トレーナー室でゆっくりしていると、ゴールドシップが話かけてくる。
「おいおい、これが暇そうに見れるってのか?」
「…………。……ヒマそうだな」
「…………まあ、そうだな。暇だな」
「んじゃ、やろうぜ。リバーシ」
「は……? なんでまた突然、しかもリバーシなんて」
「え〜良いだろヒマだろ? リバーシなのは……あれだよ。たまたまリバーシ持ってたんだよ文句あっか」
「普通あるか? リバーシをたまたま持ってること」
「んな細けーことは良いんだよ! ほら、やるぞ!」
ゴルシはおもむろに机にリバーシを起き、コマをポンと置いていく。
「ったく……仕方ないなあ、一戦だけだぞ?」
「よぉし、そうこなくっちゃなあ! おら、先行決めっぞ!」
そう言って俺たちは、互いに拳を握り向き合う。
「よっしゃ、俺の勝ちぃ!」「ちーっぃ! くそ……仕方ねえ、先行は譲ってやるぜ……」
「さーて……どんなもんかな……」
「リバーシチャンピオンのこのゴルシ様の実力をとくと見やがれ!」「あーはいはい」
ゴルシのいつもの過言を受け流す。
「ま、いっか……んじゃま、いざ尋常に……勝負!」
ゴルシの掛け声でリバーシが始まる。最初に並べられた黒白のチェック模様の四角形、その横に手持ちから黒のコマを置いていく。
「んー、しかしあれだな。オセロやるのも久々だな? ガキの頃以来か?」
「おい、トレーナー。オセロじゃねぇ……これは、“リバーシ"だ」
突然、ゴルシが神妙な顔でこちらに訂正する。
「……いや、どっちでも良いだろ」
「良くねえよ! オメー、オセロっつったらよお……オセロっつったら、株式会社メガハ○スの商標になっちまうじゃねえか!」
「いや、どこに配慮してんだよお前は」
「……ところでお前、リバーシ好きだったのか? 急に持ち込んだりして」
「まあ、割りかし? つーか、ボードゲームは全般得意だぞ」
……そう言われて思い出す。そういやコイツ練習中、コースに将棋やら麻雀やらを持ち込んでたな。
「ボドゲの神とはそう、このゴルシ様のことなのさ!」
「あーそう、そりゃ凄いな」
ゴルシの意味の無い言葉に生返事で返す。そうしてる内にも盤面は進み……現状は俺の方が多く取っていて有利そうな状況だ。
「……あー、それにしても。リバーシをやってると、思い出すなあ……」
「……思い出すって、何をだ?」「……ダチのことだよ」
どこか遠くの方を見つめて、ゴルシが静かに呟く。
「アタシの唯一無二のマブダチのことをな、思い出すんだよ……」
「……なんでそのマブダチをリバーシで思い出すんだ? リバーシキッカケで知り合ったとかか?」
「いんや、そうじゃねぇ……」「んじゃまたどうして」
「……似てるんだ」「は……?」
「アイツの服が……リバーシに……」
コイツは一体何を言ってるんだ? リバーシみたいな服ってなんだ。
「こう……緑と黒のチェック柄の模様つーか? そんな感じの勝負服してんだ」
……なるほど、勝負服の話か。確かに、緑と黒のチェックの勝負服はあってもおかしくないように思える。コイツの周りでそういう奴を見たことはまだ無いが、そんなウマ娘もいるんだろう。
「へー、そうか……なあ、そいつってどんな奴なんだ?」
「お、気になるか? 良いぜ、教えてやんよ」
得意気な表情のゴールドシップ。変な奴ではあるが、何だかんだで友人のことを自慢したいという普通なとこもあるんだな。
「そう、まずは黒と緑の勝負服だろ? それから、結構マジメな方かな?」
「ほう、お前と真逆だな」「なんだと?」
きっとこちらを睨むゴルシを受け流して続きを促す。
「んで、そうそう。刀を持っててなー」
一瞬聞き流しそうになったが、刀を持ってるとはどういうことだ。
「侍? みたいな? いや、時代が微妙に違うんだったか? 忘れちまったけど……まあ、和風っぽい感じはあるしなあ」
「そ、そうか……刀か……」
うーむ、真面目な方とは言っていたが、ゴルシの友人らしい奇特な趣味を持っているようだ。……しかし、グラスワンダーやノーリーズンのように、武将や和のものに憧れるウマ娘が居るのは俺も知っている。そういう類いの内か、と自分を納得させた。
「んで、そうそう。なんか漫画? に縁があるらしいとも言ってたな」
「漫画……?」
「んま、アタシはあんま聞いたことないけどよお」
ふーむ、ここまで聞くと、中々個性的な人物に思えてくるな……。黒と緑のチェック柄で、刀を持ってて、漫画に縁があって――ふむ……。
「んまあ、そいつアタシの同室なんだけどよぉ」
「は、同室!?」
「そ。だからまあ、マブダチ、的な?」
ゴルシの同室か……そういや聞いたこと無かったな……。これはまた、濃そうな寮部屋だな……。
「ああ、多分ないと思うぞ」
「んで、なんて名前なんだ? 黒と緑のチェック柄で、刀を持ってて、漫画に縁があるとか言うお前の同室の名前は。なんてウマ娘だ」
「ああ……黒と緑のチェック柄で、刀を持ってて、漫画に縁があるアタシのマブダチ。そいつの名前はな――」
「――竈門炭○郎って言うんだ」「……いやおい、待てぇ!」
真剣な顔で某漫画の主人公の名を口走るゴルシにツッコミを入れる。
「どっから出たんだ鬼○の刃! 週刊少年ジャ○プに怒られるぞ!!」
「へーきだろ、アタシだって漫画の主役やってるし」
「お前のところは小○館! 竃門炭○郎は集○社だバカ野郎!」
「変わんねえよ、うち(スピカ)も鬼○隊も」
「全然違うわ!」
「うちにだって居るだろ? スペ柱とかスイーツ柱とか」
「謝れ! スペとマックとその他各方面に謝れ!」
なんなんださっきから伏字だらけの危ない橋を渡りやがって。つーかさっきまでの話なんだったんだよ、時間返せよこの野郎!
「切り替え早いな!? ったく……まじで聞いて損した……。……はいよ」
パシりと黒いコマを置くと、盤面がほぼ黒一色に染まる。……あれ、気がついたらこんなに勝ってるな?
「むむ……」「……なんだ、どうした。手応え無いな? こんな盤面で良いのか?」
「るっせーな、まだ本気出してねえだけだよ」
そう言いつつ、むむむと盤面に向き合うゴルシ。
「……あー、ちょっとやる気出ねえなあ」「あ?」
突然、ゴルシがダランと姿勢を崩して舌を横に垂らす。コイツ真面目にやる気あんのか。
「……このままじゃやる気出ねえなあ〜なんか、スイッチ入るよーなもんねぇーかなぁー」
わざとらしく大きな声でぐだぐだ何かを言うゴルシ。
「…………そうだトレーナー」「…………なんだ?」
「どうせなら、賭けしようぜ」「あ? 賭けぇ……?」
ゴルシの瞳がキラリと光る。
「そ、負けた方は勝った方にたい焼き奢るってのはどうだ?」「は? なんでまた突然」
「良いだろ〜アタシがやる気出すためなんだよー! そっちの方が燃えるじゃねぇか」「いやしかし……」
突然ゴルシが真顔になる。
「こんな、へなちょこゴルシ様に余裕勝ちして、それで満足かって聞いてんだよ」
「……いやまあ、それはあんま気持ちの良いものでは無いが……」
しかし、この盤面……圧倒的に俺の方が優勢。黒の占有率はもう留まることを知らない。そんな逆境の中で、それでもコイツは諦めないと言うのか……?
「じゃあ、やろうぜ……たい焼き奢りリバーシ……」
「……はいはい、わーったわかった。やれば良いんだろ?」
「! へへっ、そうこなくっちゃ!」
コロりと表情を変えるゴルシ。しかし、だからと言ってこの状況で果たして逆転できるのだろうか。
「ふん、後で負けて後悔しても知らないぜ?」「へっ、ゴルシ様の本気見せてやるぜ……!」
ゴルシの瞳に闘志が宿る。勝負はここからのようだ。
「さ、アタシの番だな。アタシはここに置くぜ」
ゴルシが壁の端の方にコマを置き何個かをひっくり返す。ふむ……ここからどう逆転するのか見物だが……。
「じゃあ次は俺の番だな……!」「いや、何言ってんだお前」「……は?」
「……ったく、よく盤面見てろよ」「うん?」「オメーの置く場所。ねえから」
「……は?」
「はい〜!?」
そう言われて確認する。するとどうだろう……どうやっても、ひっくり返せる場所が無い。これでは、コマを置くことができない。
「――と、言う訳でゴルシ様の番だな」
ぽい、と気楽にコマを置くゴルシ。ち、畜生……まさかパスさせられるとは……いや、しかしまだまだ俺の優勢は変わらない。次は俺が取ってやる……!
「……おい、何か勘違いしてねーか?」「な、に……!?」「もう一度、アタシの番だ」
そんな……そんなことが許される筈が無い……! なんだと、コイツ……3回連続でコマを打つ気なのか……!?
「ほらよ、アタシは置いたぜ。良かったなトレーナー。お前の番だ」「くっ……」
どうにか3度目のパスは回避できたが……これは、俺も慎重にやらないといけないようだ……。ガチで考えるんだ……考えて、考え抜いて、最適な一手を導くんだ……!
「最適な一手を打つにはえーっと……」「……最適な、一手か……」
…………?
「最適な一手も何も……――1つしか無いぜ、お前の置ける場所は」「なん、だと……!?」
……そうだ、確かに、俺はこの場所に置くしかない……。こんな、こんな筈じゃ……!? 俺はいつからこんなにも、不自由なリバーシをやらされていたんだ……!?
「さ、次々行くぜ……?」
――こうして、ゴルシの猛攻が始まった。堅実にしかししっかりと俺のコマを連続で取るゴルシ。俺はというと……ゴルシの一手に苦しまれ、狭苦しい選択肢の中をなんとか押し進まなければいけない状況……。いつからか、このゲームの支配者は……ゴルシになっていた――。
「くっ……くそ……どうしてこうなった……っ!」「ふぉっふぉっふぉ。ゴルシ神を甘く見た罰じゃのう」
「ええい、うるさいうるさい! ……くそ……どうすれば……。…………はっ」
その時、光明が差し込む。
「…………ふふ、油断したみたいだな、ゴルシ」「……なに?」
ゴルシが直前に指した一手。そのすぐ近くに、俺は黒いコマをバチリと置く。
――そう、その場所こそ……!
「ああ……そうさ……リバーシには必勝法がある――。それこそが……角!」
そう、リバーシで角を取ること。それ即ち絶対にひっくり返らない最強の陣地を手に入れるということ。前にどこかで聞いていたのを、俺は思い出した。不用意にも角の近くにコマを置いたゴルシ。その隙を俺は見逃さなかったのだ……!
「どうだ! 俺だってやる時はやるんだ! へへっ、ここから逆襲と行ってやろうじゃないの!」「うん。それじゃ――」
こちらの調子上がりの声を軽く受け流すように、ゴルシは無表情で、淡々とコマを置く。
「うん……?」「あ、お前の取る場所無いからパスな。んじゃここ」「ん??」
「んで、ここをポン、と置くと……」
俺が取った角から伸びる辺が、ゴルシのコマによりどんどんと白く染められる。
「えっ、あれ??」
そうして、俺は角を取った筈なのになぜか。その一辺のほぼ全てをゴルシによって占領されてしまった。
「?????」
「ウイング」「えっ……ういんぐ……?」
真顔で英単語を呟くゴルシ。その真意を押し図ろうとその顔を覗く。
「……簡単に言えば、こうだ」
ゴルシはこちらを見下ろし、ニヤリと笑う。
「――アタシに八〆られたんだよ。オメーは」「――なん……だと……」
――そこからは、もう。一方的な蹂躙であった。角を侵略したゴルシは破竹の勢いで攻勢に出る。なんとか抗おうとしてもすぐに取り返され、そして気付いた時には――。
「59対5でアタシの勝ちだな」「ま、負けた――」
そ、そんな……こんなことが……ある筈が……。
「――最初は優勢だった筈なのに、なんで負けたんだ? って顔してんな?」「うっ……」
「良いこと教えてやるぜ。リバーシってのはな。序盤にコマが少ないほど有利なゲームなんだよ!」「そ、そうだったのか……!?」
だからコイツは、あえてコマの数が少なくなるように弱く打っていたのか……!?
「……ってか、お前滅茶苦茶つえーじゃねぇか!??」「だから言ったろ? アタシはリバーシチャンピオンだって」
……マジかよ……。
ゴルシの弾む声に、ギギギとぎこちなく振り返る。
「たい焼き♪ 奢れ」「くそっ!! インチキだっ!! 卑怯だぞお前!??」
「うっせーな勝手に勘違いしたのはテメェだろ!?」「イーンチキ!! イーンチキ!!!」
「……あれ、何やってるんですかー?」
卑怯者のゴルシにブーイングをしていると、ドアの方から聞き覚えのある声がした。
「おー、スペー! それにマックイーンも!」
「イーンチキ!!!! イーンチキ!!!!!」
「……なんですの……? 騒々しい……」
「それはもう、カクカクシカジカで……」『なるほど……』
「イーンチキ!!!!」「良い加減認めろよ。オメーの負けだ」「くっ…………」
真顔でゴルシにそう言われてしまうと……何も言い返せない。まあ……確かにちょっと……大人気無かったかもしれないな……。
「やったー!」
「はぁ……くそぅ……悔しすぎる……」
「よーし、行くぞオメーら!」
「えっ?」
ゴルシが、スペとマックに声を掛ける。……は?
「トレーナーの奢りだってよ! 行こーぜ!!」
「わーい!! たい焼きだー!」
「たい焼き……! ふっ、仕方ありませんね……」
「いやいやいや、なんでお前らまで奢られる気でいるんだよっ!?」
「よっしゃ、たい焼き屋までダッシュだ!! 行くぞオメーら!!!」
走り去る3人。取り残された俺。
俺はガックリと肩を落として、これから軽くなるであろう財布を握ってアイツらの後を追うのだった……。
ゴルシの同室 スタンバってます
自由とはそういうものだ
ゴルシのトレーナーは沖トレのイメージで固定されてる