見渡す限りに咲き誇る花たちの中で、夜空に掲げた薬指に光る冷たい輝きを見て、心からそう思う。
美しい景色を求めて旅をして、今日もアタシはここまで来た。その度にたくさんの風景にこの指輪を重ねてきたけれど、月の光を吸って夜の中で光る姿が、何よりもアタシの心を満たしてくれる。
旅に出るときはいつだって、この指輪と一緒に行く。きみと一緒にいられないときこそ、アタシにはきっとこの指輪が必要だから。
きみを持って歩くことはできなくても、きみの思い出と一緒に生きることはできるから。
でも、アタシはずっと覚えていたい。この指輪はその証だ。きみがアタシと一緒に生きることを、選んでくれたということの。
遠い空の下でもそれを感じられるのが、すごくうれしいんだ。
この指輪を嵌めてくれたときに、きみが言ってくれた言葉を思い出す。アタシがもらった、最初で最後のプロポーズを。
『ずっと一緒にいるって、シービーは嫌かなって思って。ひとりになりたくても、一緒にいなきゃいけないのは、きっと息苦しいから。
…その代わり、いてほしいときは、好きなだけ一緒にいるから。離れてた分も、シービーのこと大切にするから。
…だから、君のそばにいさせてください。
君と一緒に生きていく権利を、俺にください』
なのに、きみの言葉を噛みしめて、その意味がわかったときに、きみがくれる幸せがどうしようもなく欲しくなってしまった。
そんなアタシがいたことに、少しだけ驚いた。そういう生き方を本当にアタシが選べるのか、同時に少し怖くなった。
『…いいね。ありがと。
じゃあ、そのときはいっぱい言うね。
きみが好きだよ、って』
けれど、その言葉に応える声に迷いはなかった。
そんな幸せをきみがアタシにくれようとしていることが、どうしようもなく嬉しかった。
でも、そうやってそのぬくもりに触れていると、もっともっときみが恋しくなって仕方ない。
本当に厄介で、たまらなく愛おしいものをもらった。どんなに切なくなったって、忘れるなんてできないんだから。
好きなときに、好きなだけ。いつでも。
アタシの心にぴったりはまるものを、いつもきみは贈ってくれる。
それがこんなにアタシを満たし続けてくれるなんて思ってなかった。その予想外が、今はただ嬉しい。
小さな舟に行き先はいらない。
風と波に誘われるままに、海の色を見て舵を取る。
だから、ちょっと可笑しいんだ。
行き先はいらないのに、帰る港がこんなにも恋しいのが。
小さな舟は浜辺を目指す。
裸足のままで砂浜を蹴って、きみに抱かれる夢を見ながら。
「帰ろうか」
それでも、こうやってきみのことを思っているうちにあっさりと家に帰りたくなってしまう変わり身の早さには、我ながら笑ってしまうけれど。
誰もいない夜の道を、駅に向かって駆け出した。
今ならきっと、最終列車に間に合うだろう。
きみはどんな顔で迎えてくれるかな。驚くだろうか。笑うだろうか。
でも、きっと最後にはアタシを抱きしめて、優しくおかえりと言ってくれる。
そのことだけは、はっきりとわかっていた。
走って汗を流した分、温かいシャワーは心地よく身体に沁みた。図らずも全力で走ることになってしまったから早く横になりたいのは山々だったが、彼に会う以上はしっかり汗を落としておきたい。
彼の部屋のドアを、起こさないようにそっと開ける。彼の寝息と穏やかな寝顔を見て、ああ、帰ってきたんだなと改めて実感した。
布団をほんの少しだけ開けて、その隙間からするりと中に入り込む。彼の匂いとぬくもりで満たされた空間を味わいながら、眠る彼の胸元に飛び込んだ。
彼の熱も、抱きしめた身体のたくましさも、全部がよく知っていて、心から待ち望んでいたものだ。布団に潜るときは起こさないようにしたけれど、ひとたび触れ合ってしまえばもう我慢なんてできない。
彼をあえて起こすように、少しだけきつく抱きしめた。
ねぇ、起きてる?
アタシ、帰ってきたよ。
だからさ。はやく、きみの声を聞かせてよ。
あたりまえのようにアタシを抱きしめ返してくれるきみに、ちょっとだけむっとする。
ちょっとくらい、可愛らしく驚いてくれたっていいのに。
アタシがさみしくなって帰ってきたのが、全部わかっちゃってるみたいじゃないか。
「おかえり。早かったな」
でも、それでもいいか。きみが微笑んでくれると、なんでも許したくなってしまう。
「いつもきみが追いかけてくれたからさ。
たまにはアタシが、きみのところに帰ってあげたかったんだ」
その笑顔を見るために、わざわざ帰ってきたんだから。
「うん。楽しかったよ。
やっぱり一人旅はいいね。どこに行くのも、何をするのかも、全部好きにできるから」
山に行くつもりが、小川を流れる紅葉に誘われるままに浜辺に出ていた。その海の見える街の風情が気に入って喫茶店の店員と仲良くなったら、夜に咲く一面の花畑のことを教えてくれた。
どこまでも行き当たりばったりで、最高に楽しい旅路だ。予定があったら絶対にできない旅を、ひとりの時間は楽しませてくれる。
「でもさ。ひとつだけ困っちゃうんだ」
彼が穏やかな声で、なに、と優しく聞いてくれると、とりとめもない思い出もつい話したくなる。そのせいで、少し恥ずかしい告白も躊躇わずにしてしまえるようになるのは、いいのか悪いのかわからないけれど。
「ひとりでいるのは楽しいのに、きみの歩調を感じたくて仕方なくなっちゃうんだよ」
きみが恋しいということを、他ならぬきみに話したくなってしまうのだから。
自分がそうさせたなんて知りもしないように、こうやってアタシを揶揄ってくる。
「何のことか分かんないよ」
「いじわる。わかってるくせに」
そんなふうに意地悪をするなら、アタシは真っ直ぐに伝えてあげる。きみの心臓が少しでも、その言葉で熱くなるように。
「きみに会いたかったの」
「こんな夜でも?」
「うん。朝まで待てない」
言葉を尽くして、身体で触れて。こんなにたくさんのことを、きみが好きだというただ一つの気持ちを伝えるために使うことが楽しい。
「こんなに月が綺麗だから。
きみと一緒に見たかったんだ。どうしても」
誰かの腕の中に帰りたいアタシなんて、昔は想像できなかった。
でも、アタシは今のアタシが好き。出掛けていくのも、帰ってくるのも、同じくらい好きになれるようになったから。
「疲れてないか?」
「疲れてるよ、すごく。
だからさ、今すごい気持ちいいんだ。このまま寝ちゃいそう」
正直にそう話すと、彼は優しく微笑んだまま、アタシをゆっくりと腕の中に閉じ込めてくれた。
「今日はこのまま一緒に寝よう。
起きたら好きなもの食べて、お風呂入って、旅の話をいっぱいしよう」
幸せに満ちた提案を聞きながら、アタシはもう一度彼の胸元に顔を埋めた。
きみのごはんがいいな」
「いいよ。もちろん」
疲れているはずなのに、きみがそう言ってくれると、その先のきみの時間を予約しておきたくなる。
「あははっ。
昼はどうする?考えてみてよ」
「観たい映画ならあるけど」
「いいね。
じゃあ、一緒に観よう」
話しているうちに楽しくなって、空白の時間があたりまえのように埋まっていく。
「夜は?」
「出かけるのもいいね。
最近できた水族館、夜やってるんだって。そこ行ってみたいな」
約束は苦手だったはずなのに、きみと一緒の未来を想うのはいつだって楽しい。
さっきまでの一人旅と同じくらいに、明日が来ることにわくわくしている自分がいる。
待っていてくれるひとがいるから、ひとりの時間を遠慮なく楽しめる。
ひとりの時間があるからこそ、きみの温もりが恋しくなる。
不思議だね。全部きみの思い通りになってるみたいな、そんな感じがする。
そう思ってなお、だからこそ、アタシは今幸せなんだと、心から思えることも。
「きみを好きになったときに、決めたことがあるんだ」
優しい笑顔のままで続きを待っていてくれるきみのために、これはいつか伝えなければいけないと思っていたから。
「きみが素敵だって思ったら、好きだよって、ちゃんと伝えるって」
「明日アタシが何を好きになって、何に飽きるのか、誰にもわからない。そして、そんなアタシを偽ることも、できない。
…前にも言ったね。でも、きみはそれでもいいって言ってくれた」
その表情から笑顔が消えて、次の言葉を神妙に待っている彼の顔を見つめ続ける。ただ黙って聞いていてくれることが、どんな言葉よりも誰かに寄り添えることもあると知っている顔だった。
「だからさ。きみがプロポーズしてくれたとき、すごく幸せで、ちょっとだけ怖かったんだ。
きみの口からその言葉を聞けたことが、すごく嬉しくてさ。でも、もしいつかきみのことを好きでいられなくなって、この気持ちも失くしてしまうかもしれないって思ったら、幸せな分だけ怖かった」
ある日目が覚めると、昨日まであんなに好きだったものを見ても、何も感じなくなっているときがある。飽きた、の一言で片付けてしまえばそれまでだし、それはきっと誰にでも起こることだろう。飽きてしまっても惰性で側に置き続けることだって、けして難しくはない。
「どんなに好きだったものでも、明日のアタシがそれを忘れることを選んだら、アタシはそれに従うんだろうな。今日のアタシがいくらそれを残酷だって思っても、義務のために愛するなんて、アタシには絶対できないから」
アタシにはそれができない。
酷い話だと思う。それを分かってなお、変わりたいと思えないことも。
なのに、そんなアタシの性がきみを傷つけてしまうかもしれないと思うと、心が痛くて仕方ないことも。
だから、きみが想いを伝えてくれたときになんて応えたらいいか、アタシはわからなかったんだ。きみを捨てるかもしれない未来のアタシに、今のアタシは耐えられないから。
きみはアタシと生きることが、幸せなんだと言ってくれた。アタシのことを全部わかってくれて、それでも一緒にいたいと言ってくれた。
「…でも、そんなアタシのことも、きみは愛してくれたんだなって思ったら、どんなに怖くたってそんなきみを諦めるなんて、できなかった。
そのくらい、きみが愛してるって言ってくれて、嬉しかった。
きみのこと、大好きだった」
そんなきみに応えたいと思った。アタシもきみが好きだって、心の底から言いたかった。
アタシも、きみを幸せにしてあげたかった。
「あのときも今も、きみとこうしてると、幸せだなって心から思える。
きみのこと、今までずっと好きでいられた。アタシはアタシのままで、きみはきみのままで、ここまでずっと歩いて来られた」
きっとそれは、きみがずっと、アタシの好きなきみでいてくれたから。変われないアタシのことを、変わらない気持ちで愛し続けてくれていたから。
そんなきみを嫌いになるなんて、できない。
アタシがきみを愛してあげたら、きみが幸せでいられるのなら。
「だからさ、決めたんだ。
アタシが愛したきみのままでいてくれて、ありがとうってちゃんと伝えるって。
きみが好きだって気持ちを、我慢なんてしないって」
きっと、それ以上に嬉しいことはない。
アタシといて」
きみは優しく首を横に振ってくれるけど、それでもアタシはきみに、お疲れさまと言ってあげたい。
たとえきみがそうじゃないと言っても、アタシはきみがしてくれたことが、世界で一番嬉しかったから。
「…同じ速さで走ってあげて、君と同じになるのはできないんだってわかってさ。それだけはずっと、申し訳ないなぁって思ってた。シービーの一番好きなことに、一緒に夢中になってあげられないんだもん」
ただ自由に走り続けるアタシを、きみは追いかけてくれた。たとえ同じ景色を見ることはできなくても、アタシをわかってくれようとし続けてくれた。
「でもさ。
君と俺の違うところを、君は好きだって言ってくれて。大袈裟かもしれないけど、なんのために生きてるのか、わかった気がした。
そのとき、決めたんだ。何があっても、シービーの味方でいようって」
だから、アタシだけは忘れないでいたい。
きみとアタシが違うから生まれたものが、きみがアタシを諦めないでいてくれたことが、こんなにも尊くて、愛おしいんだってことを。
きみがきみでいてくれることが、こんなにも嬉しい。誰かを好きになるって、きっとそういうことだ。
「多分さ。アタシの生き方も、これからずっと変わらないと思うんだ。こんなに楽しいんだもん。きみを振り回しちゃうのも、やめない」
でも、アタシは欲張りだから。欲張りなアタシでいいって、きみが言ってくれたから。
「誰が誰を愛するのかは自由だけどさ。
…ずっと、好きでいてほしいな。アタシのこと」
きみにも、そうであってほしい。
できるなら、いつまでも。
「あははっ。ごめんね。でも、やめられないんだ。自由に生きるのも、きみを好きでいるのも」
アタシの我儘をきみが笑って受け止めてくれるのが、嬉しくて仕方ないから。
でも、今日のきみは拗ねたような、けれどそれが可笑しいような声音で、少し呆れたように言った。
「まだわかってくれないのか?こんなに一緒にいたのに」
聞き分けの悪い子供に言って聞かせるように、少し強引にアタシを抱きしめながら。
「幸せなんだよ。それだけ愛されるって」
いつも優しいきみが、少し情熱的にアタシに愛を囁いてくれるのが好きだ。
「シービーの『好き』って言葉は、特別なんだ。どこまでも透き通ってて、ひとつの嘘も紛れてない。
君に好きって言ってもらえるなら、どんなことだってできる気がする」
だから、お互い様だね。
きみが好きって言ってくれるときが、アタシもいちばん幸せなんだから。
「あははっ。
…じゃあ、もう言っちゃおうかな」
あの日と同じくらいに真剣なまなざしで、お互いの顔を見つめあう。大袈裟かもしれないけど、今はこれがふさわしい。
アタシときみにとっては、あの日と同じように大切なことなのだから。
「病めるときも健やかなるときも、ずっと一緒にいるって生き方は、きっとアタシたちは選ばないけど。
それでも、だからこそ、アタシの心の中には、ずっときみにそばにいてほしい」
ありがとう。アタシを愛してくれて。
アタシを幸せにするって、言ってくれて。
「だから、きみに誓うよ。
きみのこと、愛してる。一生」
だから今度は、アタシからきみにプロポーズを返してあげたい。
誰でもないきみを、世界で一番幸せにしてあげたいから。
でも、それがやっぱり楽しくて、可笑しくて、ふたりでつい笑い出してしまう。
「朝寝坊はしたいけど、おはようのキスは今ほしいな」
少し揶揄うように言ってみても、きみがほしいという気持ちは隠せない。きみの瞳が少し潤んで、アタシを受け止めてくれるのがわかったときに、どうしようもなく胸が高鳴ってしまうから。
「…いいよ。
理由なんかなくたって、シービーがしたいなら、いつでも」
ちゅ、ちゅ、と水音が響くたびに、きみのぬくもりと柔らかさが流れ込んでくる。
唇を重ねて紡ぐ言葉にも、キスの味がついていたらいいのに。きっととびきり甘くて、いつまでも聞いていたいような味がするに違いない。
「ただいま」
「…うん。
おかえり」
ただいま、って言えることが、おかえり、って言ってもらえることが、こんなに幸せだなんて、あの頃のアタシは知らなかったな。
だから。
ずっとふたりで、一緒にいない。
交換券はCBにしよう
神様じゃなくてお互いに愛を誓い合うんだ…
目を閉じたきみの顔は切なそうで、行かないで、と言いたいのを必死で我慢しているようだった。
「今日はなんだか情熱的だね」
「…好き、って気持ちを遠慮したくないって、シービーが言ってたから」
少し恥ずかしそうに、いつもはしない愛し方をしてくれるきみを見ていると、なんだか嬉しくなってしまう。
でも、今はお風呂に入りたい。
「今はそういう気分じゃないかな」
ちゅっ。
「え…?」
「…ふふっ。でもさ。
きみの顔見たら、気が変わっちゃった」
だから、お風呂の準備をしよう。
きみと、愛し合ってから。
唇を重ねる度に、鼻で息をするきみが愛しい。どんなにきみが息を詰まらせても、やめてなんてあげない。
きみのさみしそうな顔が、可愛くて仕方なかったから。
「あ…!」
あえて少し乱暴にボタンを外して、脱がされていることが嫌でもわかるようにしてみる。
外したボタンの隙間から手を入れて、きみの肌の感触を直に味わう。背中に指を這わせたときのきみの顔がひどく愛おしくて、手で味わうだけでは足りなくなる。
唇を下に落として、もう羽織っているだけの寝間着の前を開ける。そこから覗く胸板に、痕が残るくらいに強く吸い付いてみる。
悩ましい声と一緒に、腕の中で震える身体をもっと強く抱きしめる。
そこを敏感にしてしまったのは、他でもないアタシなのだけれど。
身体は綺麗にしたいけど、きみと一緒にいるのはやめたくない。
「お風呂沸かしてよ。
いっしょに入ろ」
なら、一緒に温まるのも、いいよね。
そう囁いて、きみの手を寝間着に掛けさせる。どんなに恥ずかしそうな顔をしても、もう逃がしてあげない。
アタシはきみが欲しいって、遠慮せずに伝えたんだから。きみもアタシを愛することに、遠慮なんてしちゃだめ。
ぷち、ぷちとゆっくり、けれど確実に、きみに服を脱がされていることを実感する。こんなときでも優しいきみの手付きが、もどかしいけど愛しい。
いいよ。きみはそのままで。
「…ね。
今度は、きみからキスしてよ」
──その代わり、他のところでちゃんと愛して。
新年から熱意がすごいな...
自由に拘ってるシービーが唯一束縛したくなる相手だからなシビトレ…
あれに脳を焼かれたトレーナーは多い
……実装前から焼かれてる人の多さもアヤベさん並みだった気がする
同じ立場で共感できるようになる複雑さとこそばゆさを感じるCBがいいのだ