季節は秋。時刻は正午。トレセン学園は文化祭の日が近付いて賑わっていた。
そんな楽しそうな校舎からは隔離された屋上。その一角で一人空を見上げ空虚に呟くのはアドマイヤベガのトレーナーだ。
彼は人と比べて金銭の管理が下手であった。毎月給料日前になると食事がゼリーやバーだけになる事もしばしばである。
「アヤベさんのトレーナーさん、昨日もお昼ゼリーだけだったよね?はい、これあげる」
ささやかな救いの手を差し伸べてくれたのはウマ娘のカレンチャン。彼の担当ウマ娘であるアドマイヤベガのルームメイトだ。
「ありがとう…うう…カレンチャンヤサシイ…」
「アヤベ、珍しいね屋上に来るなんて」
「最近あなたがお腹を空かせてるって聞いたのだけど…この分じゃ余計なお世話だったみたいね…」
「アヤベさん、もしかしてそれ…!」
カレンチャンが目をキラキラと輝かせる。視線の先のアドマイヤベガの手には何やら可愛らしい布で包まれた箱が2つあった。
「ありがとうアヤベ!いただきます!」
「ちょっ…」
手作り弁当であろう。瞬時に察したトレーナーは一心不乱に嬉しそうにそれを貪り始めた。
「お、大袈裟よ…ただのサンドイッチじゃない」
(良かったねアヤベさん…)
カレンチャンが菩薩のような笑みで二人を眺めている間にサンドイッチは一瞬で無くなってしまった。
「ごちそうさま。助かったよ…そうだ、今度お礼に何かあげるよ」
「あら…嬉しいわね。何をくれるのかしら」
「愛」
アヤベさんの方をチラ見すると顔を真っ赤にして一瞬フリーズ…したかと思うとすくっと立ち上がった。
「言ったわね」
一言だけ残してアドマイヤベガは屋上から去っていった。
「ちょっとちょっと!やるじゃんトレーナーさん〜!」
「え?え?」
「しらばっくれちゃってこのスケコマシ〜!」
軽い冗談のつもりで言ったのだが不味かっただろうか。トレーナーは満腹で順調に稼動する脳みそで思考を巡らせるのであった。
愛だなんて。なんだろう…何をくれるのかしら。なんだろう、なんだろう。
アドマイヤベガはずっとトレーナーの言葉が頭から離れないでいた。思春期なのか?
「アヤベ〜ちょっと〜」
後ろの方から彼の声が聞こえた。抑えようとしても耳と尻尾は嬉しそうにしてしまう。
「おはようトレーナーさん、何か用?」
トレーナーは大きなマントのような布を肩にかけていた。文化祭の出し物に使うのだろう。彼女のクラスも似たような布を使って暖簾やら台車を包んでいるので分かる。
何故か彼の後ろにはニヤニヤと笑うカレンチャンもいる…手にはハンドベルを持っている。これもおそらくクラスの出し物だろうか。
「はいこれ、一昨日のお礼」
「お礼なんていいのに…わざわざありがとう」
「開けてもいいかしら」
「どうぞ」
なんだろう。ズッシリと重い。簡単に包装された箱を開けるとなんと無骨なデザインのダンベルが入っていた。
「この前筋トレ用のダンベル紛失したって言ってただろ?ちょうど近所にいいのが売っててさ〜」
アドマイヤベガは言葉を失う。そりゃあトレセン学園のウマ娘には欠かせない物ではあるが、
『愛』と宣っていたのがこれなのか。この男は。
カレンチャンの方をチラと見ると、嘘でしょ…という顔をしている。どうやら今日は以心伝心らしい。
覇気の無い声で挨拶をしてフラフラとした足取りでアドマイヤベガは去っていった。
「なんかアヤベあんまり嬉しそうじゃなかったな…あのダンベル良かったよね?カレンチャン」
「えっトレーナーさんそれマジで…?」
「えっ」
一瞬沈黙のまま見つめ合ったかと思うと、カレンチャンは地面に膝をついた。
そして地面を拳でダンッと叩いたかと思うと持っていたハンドベルをカランと鳴らして項垂れた。
「カレンチャン…?何してるの…?」
「えっと…だから『ダンッ』『ベル』」
トレーナーは持っていた布をカレンチャンに被せてその場を去った。
「ちょっと聞いてよアヤベさん!」
カレンチャンがぷんぷん怒りながらやってきた。さっきの今で何があったというのか。
「アヤベさんのトレーナーさん、カレンにおっきい布被せたんだよ!?カレンが折角ナイスギャグで慰めてあげたのに…ほらあの人ダンベルなんか持ってくるからさ…」
そう言うとカレンチャンは急に地面に膝をついた。そして地面を拳でダンッと叩いたかと思うと持っていたハンドベルをカランと鳴らして項垂れた。
「ってやったら…酷いと」
言い終わるより早くアドマイヤベガは持っていた大きな布をカレンチャンに被せてその場から去った。
「お兄ちゃん…」
カレンチャンは鞄からおもむろに木材を取り出した。なんでそんな物が入っているのだろう。
一つに見えた木材はよく見ると真ん中で切断されており、カレンチャンの手で二つに割れた。
「ごめんね、カレン『割る木』は無いんだよ」
「あははは、何それ面白い」
「お兄ちゃん…!」
アヤベさんカワイイね
>「しらばっくれちゃってこのスケコマシ〜!」
ここもおじさんポイントだよカレンチャン…
サンドイッチ作ってくれただけのアヤベさんは被害者だろ!
あの人は……優しい人だから…
自分が「この人」って決めたらとことん尽くしちゃいそうで
良い……いや良くないと思うよそういうの
(夕食の支度にかかりつつ)