たとえば授業中あんまりに寝ていると、あとでキングがノートを見せに来るのだ。頼んでもないのに。いやそりゃあありがたいのだが、そこまで監視されるのは申し訳ないじゃないか。なんで授業中に私が寝てたの知ってるんだ、ちゃんと集中しなよ、とか言ってしまうと絶対にもうノートを見せてもらえないので、私はすごすご受け取るしかない。まったく、難儀なものだと思う。私か君か、どちらもか。寝ていること自体を咎めるのはもう諦めて、いかに成績そこそこの私でも読みやすいノートを取るかに苦心しているキングのことを考えると、手間をかけさせているなあと思うばかりだ。
だからまあ、そこそこの頻度で狸寝入りをしている。あんまりにもあどけない顔で見つめられるので、照れ臭いやら邪魔したくないやら、なのだ。それでも起きたら起きたで話はしてくれるから、どちらの私も喜んでくれているのだろうけど。どうして私なんか、とたまに思うけれど、私の周りはそうは思っていないらしい。
ぎぃ、と起き上がって薄暗い周りを見渡す。無機質なヴェールと潔癖な壁。保護と安静を湛える純白のベッド。今、私は保健室の住人だ。天皇賞(秋)での怪我で、トゥインクル・シリーズからの長期の離脱を余儀なくされている。教室には行けていない。原っぱでの昼寝もできていない。閉じた白い箱の中で、ただただ毎日目を閉じるために眠っている。独りで寝るのなんて、初めてだった。
そんなふうにトレーナーさんが駆け寄ってきて、大丈夫だと返そうとして、脚がぐらぐらしていることに気づいて。それから、半年。睡眠時間は人それぞれ。寝ている間は意識がない。だからこの半年は、驚くほどあっという間だった。キングもフラワーもローレルさんもトレーナーさんも、ここでは眠りにつかせてくれるから。真の意味で眠るのは、我ながら今が初めてなのかもしれない、とも。自分を閉じて、一人になるのは。
時間の流れは人それぞれ。それはトゥインクル・シリーズにも同じことが言えて、「どこで走りきったことにするか」、は個々人が決めること。有終の美を飾るか、潮時を見極めるか、みっともなく食らいつくか。一つ言えるのは、三番目はあまりよろしくないということだ。終わったあとの二度寝三度寝は、大抵寝覚が悪くなる。いい結末には、ならない。端的に言えばらしくない。半年休んでわかったのはそれだ。私は多分、緩やかに終わった方がいいのだ。
そして。
「一年後、復帰しよう」
そうあの時言われたから、そうするしかないのだけど。
だんだんと日が昇ってきた。また、目覚める時が来た。今日も一日寝て過ごして、覚めているのは目だけなのに。気持ちも足も、眠ったまま。半年で戻せたのは、そこまでだった。
強くないな、と思う。枯れてしまったな、と薄々わかる。多分もう半年でも一番良かった頃には戻らなくて、私は私じゃなくなるんだろう、と思う。それでも私が選んだ道は、己の変化だった。自分の道を、私は私のまま、知らない私でも、そうやって。そうやって、誰もが私を「セイウンスカイ」だと言ってくれる。成長ではなく衰退だとしても、私は先に進むことを選んだ。
きっと、そのレースが終わった時の私は前のようにはいかないのだ。みっともなく負けて、わかりきっていた結果に大泣きして。そういう仮面を被れない私になって、みんなの期待を裏切るばかり。一年振りで「もしかしたら」なんて、思わない方がおかしいし、そのまま上手く行く方もおかしい。だから、誰も悪くない。順当にやって順当に駄目になるために、私はもう一度走ることを選んだ。
「ねえ、トレーナーさん」
「どうした」
「私、まだ走ってもいいのかな」
「それが、一年後だ」
「みんな引退していって、私だけ休むだけのことに一年使って。そんなことで、いいのかな」
「いいんだ。他人に振り回されない、それが俺の知るセイウンスカイだ」
「……そっか」
人生は、楽あれば苦あり。コインの裏表のように、バランスを取っている。毎日が変わらないように見える病室でも、明日は明日の風が吹く。トゥインクル・シリーズはしばしば人生に準えられるが、そこに対する私なりの解釈はこうだろうか。
人は、眠らなくては疲れ果ててしまう。
睡眠時間は、人それぞれ。
眠っていても、誰かは私を見てくれる。
休むことは、終わることではない。
誰にも聞こえない声で。誰かに届くように。
「諦めたくは、ないよね」
私らしくない私らしさを、一雫のように呟いた。いつかこの言葉が、当たり前に吐けますようにと。
人は日々、僅かずつ変わっていく。
朝日が昇り、夜を超えるたびに。
眠っているうちにも、変わっていく。
──さあ、みなさん。
今日も、おはようございます。
儚い美少女なんです
グッドでも最後有馬とシナリオレース終わってから故障してたはず
これ友情と勝負は別物と割り切ってる黄金世代らしくていいんだけど寂しい
仮に史実通り後方に沈んで終わっても
一緒に走った子でそれを揶揄することは無いんだろうな…なんて
こう書くと何一つよくねえ
それでもその選択をした意味があったらいいと思います
いい…いいけど少し泣く