だが、中には深く考えない者もいる。興味が無いから、考えずとも直感で理解しているから、等々。ここにも、そうやって愛から目を背けるウマ娘が一人…
エアシャカールは考えない。愛なんて不確かだから。
この学園に所属していると度々耳にする、「誰々のために走った」「誰々のおかげで勝てた」「誰々と一緒だったから今日まで頑張れた」
そういった「誰々のために」をクサい言葉で「愛の力」、なんて表現する者もいる。
なんてロジカルじゃないんだろう、とシャカールは思う。頑張れたのも勝ったのも、ひとえに自分の実力でしかない。そんな気持ち1つで結果が変わるのなら、自分は“パルカイ"を作らなかったし、7cmの壁に苦しむこともなかった。
だから彼女は、「誰々のために」や「愛の力」といった言葉に懐疑的だ。
エアシャカールは考えない。愛なんて不確かだから。
そういった「愛の力」を誇示する連中も、愛という存在自体は不確かなものだと自覚しているようで。
“愛"を形で求めることがある。例えば。
食堂にて。彼女の眼前に誇らしげに蹄鉄を突き付けるウマ娘が一人。
「…ッチ。うっせェな。何の変哲もない蹄鉄じゃねェか」
「はっはっは、ノンノンノン。よーく見たまえよ!この蹄鉄の輝きを!この!モルモット君から貰った!蹄鉄の輝きを!」
彼女の名はアグネスタキオン。学園一のマッドなウマ娘にして、シャカールと双璧を成すデータや研究を重んじるタイプのウマ娘。……なのだがこちらは些かロマンチストな気があった。
「見てるよ。何度見たってただの蹄鉄だ。自慢してェなら相方にでもやれよ」
「相方?カフェのことかい?もちろんやったさ。そしたらカフェのやつ、コーヒーミルを引っ張り出して来てねぇ…『トレーナーさんからいただいたものです…貴方の蹄鉄に負けず劣らず、いえ、私のコーヒーミルの方が…輝いてます』ってねぇ。自慢対決になってしまったから反撃してこない君に自慢しているというわけだ」
「うぜェ」
ゲンナリしながらもそこは悲しい哉、付き合いの良いシャカール。タキオンの自慢話から逃げ出したりはせず、適当に相槌打ちながらも付き合ってしまうのが彼女の性。
日頃のご褒美も兼ねて、彼女のトレーナー、通称モルモット君が蹄鉄の新調を提案した。
「私も暇ではないがモルモット君の誘いなら仕方ないねぇ…」とはタキオンの談。
一緒に店まで出向いて彼女の足や走りに合わせた良い蹄鉄を見繕ったが、そこはタキオンに甘い所のあるモルモット君。繊細な足を持つ彼女の負担を少しでも軽減すべく、タキオンよりも熟考に熟考を重ねていたとのこと。代金も勿論彼の全額負担。『蹄鉄代もバカにならないのによくやるもンだ、つくづく甘いヤツ』、そう思うシャカールであった。
「そういうわけで見たまえよこの蹄鉄を!次のレースが楽しみだ!これを履けばきっと私は無敵さ!」
「つーかオマエそれでもイイトコのお嬢様だろ?それより良い蹄鉄だって実家帰れば用意出来んじゃねェの?」
「おやおや、キミにはこの蹄鉄の価値が分からないようだね?お金にモノを言わせればいいってものではないよ」
「ハッ、要はデートしたことも含めてオマエにとっちゃ価値があるってわけだ。ンな大事なもん履き潰せンのか?」
「待ちたまえ、今なんて言った?」
「だから、そんな大事なもん履き潰せンのかって…」
「あァ?違ェのかよ?オマエのことだ、どうせ蹄鉄買っただけじゃ済まねェだろ。何か食いたいとか、どっか寄りたいとか」
「それは……ふふっ、そうか、私はモルモット君とデートを…うふふっ」
「チッ」
今更になって、惚気られたことに腹が立ってきたシャカールであった。
エアシャカールは考えない。愛なんて不確かだから。
少し前ならアグネスタキオンも同じようなことを言っただろう。シャカールより理想やロマンに傾倒する気があれど、傾倒するなりに根拠や理由を求めるからだ。ところが、「誰々のために」「愛の力」、そういった不確かなものへの根拠を彼女は得てしまった。そう、今の彼女自身がその根拠になり得る。
もしかしたら、タキオンは未だに「愛なんて不確かなものだ」と言うかもしれない。だが説得力がない。先程の顔、あんな乙女のような顔をされては、仮にタキオンがそう言ったとしてもどの口が、とツッコミを入れてしまうだろう。というかゾッとするからやめてほしい。ああいうのはもっと恋する乙女が似合うような、例えばファインモーションにでもやらせておけばいいのだ。
「聞いてよもー!この間のレース、私とーっても頑張ったんだよ?なのにトレーナーったら、ご褒美のラーメン屋巡り、行っちゃダメだって!酷くない?きっと私のこと嫌いなんだ!」
「あァ、知ってる。オレもアイツに釘刺されたからな。ラーメン屋に連れて行くなって」
「ええー!?まさかシャカールも私を裏切るつもり!?」
「安心しろ、オレはオマエの味方だ。この体重計に乗って、問題ない数値が出たらな」
「………」ピピッ
増加傾向であった。
「ラーメン屋は無しだ」
「酷いーーー!!!」
涙を浮かべて嫌々と首を振るファインを見て、ふと彼女のトレーナーが釘を刺しに来た時のことを思い出した。
「ファインの為だ、協力してやる。でもオマエそれでいいのかよ?」
「いいのかって?」
「なんだかんだ言ってファインに甘いオマエだ。それに、オマエ自身ファインと出かけンの嫌いじゃねェだろ?オマエが我慢出来ンのかってな」
「シャカール、最初に一つ言わせてもらうなら、俺はファインと出かけるのは大好きだ。出先で彼女の気まぐれに振り回されている時は夢見心地と言ってもいい」
「そして俺の思い上がりじゃなければ、彼女も俺と出かけるのを楽しんでくれてる、と思う…」
「…安心しろよ、きっと思い上がりじゃねェから」
「ありがとう。……ファインはさ、いずれ国に帰るだろ?今は彼女が責務を果たす前に与えられたほんの少しの猶予だってことは君もよく知ってると思う」
「あァ」
「その猶予を使って、彼女はレースの世界に挑んでる。少しでも悔いの残る結果に終わったら、せっかくの彼女の時間を台無しにしてしまう。だから…」
「後悔に繋がりそうな要因は可能な限り取り除きたい、ってわけか」
シャカールは少し彼を見直した。普段お姫様にあれよあれよと振り回されているだけかと思ったが、彼なりに色々考えているようだ。だが。
「アイツがこっちに来てる理由に、思い出作りがあるのも忘れてやるなよ。あんまり締め付けすぎると、それこそ後悔すンぞ」
「シャカール…ありがとう。肝に銘じておくよ」
「なァ、ファイン。オマエのことだ、トレーナーがどうしてそう言ったかは理解してンだろ?」
ピタッと首を振るのを止め、ファインは黙り込む。
「意図が分かってンなら、あまりワガママ言って困らせンじゃねェよ。それに、だ。ご褒美つっても何もラーメンしかないわけじゃねェだろ?ほら、この前観たいって言ってた映画とか。あれ見てくればいいンじゃねェの?」
今回は特別。彼なりに男気を見せたトレーナーに協力してやることにしたシャカール。代替案を提示して、納得してもらおうという魂胆だ。
「シャカール…」
「アイツはアイツで、オマエのこと考えてるよ。保証する。だから…」
「ううん、違うの。彼とお出かけした時にラーメン屋見つけたら結局ワガママ言って入ろうとしちゃいそうだなって…」
「それくらい自制しやがれ!」
だから、そんな不確かなものの為に人生を左右されるのはバカらしいと思っているわけで。
ファインは自分の背負った使命に実直だ。受け入れ、全うしようとしている。だが、気に入った相手にはそのタガが緩むらしい。そんな大それた間違いは起こらないとは思っているが、彼への甘えが彼女の人生設計に何らかの綻びを生まないか、シャカールは最近ヒヤヒヤしている。取り敢えず太り気味でレース敗北を避けるため、映画館までの道のりにラーメン屋が無いルートを算出した。出血大サービスである。
「ちょっと見直したくらいで割に合わねェ労力だったな…」
一人ボヤいたシャカールであった。
「ただいま帰りました〜」
「おう、おかえり。楽しめたか?」
「はいっ、最高でした〜!」
自室にて。門限ギリギリに部屋に戻ってきたルームメイト、メイショウドトウ。今日は彼女のトレーナーと水族館へ出かけて来たのである。
何故シャカールが知っているのか。前日に彼女が教えてくれたから、ではなく実はもっと前から知っていた。それは何故かと言うと……
絶叫にも似たルームメイトの声を聞いて、ふと中庭の方を見やる。ドトウが何やらトレーナーの前でモジモジしていた。
「その、あの、良かったらぁぁぁ…今日はいい天気ですねっ!!」
シャカールは分かった。というかこれはシャカールでなくとも分かった。ドトウは何か言おうとして、結局言えずに話題を変えたと。元々自分に自信がない娘、彼女にとって何か大きなことをする時、二の足を踏んでしまうのはドトウと親しい者なら誰しも一度は見た光景である。
「あ、いや、違くて…良かったら私とぉぉ…その…ご褒美にぃ…」
言い出すのに時間がかかりそうである。ふと、目の前で突っ立っているトレーナーの方に目を向けた。微動だにせず、どころか瞬きもせずドトウを見つめていた。
(あんなに圧を出すからドトウが言い出せないんじゃねェのか…!?)
そう思ったシャカール、つい助け舟を出そうと2人に近寄る。その瞬間。
グリンッ!
真顔のまま、ドトウのトレーナーがシャカールの方に顔を向けた。
「ヒッ」
つい、小さい悲鳴を上げてしまったシャカール。彼の顔は邪魔をするなと言いたげで、黙ってそれに従う他なかった。
そうこうしてる内についに言いたかったことを言えたドトウ。トレーナーはと言うと。
「是非、喜んで」
彼は初めて笑顔を見せた。
エアシャカールは考えない。愛なんて不確かだから。
というかあれが愛だなんて思いたくない。情けないことを言うが怖かった。自分でも怯んだあの圧に思いの丈をぶつけたドトウはすごいと思う。それだけ彼と水族館に行きたくて、言い換えるなら彼と同じ時間を過ごしたくて頑張ったということだろうか。
「ご褒美、か…」
そういえば欲しかったPCのパーツがあったことを思い出した。
そう言われて、シャカールのトレーナーが目をパチクリとさせた。
「俺を、誘ってるの…?」
「他に誰がいンだよ。欲しいPCのパーツがあってな」
「いいよいいよ!もちろん!俺が買ってあげる!」
「うわ!急にテンション上げンな!いいのかよ、安くはねェぞ?」
「構わないよ!嬉しいなぁ、シャカールが誘ってくれるなんて!あ、もしかして真面目にトレーナー頑張った俺へのご褒美?」
「オマエのご褒美になるのかよ」
エアシャカールは考えない。
考えてしまったなら、この不確かな気持ちに答えが出てしまいそうだから。
フクロウみたいな首の回り方してたわ…
トレーナーが寄せただけ
はい