来たのだから結果オーライとなった。
『プライドが無い……わけじゃねえな。妙にギラついてやがる……おもしれーヤツ』
それに実力は申し分なかったし、彼女との切磋琢磨の日々はその後のトレーナー業で必要となるスキルを多く身に付けることができた。
例えば、ポーカーで精神力を鍛えたり──
『これで18戦18敗。アンタ賭け向いてねぇな』『ククク……ぐぐぐ……!』
例えば、シリウスの指導でテーブルマナーを身に付けたり──
『一つミスるたびに一品メニューを減らす……そういう話だったが、水すら飲めねえな。このままじゃ』『ぐぬぬぬ……!』
例えば、ダンスを教わったり──
『ほら、あんよが上手……ってな。クク、アンタなら亀くらいはリードできるかもな?』『ククク……ま、まだまだ……!』
必ず勝つと信じていた。彼女の力を疑っていた訳ではなかった。
だけど、いざ実際に、電光掲示板にシリウスの番号が表示されると感情が抑えられなくなって──
『シリウスー! やった! ありがとう! おめでとうー!』
『っ!?……ハッ、言っただろうが。頂点ぐらい、すぐに取ってやるってな』
つい、彼女に思いっきり抱き着いてしまった。呆れながらも抱擁を返してくれたので、シリウスも悪い気はしていなかったのだと思いたい。
そして、ダービーを勝ち取った後はシリウスと共に世界を目指すことにした。今では海外遠征で結果を残したウマ娘も増えたが、当時のトゥインクル・シリーズでは挑んでは尽く散っていく夢の方が多かった。
だが、シリウスなら。
シリウスなら或いはやってくれると、俺たちは海外へと旅立ち──
それが、シリウスと俺が残せた海外遠征での一番の着順だった。
当時のトゥインクル・シリーズから海外へと挑んだウマ娘の中では大健闘した方ではあるが、慰めにはならない。俺はシリウスに世界を、凱旋門を取らせるどころか、結果を残せなかった。闇のトレーナーが聞いて呆れる戦果だ。
『シリウスシンボリは全盛期を過ぎている』『今は新しいスターの時代』
巷で囁かれる風説も、許せなかった。確かに海外から戻ってきてからはシリウスの同期はドリーム・トロフィーに移籍した者や引退者が多く、更にシリウスも苦戦することになったが──まだ、彼女は終わっていない。
俺は、俺にできることを考えた。彼女との経験を活かし、俺にできることを。
トレセン学園の他のトレーナーになく、俺だけにあるもの。それはシリウスとの日々で養われた度胸と、そして海外を渡り歩いたことで生まれた各地のトレーナーとのコネだ。
三冠ウマ娘を輩出した『シンボリ』の名はハッタリとして申し分なかった。俺自身は新人でも自信満々な態度を貫き通せば案外なんとかなるものである。
重要なのは、『コイツなら何かやってくれるに違いない』と思わせることで──シリウスというこの上ないお手本がいた俺には容易いことだった。
そんな訳で海外のトップトレーナー達と結んだコネから学んだ知識や、時にはリモート会議で意見を交わし、時にはフォームを修正し、シリウスに最適なトレーニングプランを組んで行った。
睡眠時間が削られ、トレーナー室で寝落ちしてしまうことも何度かあったが──
『……隠すなら最後まで隠し通せ。クマなんか作ってんじゃねえよ』
『……世界一の贅沢モノだな、アンタは。何を枕にしてんのかわかってんのか?……ま、聞こえちゃいねぇか』
──不思議と、目覚めた時に疲れは感じなかった。どこか心地良い香りに包まれて、起きた時は気力が充実していた。
そして──
『大外シンボリ! 何とシリウスシンボリだ!! 前の二人を捩じ伏せて、ダービーウマ娘の意地を見せた!!』
忘れもしない、あの秋の天皇賞。
世間がみんな芦毛の二人に夢中になって、実況も、そして多くの観客達も彼女達のどちらかが勝つと思って、それでもシリウスが勝った。
『ジリ゛ウ゛ス゛……ッ! お゛め゛でど……っ!』
『……ったく、何だよそのツラは。天辺なんて取ってやるって、言っただろうが』
この時の俺の顔がレース映像を振り返る時の記録媒体に残ってしまい、その度にシリウスに弄られることになってしまったのは一生の不覚である。
闇のトレーナーたるもの、担当ウマ娘に舐められては失格だ。
「……よし、荷物も纏めて……っと」
シリウスとの日々を振り返りながら学園から寮の自室に戻った俺は、最後の荷造りを進めていた。既に殆どの家具等は業者に任せて輸送済みで、鞄に収まる程度の荷物しか残っていない。
「ふぅ……」
最後に気を引き締める意味で、ネクタイを締め直す。
これは、俺の2番目の教え子──ダイイチルビーから貰ったネクタイだ。
華麗なる一族。この国でその血統を知らないものはいない。
そのご令嬢がトゥインクル・シリーズでデビューを迎えようとしているとなれば、闇のトレーナーとして手を挙げない訳にはいかない。
何よりも、ルビーが選抜レースで見せたあの走り、切れ味──それを、自分の手で導きたいと思ってしまった。他の手に渡したくなかった。
課されたトレーナー選抜試験の内容にも自信があった。テーブルマナーや護身術、社交ダンスはシリウスに鍛えられていたからだ。
『ほぉ? 私との日々はアンタにとってはナンパのレッスンだったってワケか?』
シリウスには噛み付かれた。彼女の機嫌を治すのに数週間を要したが俺は闇のトレーナー。ウマ娘の心をコントロールするなんて訳ないのだ。
そしてとんとん拍子で採用され、いざルビーと共にティアラ路線へ──という訳にもいかなかった。
自信はあったがへし折られた。
俺のように多少腕に覚えがあるトレーナーも他にいたようだが、求められるレベルの高さは想像を超えていた。所詮付け焼き刃ではダイイチルビーの隣には立てない。
だが、俺は欲深き闇のトレーナー。厳しいから諦めますなどと言っていられない。早速シリウスに練習に付き合ってもらった。
『すると、アンタは。私とデートして、そこで覚えたテクで、あのお嬢サマを口説く、と。そう言っているんだな?』
シリウスにはまた噛み付かれた。機嫌を治すのに一ヶ月かかった。仕方がないので他の練習相手を探し──
『ククク……お願いします! 練習を、見てくれませんか!』
『……どう見られるかを意識しているのは良い。しかし、意識し過ぎています。演じていると、悟られては意味がない』
気付けば、試験官であるダイイチルビーに教えを乞うていた。
結果として俺以外全員棄権して消去法での採用となったので、闇のトレーナーの欲深さの勝利である。
だがそれは自信ではなく傲慢であると、距離適正の壁に跳ね返された。
彼女が最も活躍できる舞台は短距離とマイル。王道路線の中距離適正は無かった。
ならば、その番組を王道路線に負けぬ程に盛り立ててれば良い──という発想に至るまで、随分とかかってしまった。
『屈んでいただけますか』
『あなたは、よく励んでくださりました』
『これからも──私の玉条を、胸に』
華麗なる一族のトレーナーとして、俺は相応しくないと判断されたのではないか──そう思う俺に、彼女はネクタイを結んでくれた。
例えこの先何があったとしても、この深紅のネクタイが胸にある限り、彼女と過ごした日々は忘れることはないだろう。
荷造りを終え、鞄を片手に家を出た時、ポケットから落とし物。照明を受けてキラリと光るそれは、銀色の硬貨。かつて、サトノクラウンとの賭けで預かったものだ。
失くさないように拾い上げ、胸のポケットにしまう。
『……負けましたー!』
クラウンとの出会いは、とある日のお昼時。
よく通る声で食堂全体に響き渡る声の発生源に目を向ければ、シニカルに笑うシリウスを前にして、テーブルに突っ伏す一人のウマ娘。
テーブルに広げられたトランプとシリウスのすぐ側に積み上げられたにんじんの山。そして燃え尽きているウマ娘──サトノクラウンを見れば、大方にんじん賭博でもやっていたのだろうと想像がついた。
『え……あなたは?』
『ほう……楽しませてくれるんだろうな?』
その時は、特にクラウンを庇うつもりは無かった。ただ、得意げな顔をしているシリウスの鼻を明かしてやりたい気分だった。
意気揚々とクラウンと交代し、にんじんの代わりに昼飯代を掛け、シリウスと対峙し──
『負けたー!』
『今の流れで!?』
『……アンタ、本当に賭けに弱いな……』
見事にぼろ負けした。財布は軽くなった。
様々なゲームでシリウスに挑み、負け、負けそして負け、かと思えば鮮やかにひっくり返して勝ってみせる。
何故そこまで挑むのか、と聞けば──
『負けっぱなしで終われるわけないじゃない。それに逆境からひっくり返してこそ燃えるでしょう?』
なるほど、確かに、と。
その時闇のトレーナーとしての直感が囁いた。彼女こそスカウトするべきだ、と。サトノクラウンの勝負心こそ俺に必要なものだと思った。
『……あなたもいい度胸してるのね。いいわ、手を組みましょう──と、言いたいところだけど』
唐突な俺のスカウトに対して、クラウンはトランプの山札を示してみせた。
『運命を預ける相手だもの。あなたのお手並み、拝見させてもらおうかしら?』
『わかった。異論はない』
それはシリウスとクラウンが最初に興じていたポーカー。お互いに手札を揃え、駆け引きの末に──
もう笑ってしまった。お互い笑って、笑い合って──
『これ、預かっておいて』
その時、クラウンから投げ渡されたもの。それが銀色の、香港のコインだ。
『まぁ、願掛けみたいなものだと思っておいて。私と同じ所を目指すものとして……ね?』
こうして、俺とサトノクラウンの契約が始まり──シリウスには、『私をダシに女を口説くとはいい度胸だな?』と噛み付かれた。
機嫌を治すのに三ヶ月かかった。商店街や遊園地や山道や俺の知っている全ての場所に彼女をエスコートして、何とか機嫌を取ることができた。
同期に存在した怪物の存在はあまりに大きく、皐月とダービーの冠は取れず。挑んだ天皇賞秋ではシニアクラスの壁に跳ね返された。
『……まだ何も終わってない! ここからよ! ここからひっくり返してやるの!』
でもクラウンは強かった。俺も、彼女に負けじとトレーニングプランを練った。
GⅠの壁に何度跳ね返されても闘志をたぎらせるウマ娘。闇のトレーナーとして全力を尽くすに値する。
流れを巻き返すため京都記念を勝ち、勢いのまま挑んだQE2世Cでは5着。シリウスとの経験で海外遠征のノウハウはあったため自信はあったのだが、これは悔しかった。
だがその悔しさもバネに変えて、逆境になればなるほど燃えるのがサトノクラウン。彼女を見ていれば俺も弱音を吐いている暇なんて無かった。
トレーニングを進め、最初の3年間が終わりを迎える12月に──
『……だから、行ったでしょ? 栄冠を掴むのは、この私だって!』
香港ヴァーズ、1着。
優勝トロフィーを手に、キラキラと煌めく彼女の笑顔に心奪われた瞬間だった。
クラウンに続くサトノのウマ娘──ダイヤとの契約はまさかの逆スカウトだった。
当時既にクラウンのトレーナーであった俺は彼女とも面識があり、特に物怖じすることなく彼女の走りの欠点を指摘できたのだがそれが良かったのだろうか。
しかし、その時の俺はまだクラウンにGⅠを勝たせてやることができていなかった。よくサトノの両親も至宝を俺に託してくれたものだと思う。
……闇のトレーナーとしては願ったり叶ったり、ではあったが。
それからダイヤと共にトゥインクル・シリーズを駆け抜け、ライバルのキタサンや先輩のマックイーンと切磋琢磨し、サトノの悲願であるGⅠを勝ち取った。
……彼女と共に挑んだ凱旋門では掲示板に食い込むことが精一杯だったが。
『光り輝くダイヤになることができましたっ!』
それでも、こんな言葉をかけてくれたダイヤに──不覚にも、泣きそうになった。
「ククク……」
だが──強欲である俺は思ってしまうのだ。
もし俺が闇のトレーナーではなく、ビジネスパートナーではなく、真に彼女達と心を通わせることができるトレーナーだったのなら。
人とウマ娘の絆が、彼女達をより強くできるのなら。
シリウスは、海外でもっと勝つことができたのかもしれない。
ルビーだって、距離適正の壁を破ることができたのかもしれない。
クラウンも、もっと多くの栄冠を掴めたのかもしれない。
ダイヤこそ、ハナ差のダービーをひっくり返したり、凱旋門でより良い結果を残せたかもしれない。
「……後は、俺が彼女達の前から消えるだけだな……」
今までの出来事を振り返り、荷物をまとめ、辿り着いた場所。ここは、トレセン敷地内の駐車場。ここを発てば、俺は二度とこの敷地内に戻ってくることはないだろう。
だから俺は彼女達には内密に準備を進めていた。密かにとある土地と別荘を購入し、荷物を送ってそこで余生を過ごす。十分過ぎるほどに稼がせてもらったので蓄えはある。
名残惜しい気持ちを振り切り、車のドアに手をかけ──
「ククク……アレ?」
「お探しの物はコレか?」
鍵が無い。そして、背後に聞き覚えのある声。
振り向けば、俺の車の鍵のキーホルダーに指を通してクルクルと弄ぶシリウスがいた。
なんで、どうして──そんな声を出す間もなく、シリウスに首根っこを掴まれ、引き摺られていく。
大型のリムジンに引き摺り込まれ、叩き付けるかのように席に着かされる。
ぐぇ、と呻き声を絞り出す中、隣の席のルビーがシートベルトを着けてくれた。
向かいの席には、クラウンとダイヤが陣取っている。
──逃げられない。もしかしたら俺の計画は既にバレていたのかもしれない。
「……あなたの思惑は理解しています」
「アンタの存在は少し大きくなり過ぎた」
「私達の間のバランスを考慮して、自ら去ろうとしていんですね」
「……ククク……」
──え、何それ?
そう思ったが言葉には出さなかった。伊達に長年闇のトレーナーを務めているわけではない。
「『共有』そして『中立』となることで話は着いたわ」
「ですが、まだ大事なことが決まっていません!」
彼女達の間でどんどん話が進んでいく。
ククク……と、含み笑いをしながら話の続きを待った。
「『セイサイ』だ。こればかりはアンタが選ぶ必要があるだろう?──まあ、答えは決まっているだろうが」
シリウスのその言葉で、やっと状況を理解した。
俺の闇のトレーナーとしての思惑は、とっくのとうに彼女達にバレていた。であるならば、彼女達を己の欲望のために利用していたことも。
俺は制裁を受ける。そして、シンボリ・華麗なる一族・サトノ──そのどれから制裁を受けるのか、せめてもの慈悲に選ばせてやろうと言われているのだ。
「ククク……」
ならば、話は早い。答えは決まっている。
「俺は、みんな、受け入れるよ」
俺の答えを聞いたシリウスは、一瞬だけ惚けたように目を丸くして──それから、腹を抱えて笑った。
「ク──ハハハハハハハハハッ! そうだな、アンタはそういうヤツだった! 強欲で、どこまでも女に手を伸ばして──ったく、なら私達も答えは一つだ、なぁ?」
「……それが、貴方の望みであるのなら」
「…………まぁ、シリウスさんが、そう言うなら…………」
「みんなで『セイサイ』! 前例は無いでしょうけど……なら、作ってしまいましょう!」
広い車内で、彼女達が迫ってくる。
俺は目を閉じて彼女達を受け入れる心構えをしながら──
(闇のトレーナーらしく、闇に消える……か……)
ふと思い付いた言葉の通り、リムジンの黒い車体は、闇夜に溶けるように消えていった。
ククク……名家のウマ娘を利用して一儲けしてやっ
ククク……確かに俺のような存在は消えた方が彼女たちにとって幸せだろうな……
>『シリウスー! やった! ありがとう! おめでとうー!』
これで闇は無理だよ!
>結果として俺以外全員棄権して消去法での採用となったので、闇のトレーナーの欲深さの勝利である。
ねぇこれルビー絶対なにかやっ
そこに関しては闇関係なく元からトレーナー以外は棄権してるから…
なんせシンボリのウマだからな…
感情に流され過ぎ共感過ぎで闇のトレーナー向いてないって!
でも最後までウマ娘の心は理解できてなかったし…
ククク……今回もアルダン入れたかったけどシリウスの海外挑戦とか書いてたらちょっと無理あるしいない方が纏まりいいなってなった……
ククク…そうだな…海外で責任を残せなかったのは俺にある…
ククク……辛い……
ウマ娘と一心同体になれず運命に敗北するトレーナーのこと
ククク…って声出して笑えたら闇検定準1級くらい
全く評価されねぇ資格だわ
もう1回転以上はしてるな
ククク…だから四人の未来とは関わらないように消え去るぜ…