ギクッと、肩を震わせる。やばい、流石に誤魔化しきれなかったか
くんくんと、鼻を鳴らすバンブーメモリー。俺の担当
彼女はしかめっ面で、こちらの肩口辺りに鼻を向けてくる
「ファブリーズとかで相当努力はしたみたいッスけど……ウマ娘の鼻は誤魔化せないッスよ」
「………ごめん、我慢できなかった」
はぁ、と。ため息をつくバンブー
「ここまでくるとよっぽどッスね………そんなに我慢できないものなんスか?」
「昔からずっと吸ってたから。自分で言うのもなんだけど、すぐにやめろっていうのも酷な話だよ」
「だからって、ずっとそのままもどうかと思うッスよ」
腰に手を当ててぷんすかしてるバンブーに、申し訳ない気持ちと、勘弁してほしい気持ちが同時に湧き出てくる
「本数自体は着実に減ってるんだ。もう少し、もう少しのはず………」
「ほんと、健康に悪いッスよ?」
「自分でもわかってはいるよ。でも、それですぐにやめられるようなものでもないんだ」
原因は、今朝の自室のベランダ
そこで吸った、一本の煙草だった
「喫煙者なのは担当になった時から知ってたッスけど………あそこまで重篤なヘビースモーカーだとは思わなかったッス」
トレーナー室でお茶を飲みながら呆れた顔のバンブー。やはり本気で怒っているわけではないのだろうけど、彼女としてはお小言の一つ二つは言いたい事らしい
「そんなに最初は酷かった?」
「会う前はどこでなにしてたんだこの人って思う程度には」
「あ、結構深刻なレベルだったんだ」
「実際、縁のないジャンルの臭いだったから戸惑ったッス。後で理由を聞いて呆れたッスけど」
トレセン学園でトレーナーという職に就いている人間が煙草を吸える時間というのは極めて限られている
それは自宅、もしくは街中の喫煙が許されたスペースのみ。ごくわずかな時間だ
トレーナーの中での喫煙者の割合は著しく低いがそれでもいないわけではない。数名知ってる奴もいるし、自分だってその一人
ただ………その限られた時間の中で吸う本数というものが、自分は酷く多くて
返す言葉も無い
担当が決まるまではそんな調子だったのだが………バンブーに出会った時を期に、減煙を決意
というのも、先ほどの通りバンブーに苦言を呈されたからで
流石に、自分の嗜好と将来あるウマ娘の担当を秤にはかけられない。試せる手段は徹底的に試して、まずは確実に本数を減らそうと努力してきた
その結果、今では昔では考えられないほどの本数に減らすことに成功し、より軽い銘柄にすることにも成功した
あともう一歩で禁煙………というところなのだが。これがなかなかうまくいかない
「もう少し、もう少しだから………」
「いやまぁ、昔と比べれば相当いい感じになってるのは事実ですし、それは認めるッスけど………」
かちゃりとカップを置いて、バンブーはこちらに視線を向ける
………本当にズルい。それは、ズルいだろう
少なくともトレセン学園に存在するトレーナーで、担当バにそんなことを言われて無視できる者はいないはずだ
バンブーは真摯に、自分の身を案じてくれている。それがわかるからこそ、禁煙なんていう昔の自分では考えられない事に手を出しているのだから
「トレーナーさん見てると、将来なにがあっても煙草には手を出さないでおこうって決意が固まっていいッスね」
「末期患者を見る目で言うんじゃないよ。これでも相当頑張ってるんだから」
「だから、それはわかってるッス。でも………」
立ち上がったバンブーは、カップを手にしてポットの方に向かう
そこでお茶を淹れ直しながら彼女は言葉を続けた
「え。煙草吸ってもいいの?」
「出会った時みたいな惨状は論外ッス」
ぴしゃりと、そこは言っておくとばかりに釘を刺される
「でも、トレーナーさんが抱えるストレスの多くはアタシを担当することで生じる業務のアレコレッス。そう考えると、それを少しでも和らげられるなら、節度ある範囲で………とも思わなくもないというか」
「意外だな。てっきり完全禁煙派だとばかり」
「そりゃ吸わないに越したことは無いッスけど。でも」
席に戻って、菓子の包みを開けながら
「小娘の癇癪、って………バンブーは俺の事を思って言ってくれてるんだろう」
「そりゃそうッスけど。そもそも、アタシにそれを指摘する権利は本来無いはずなんスよ」
そのしかめっ面は、呆れや怒りではなく。なにか悩むような、そんな感じで
バンブーがそこまでこっちのことを考えてくれていたなんて。というか、それに気づけなかったのは普通にトレーナーとして失態だった
だがしかし。ここでそれに甘えて再び煙草を増やすのも………
「だから、無理して禁煙はしなくても別にいいかなって、最近考えてたッス。節度ある範疇で、大人の趣味ってくらいなら別にって」
「………そんな事言うと、甘えちまうぞ」
「ずっと頑張ってきたッスからね。少しくらいいいんじゃないッスか?」
脳裏で囁く悪魔が「さあ一本!」とコールしてくる。煩い黙れ、つーかここは学園内だし持ってきてない
考えて考えて……俺は、ポケットに手を突っ込んで
「あれ?それって………」
それを口に咥えた
「リラックスパイポ、だ。禁煙によく使われるグッズだよ」
「それくらいは知ってるッスけど………」
「駄目だ。ここで甘えたら多分即昔に逆戻りする。とりあえず、足掻けるだけ足掻いてみるわ」
ここまできたらもうヤケだ。成功するかどうかはわからないが、もう少しだけ頑張ってみよう
「まだ当分は、時折吸っちまうかもだけど………バンブーだって自分の苦手なトレーニング頑張ったりするんだから、俺ももう少しくらいな」
にまっと、嬉しそうに。それはもう嬉しそうに笑った
「ふふっ。トレーナーさんも意地っ張りッスね」
「おぉう、そうだぜ。誰かさんに似たようだ」
「一体、誰ッスかね」
そんな事をいいながら、リラックスパイポを思いっきり吸い込んでその爽やかな風味で口を満たす
ああもう。お言葉に甘えちまえばよかったんじゃないかと思わなくもないが。それでも、一度自分で言いだしたことだ
さっきバンブーは自分のことを大人だと言ってくれた。だったら、自分の行動に責任を取らなければ大人の名が廃るというものだろう
家に帰ってからの一本くらいは………少しの間、勘弁してもらうとして
「ガムは常備してる。甘いのはあんまり好きじゃない」
「あ、そうでしたね」
ニコニコと笑うバンブーの顔を見れば………意地も張ろうって気になるってもんだ
「完全禁煙成功したら、何かお祝いするッスかね」
「期待しないで待っておくわ」
「そこは全力で頑張るじゃないんスか」
そんな会話をしながら、その日の時間は過ぎて行った
帰宅後、煙草の箱を握りつぶそうとして………やはりできなかった自分はまだ弱いのだろうけど
「そうなるように頑張るわ」
きっと、もう少し。だから待っててもらうとしよう
トレーナーさんが所用で部屋を出て、五分ほど経った
もうそろそろ、大丈夫だろうか。いや、まだ下手な事をしたら見つかるかもしれない。もう少し待とう
でも、ぐずぐずしていたらすぐに帰ってきてしまうかもしれない。だとしたら………
「………………」
席を立って、そこに向かう
そこには、トレーナーさんが座っていた椅子があって。その背もたれにそれはかけられていた
「………いつもながら、大きいッスね」
自分とは肩幅から何から全然違うそれ………彼の上着に、思わず息を飲む
何度か深呼吸をして自分を落ち着かせて……というか言い訳して。アタシは、こともあろうに
様々な体臭に合流するかのように染みついたその煙草の臭いは、独特のフレーバーとなって鼻を刺激して
癖になる、なんて思ったのは何時の事だっただろうか。その時は大層慌てて、自分のふしだらな考えを必死に振り払おうとしたものだけど
今となってはそんな時間すら惜しい。なんせ、この香りもいつか消えてしまうのかもしれないのだから
「………煙草は、健康によくない。だから………」
だから、やめてほしい。それは偽りのない本心で
だけど、この臭いを心地よく思ってしまっている自分が否定できないのが、何より複雑な心境だった
「………煙草、やめちゃうんスかね」
そのままの意味に受け取ってくれていて欲しい。じゃないと、自分はとんだ破廉恥な女になってしまう
煙草の香りを纏った貴方が落ち着きます、なんて。口が裂けても言えっこないじゃないか
「もうちょっと………もうちょっとだけ………」
誰よりも信頼する相棒の香り、それに纏わりつく煙臭さ
もしかしたら少ししたら消えてしまうかもしれないそれに名残惜しさを感じた時点で
きっと、アタシは負けていたんだ
だってバンブーだし…
割といるよな○○委員長…
あのナリタもいるからな…
個人的にはそんな感じ全く無いし聞いたことないかな
匂いは単純に銘柄で決まるイメージだけどどうなんだろ
キッツイやつはめちゃくちゃ離れててもわかるレベル