様々な条件が重なり月までの視界が開けるこの日、各所で月見が行われていることだろう
俺と担当ウマ娘のニシノフラワーもその一組。学園の広大な花壇の一角にレジャーシートを敷き、一緒に月を眺めている
「はぁ……きれいですね。今日は晴れてよかったです」
「本当だね。それじゃ、美しいお月様に……乾杯」
月を眺める肴はフラワーが山ほど拵えてくれたお団子、そして俺がポットいっぱいに淹れてきた温かいカフェオレだ
ちなみにコーヒーにはカフェインレスの豆を使っているため、フラワーが夜眠れなくなる心配はない
門限前の1時間程度の短いお茶会。ちょっと特別な夜は、いつもと違うフラワーの表情を露わにした
「……トレーナーさん。もしも……もしもの話なんですけど」
「もしも……何?」
「もしも私が、突然……ずっと遠くに行かなきゃいけないって言ったら……トレーナーさんは」
「遠く……えっ!?それって」
なんのことはない例え話だが、フラワーが言うのならば意味のないこととは考えにくい
トゥインクルシリーズの距離路線を席巻した彼女は既にその先……海外を見据えているのだ
「もちろんついて行くよ」
「……っ!」
振り向いたフラワーの表情は冗談を言ったにしてはまだ固さが残っていた
しかしその瞳は波打つ心の中を表すかのように潤み、縋るようにこちらを見つめている
「俺じゃなくても出来ることかもしれないけど……それでも、君だけは俺が支えていきたい。その気持ちは今も変わらないよ」
「トレーナー……さん……」
「ははは。当たり前のことを答えるのに一瞬怯んじゃったよ、まだまだ俺も覚悟足りないな」
「そんなことありません!私、私……真剣に答えてくれて、本当にありがとうございます!」
俺より優秀なトレーナーは国内外問わず履いて捨てるほどいる。彼らに任せられるなら、それが最善かもしれない
でもそれではきっと俺自身が納得できない。フラワーがフラワーらしく走れているか、この目で見守れない限りは
「トレーナーさん、お礼にこのてっぺんの黄色いお団子をあげますね」
「そんな貴重なものを……!いや、それは君が食べたほうが……」
団子の山の頂点に立つ月を模したお団子。惜しげもなく譲り渡そうとするフラワーの耳はいつもより元気に揺れ動いていた
「地球のカグヤ姫様からのウサギウマ耳サインを賜ったピョン!解読班!」
「『いつかふたりで月に帰ります。でももう少しだけ待って下さい』……と仰っているピョン!」
「出迎え中止ピョン!今日はカグヤ姫様の成長を祝してお地球見ピョン!!」
「トレーナーさんは、月にウサギがいるって思いますか?」
「居ないんじゃないかな……と言いたいところだけど、実際見て見るまで分からないな」
「ふふっ、そうですね。いつかふたりで確かめに行きましょうね」
はるか昔から、地球から見える月の模様がウサギに見えたため、月にはウサギウマ娘がいると信じられていた
もし本当にそんなものが存在しているなら……もしかしたら、こんな澄んだ夜空の日には向こうからもこっちを見つめているのかもしれない
「うん……そうだね」
宇宙旅行が出来るようになるのはもっとずっと先のことだろう。それでももし叶うのならば、そのずっと先まで……
俺とフラワーは夜空に浮かぶ月を眺めながら、半分こにした黄色い団子をほおばった
昔の人はそれで月にウサギウマ娘がいると考えてたんだ
ウマ娘はどこから連想したんだよ!
ウマ娘の耳がうさぎ並にデカかったんだろ
ポニー
子供かよ
子供だよ!