元気の良い声がグラウンドに響き渡る。青鹿毛のウマ娘がこちらへと駆けてきた。
「今の!どうでしたか!」
「とても良かったよ。これなら今度のエリザベス女王杯だってきっと良いところまで狙えると思う。」
「えへへ…ありがとうございます!トレーナーさんのおかげです!」
そうはにかむ彼女を見てこちらも自然と頬が緩む。
彼女は少し前に理由あって自分が管理するチームへと移籍してきた。
そして今度、11月に開催されるG1「エリザベス女王杯」をターゲットとすることに決めた。
チームへ移籍した初戦からG1というのも荷が重いかもしれないが、彼女の末脚なら展開次第で狙えると思っていた。そのため、本番へ向けて練習を重ねているところだった。
ただ、少し困るところもあって、
「トレーナーさ〜ん…えへへ…」
甘えん坊なのか、気づくとこちらと距離を詰めて抱きついてくることが多々あった。親元から離れてのトレセン生活、父性が欲しい時もあるのだろうと自分は構わなかったのだが、
「イトさん。」
「彼女」が不思議と機嫌を悪くしてしまうのが問題だった。
「あっスティルさん!」
ぴょんっとこちらから離れると今度は彼女の方へと向き直る。そこには、かつての自分の担当でありトリプルティアラウマ娘「スティルインラブ」がいた。
彼女には今、このチームのサブトレーナーとして頑張ってもらっていた。
「………はい、お疲れ様です。イトさん、元気なのはよろしいですが…トレーナーさんに抱き着かれると彼も苦しいと思うので…程々にしてくださいね?」
「あっごめんなさい!私気付かなくて!」
「気にしないで、こっちは大丈夫だよ。それよりスティル、何か用件かな?」
「いえ…様子を見に来ただけです。」
彼女が俺に抱きつくのはこれが初めてではないが、その度にスティルはなぜか不機嫌になってしまう。それが少し困りごとだった。
(他の子の時はこんなことないのに…仲が良くないのかな?でも普段は仲良くしてるのにな…)
そんなことを考えながら、青鹿毛の彼女にクールダウンを指示してその日のトレーニングは終了した。
控室には俺と彼女、スティルの3人がいて、スティルが彼女の着替えを手伝っていた。
「どうですかトレーナーさん!」
着替え終わった彼女はこちらに向けて勝負服を見せてきた。白と赤を基調としたドレス風の勝負服。彼女がこのチームへと来て初めて見せる勝負服姿だった。
「似合ってるよ。とても綺麗だ。」
「はい…私も、そう思います。」
「えへへ…今日は絶対勝ってきますから!」
「───さーん、レース30分前となったのでパドックの方へお願いしまーす。」
係員が彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「ほら、行っておいで。後から俺たちも向かうよ。」
「はいっ!見ててくださいねトレーナーさん!スティルさん!」
「頑張ってくださいね、イトさん。」
「なんだか、随分と遠いところまで来たような気がするね。」
「ええ…本当に。」
スティルと担当契約をしていた頃、もう一人の獰猛な人格に苦しむ彼女を見た俺は、トリプルティアラを達成し、金鯱賞を機に引退するという彼女の言葉を少しの逡巡と共に受け入れた。
それでも金鯱賞当日になって、予定を変えて走り続けると言ってくれた彼女の言葉に驚いたのだが、その時頭の中に強い痛みと共に駆け巡ったイメージ映像が俺に彼女を止めさせた。その映像は、甘い幸せと鈍痛のような後悔に満ちていたから。
それでも、と言う彼女と何度も話し合いながら、最終的にこれから作るチームのサブトレーナーとなってもらうことで合意した。そこから云年、このチームも大きくなり、スティルはチームのお母さんと呼べるような存在となっていった。
「あの時のこと、後悔されてませんか?」
「………………。」
すぐには答えられなかった。あの時の予兆が止めさせたものの、スティルのあの走りをもっと見たいという想いがあったことも否定できなかった。
「スティル、俺は…」
「あっレースが始まるようです…。向かいましょう、トレーナーさん。」
「そ、そうだね。」
喉から出かけた言葉を飲み込み、俺とスティルはレースの観戦へと向かった。
そして、ファンファーレの終わりと同時に本日のヒロイン達がゲートに入っていく。その中には青鹿毛の彼女の姿もあった。
(頑張れ…!)
先ほどのスティルの問いかけを頭の片隅に追いやって彼女のレースへ意識を集中する。
最後、17番の子がゲートに入ると、ゲートのランプが点灯した。
「スタートしました!」
実況の声がレース場に響き渡る。
彼女は、バ群のほぼ最後方に位置取った。末脚を活かす追い込み型の彼女にとってそこは定位置だった。あとは先行集団がどこまでペースを上げて後ろから届きやすくなるか、半分運任せのレースだった。しかし、今日まで頑張ってきた彼女の末脚は、きっと届くと信じていた。
(これなら…!)
ちらっと横目で隣を見る。スティルもまた、真剣な目で走る彼女を見つめていた。
そしてレースは最後の直線を迎える。縦長だったバ群が凝縮していき、彼女達はラストスパートを開始した。その中に、
(あっ…!)
中団にまで上っていく彼女の姿があった。
手に力が入る。鞭でも握って叩きたくなるような衝動が湧いてくる。彼女はぐんぐんと加速し、前にいた人気バを一気に抜き去った。
それは、かつて自分を魅力した、紅の如き輝きだった。
「アカイイトだ!」
白と赤がゴール板を通り過ぎる。
「これは運命のアカイイトー!」
思わずスティルと見つめ合う。彼女も涙を滲ませていた。
「あそこのトレーナーさんも変わり者だけど優秀なベテランさんだよ。アイルランド府中ウマ娘は負けちゃったみたいだけど、すぐにチームを変える程のことかな?」
「違います!今のトレーナーさんに不満があるわけじゃないです!私、ずっとトレーナーさんとスティルさんのところに行きたかったんです!」
「俺とスティルの?どうして」
「トリプルティアラ……。!あの時の子か」
「はい。ずっと憧れてたんです。このチームで走ることを。そこでG1を勝つことを!」
ああそうか。
例え走れなくても、繋げるものがここにあったんだ。
胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。
「スティル」
「はい」
「あの時のこと、後悔してるかと聞かれたけど、はっきり答えられるよ。後悔は、していない。」
「はい……」
彼女と共に作り上げたチームで、彼女と勝てなかったエリザベス女王杯を勝てた。これ以上のものはもういらなかった。
再びコースの方を向く。ぎゅ、とスティルがこちらの手を握ってきた。その小さな手を握り返す。どよめきと興奮が漂う会場。そして、それは起きた。
空気が、固まった。
ゴゴゴゴ、と擬音をつけたくなるような圧迫感をスティルが漂わせる。しかしトレーナーはそれに気づいていなかった。
「トレーナーさん!!!」
タイミングが良いのか悪いのか、満面の笑みを浮かべた今日のヒロインがこちらへ駆け寄ってくる。
「私!勝てました!勝てましたよ!トレーナーさんのおかげです!大好きです!」
スティルと握っていた手は離れてしまった。
「トレーナーさんが私の運命の相手だったんですね!」
ヒューヒュー、お似合いだぜご両人、と周りの観客たちが囃し立てる。それが地獄の火に油を注いでるとも気づかずに。
「ふふ…ふふふ…あはっ」
「スティル?」
その日、京都レース場は紅に染まり、歓喜と阿鼻叫喚の二重奏が響いたという。
どうしても書きたかったのでノリで書きました
少し前に同じ内容のスレ立ってたから思考読まれたのかと思った
>ゴゴゴゴ、と擬音をつけたくなるような圧迫感をスティルが漂わせる。しかしトレーナーはそれに気づいていなかった。
おばか!
お前そんなクソボケじゃないだろ!ちょっと目紅にして反省してこい!
>白と赤を基調としたドレス風の勝負服
おやおやおやおや
そろそろ回復してウズウズする頃だろうからな
言うかどうかで言えば本人も言う