「え……そ、そんなにひどいかな……」
トレーナー室に来るや否や遠慮も躊躇もなくカルストンライトオは言い放つ。
担当になる前、出会った時からハッキリとモノを言うタイプだったが、長い時間を共に歩んだことでよりアウトプットする言葉を選ばなくなってきた気がする。
「髪のケアやってます?まさか時間がないなんて言いませんよね」
「うぅ……あんまりやってません」
自分に時間をかけることが苦手故に、髪はおろかスキンケアも最低限しかしていない。一応メディアに露出のある職業なのでそういう時だけちゃんと整えはするのだが、日常的にとなるとなんとも腰が重くなる。
だからライトオがそういったことを習慣として丁寧に行っていると知ったときは驚いた。速さを求める彼女ならサッとやっておしまいと思っていた、理由は結局速さを求めるがためだったが……。
「え!?いやいやいやいいっていいって!」
「抵抗は時間の無駄です。天井のシミを数え終えるよりも先に終わらせますので」
「いや〜〜!」
私を攫うように軽々と持ち上げ、デスクワークもトレーナーとしての誇りも放り捨てられながらライトオに連れてこられたのは学園のメイク室。
基本的に自力で学ぶか友人や先輩などに習ったりする時にこの部屋が使われるが、使用率そのものは高くない。勝負服を着用し、メイクを行う機会を得られる生徒がそもそも一握りなのだから。
部屋の一角の美容室にあるような洗面台、リクライニングシートに座らされる。
「なにする気!?ホントに髪のケアだよね!?」
「まあまあまあまあ」
「ハサミは……やめておきましょう責任取れないので。私真っすぐにしか切れないんですよ、ご存知でした?」
「そんな気はしたよ……」
自分の髪を切ったときに知ったんですよとなぜか誇らしげに語りながら、備え付けられていたハサミを置くのを見てホッと胸を撫で下ろす。
髪型をパッツンにされることはなくなったが、依然として不安な気持ちは晴れない……。軽やかに踊りながらシャンプーケープを持ってくるのだから。
「首元失礼。ではまずシャンプーで髪と頭皮をキレイにします。ケアはその後に」
「う、うん」
疑問を抱く自分を尻目に、シャワーヘッドを握りしめた彼女に頭を預けるよう促された。
「お加減どうでしょう、熱くないですか痒いところはございませんかもっと速くしますか」
「あぁ〜〜今のままでいい感じ……」
私の不安とは裏腹にテキパキと洗髪をこなすライトオ。たまに美容院に行った時にしてもらうのと遜色ないくらい心地がいい。
放課後という時間も相まってなんだか眠くなってきた……。
「寝ててもいいですよ。──あ、ごめんなさい起こします、起きてください」
「ん゛ん゛ん゛〜〜〜〜……」
見本のような上げて落とされるを瞬く間にされ、睡眠妨害によって生じた苛立ちが声色に表れる。
「ずいぶん慣れてるね」
「自分の髪が長いので自然と上手くなりました。スムーズであることは速いことと同じですから」
「小さい頃母に髪を洗われながら言われたんです、綺麗になることに近道はないと。なら坊主にしてしまおうと言ったらすごい剣幕で怒られましたが」
なんともライトオらしいエピソードを披露されて、思わず苦笑が漏れ出た。
その後もなんてことのない会話をしながらケアが続けられ──。
「はい、乾きましたよ」
「おお……」
丁寧なドライを終え、改めて鏡で自分の髪を観察する。ケアの前よりも光り輝き、まとまりが出て見違えるような美しさになっている。
今と比べれば、ケアの前に彼女がみずぼらしいと評したのも納得だ。
「お任せして正解だったよ、ありがとう」
「ん?なにを言ってるんですか。まだまだここからです」
「え?」
「見たところトレーナーの髪質はニャンコ毛、もとい猫っ毛のようですので私のケア用品では完璧なケアは出来ません。すぐ髪質に合ったものを買いに行きましょう」
「い、今からって」
「髪は一生の友とも言います、言い換えるならば自分の担当ウマ娘のようなもの。担当をボロボロなまま放っておくのですか、シクシク」
声色が一切変わらないという奇妙な泣き真似を見せられ、やめたかと思えば自分の手を取って扉まで引っ張って行こうとする。
「待って!上着とヘアピン!」
「はいカメさんノロノロしない!直行して早くケアを完了させましょう」
振り回されることばかりだが、これからも彼女と共に「なにしみじみした顔してるんですか、ダチョウじゃないんですからお店に着くまでに何を買うか調べてください」
直線が好きってのもあるんだろうけど母親が整えてくれたっていうのが重きを置いてそうで良いよね…