スポーツ紙の一面がそう報じているのを、私はシービーと一緒に読んでいた。
もちろん、トレセン学園のトレーナールームではない。あそこにいては、応対でてんやわんやだ。一息つくこともできない。
もちろん、説明責任はある。しかし、理事長とたづなさん、それにシービーのご両親と話は付けた上での公表なので、少しばかりとはいえ休みをいただいた。窓の外を見れば、同じ新聞を持ち歩く人々や、マスコミらしき人間がトレセン学園の方向に向かっていくのが確認できる。
「うん。顔見られずに帰ってこられたのが不思議なくらい」
私は、食材と生活用品、新聞を一部買って帰ってきた。
いつものように料理を振る舞って、今はソファーでのんびりと過ごしている。
普通、シービー程の成績を上げたウマ娘が引退する時はまず、記者会見が開かれる。
その記者会見をやるというニュースが流れた段階で、関係者やファンの間では引退の噂が流れ始める。
そして、実際に記者会見で『引退』の二文字を見て案の定という訳だ。
ただし、今回はその手順をカットした。ファンへは、覚悟の間も与えず『引退』の報が届き、さぞ驚いたことだろう。
いわゆる、電撃引退というやつだ。
流石に、三冠ウマ娘の引退式無しはもはや犯罪になってしまうのでやるつもりだ。しかし、それもまだ先の話だ。
「それにしても意外だったな。キミがこんなこと言い出すなんて」
「私にも、こんなことをしてみたい気分があったってことだよ」
そう言って、私は、そっとシービーの足に手を置いた。彼女は、それを拒否せず受け入れてくれた。
私は、レースの世界へ、私の世界へ自由を見せてくれたこの美しい足をゆっくりさすった。愛おしく、美しく、それでいて傷ついた足を。
シンボリルドルフに天皇賞・春で負けた後、脚部不安を理由に休養に入った。しかし、トレーニング再会直後に骨膜炎を発症した。
ウマ娘の肉体とスペックは、そもそも釣り合っていない。軽自動車に、フェラーリのエンジンを搭載したようなものだ。レースを理由に負った傷病は、即引退に繋がるほどの傷病になる。場合によっては、永遠にレースから帰ってこられないこともある。
「ごめんね、有無を言わさずこんなこと言って...」
私は、謝罪した。シービーの自由を尊重する立場であったのに、今回は私の意志に無理やり従わせてしまった。
「!!」
本心から接しようと取り繕わずいたのが今回は悪かったのか、微妙な距離感を保っていたものが崩れ落ちた気がした。
「どういうことだって」
「怒ってた...か?」
「どちらかと言えば、心配してた...かな?流石に、アタシでも分かった」
「なんて答えたんだ?」
「ごめんって」
「ルドルフは...」
「そうかって、それだけ。ルドルフは凄いよね、これだけでアタシの事情が分かっちゃったみたい...」
でも、私は話す勇気がなかった。ルドルフにも、世間にも。
怖かったのではない。ただ、恐ろしくなったのだ。もう、破天荒とも常識外れとも言われたあの自由な走りが見られなくなったのが。
「エースは?」
「エースも凄いよ。『ゆっくり休め』って」
彼女の同期だった、カツラギエースはシービーに短くそうメッセージを送って来ていた。
既に引退をした身とはいえ彼女はシービーに憧れ、ライバルとして幾度も挑んできた。そのエースの心境も察するに余りあるし、それはあちらも同様だったのだろう。
シービーは、ポトリとスマートフォンを手から落とした。それが、私には今のシービーの心境と重なって見えた。
落ちていく、ただ力もなく。暗い、未知の心の底へと。
「アタシ、走れなくなっちゃった...。分かってたつもりなのに、いつかは走れなくなるって」
私は、せきが切れたように話すシービーの話を聞き続ける。
「走るのが楽しかったのに、もうターフには帰れない。頭では理解していたはずなのに...」
シービーの中には、恐怖を超えた絶望があった。
「走れないって言われた時、真っ黒になった。あの喜びが、遠くに消えた気がした」
ウマ娘は、走るために生まれてきた。そう称されることがある。
走ることでしか自分を表現できないウマ娘は多い。シービーをその一人だ。彼女は、核心的価値である『自由』を表現する場としてレースを求めた。
それを、私が奪ったのだ。
特に、彼女は特別不器用だ。他との折り合いを付けることができない。
私は、足を奪ったのではない。彼女の『自由』を奪ったのだ。ミスターシービーという一人のウマ娘からすれば、死んだも同然だった。
「良いんだ、好きなだけ私を責めてくれ。私が君を殺したんだ」
「!!それは違う!!」
シービーが、声を荒らげて否定する。シービーがこういうことをするのは、本当に珍しいことだ。
「今のはアタシの八つ当たり!キミは何も悪くない!こんなのは、ウマ娘じゃあ珍しくないことはトレーナーのキミが良く知ってるでしょ!」
シービーは、今不安定なのだ。落ち込んで、焦って、怒って。自分の意志で走って来た道を、見失っている。
「...知っている。もちろん、知っている」
「じゃあ!」
「でも、君を救うことはできない。私は、君に着いていくことしか、できない。夢を見ることしか...」
三冠を取った時も、一緒に散歩した時も、ハンモックで寝た時も私は勝手に夢を見ていただけなのだ。
私は、無力以下だ。何もすることができない。
「本当にすまない。私のことをどうしたってかまわない。契約解除でも、なんなら殺してくれたって...」
「!!馬鹿!」
パチン!。
頬に、鈍い痺れが走る。ぶたれた、あのシービーに。
しかし、今は驚くべきことではない。それほどまでに、私が憎いのだろう。
「はぁ...はぁ...」
ウマ娘が本気でやれば、首の一つや二つは簡単に折れる。ここまで、弱っていたのか。
「謝らないで!」
「...いや、そういうわけには」
「今のは言葉は何?諦めないって嘘だったの?好きって嘘だったの?」
「そ、それは...」
もちろん、それは。
「それは!嘘偽りない『俺』の本心だ!」
そうだ、誓ったはずだ。シービーを諦めないと。最愛の人だと。
「そうだよな...、そうだよな!」
諦めずに、お互い自由を貫き通した。その先に、今の俺達がある。
自分でも、どうかしていたと思った。
諦めるは、生きる上での処世術だ。でも、俺達はそれが出来なかった。出来ないのが俺達だ。
別に、なんてことはない。今回もまた、諦めないで自由に忠を尽くす。それだけの話だ。
ただ、少しだけ違うのは。
「今度は、俺が君に自由を見せる」
訂正しよう。君とは、一生本心で向き合おう。たとえ、どんな結末が待っていようと。
むっずいですもっと濃厚に長く書いた方がいいんでしょうが苦手です
どうしても、感情が超特急になってしまいます
どう〆ればいいんでしょう書いてる間にノリと勢いで当初の〆構想が二転三転四転くらいしてます