正式名称は『トレーナー吸引式ウマ娘健康法』、これが『トレ吸法(きゅうほう)』となり、いつの間にか『トレ吸い』になったとされる。
その効力は非常に高く、人間より鋭敏な彼女らの嗅覚を以てコンディションの向上や精神安定を図る事ができ、これの有無がレースの勝敗を分けたと見る有識者すらいる程だ。
ただしこれには罠がある。
それは『担当トレーナー吸引式』ではなく『トレーナー吸引式』である事……、つまり『契約していないトレーナー』でも良いのだ。
これが例えば契約前から腐れ縁の親友のようだったトランセンドや、ジメッジメに絡み合う運命をしていたメジロアルダン等であれば良かった。
しかし所謂モブウマ娘が寄って集って群がって吸い付きに行ったらどうだろう。
役得? まさか。
理性崩壊? ノー。
ハーレム万歳? 否。
答えは今も苦しんでいる彼らそのものだ。
「はぁ……、はぁ……。トレーナーさん、大丈夫ですよー。貴方のフラワーですよー?」
「うぅ……、ふらわー……」
「大丈夫です……、ここに……、ここにいますよ……、ふぅー……、すぅー……」
周囲の雰囲気やイチャイチャした空気──通称『フケ』──に当てられた彼女達は、近くにいたニシノフラワーの担当トレーナーに対し強制トレ吸いを強行。その光景を間近で見せつけられたフラワー嬢ごと、彼らは寝込んでしまったのだ。
幸いにも数分もせず彼女らは引き剥がされたが、逆説数分はその光景が展開されたという事。
一般人であれば年頃の美少女に引っ付かれれば嬉しいかも知れないが、それが集団で、しかも獲物を狩るケモノの目をしていたらどうだろう? 更にそれがフラワーと二人三脚で走る、新米で小柄で中性的なトレーナーだったら?
その答えが、彼のトレーナー室で抱き合って眠る2人である。
幸いにもフラワー嬢は何とかギリギリ、本当にギリギリのギリギリで持ち直したが、トレーナーは数日経った今も悪夢にうなされトレーニング指導にも支障が出ている。夜はこうして互いの抱き枕にならないと、双方とも満足に眠れもしない。
件の光景はさながら鳥葬、もしくは生肉の塊に集まる猛禽類の群れ。一歩誤れば己の肉が食い千切られるが如き恐怖。であれば寧ろ『良く眠れない』程度で済んでて幸甚とすら言える。
あれからトレーナーは動けない自分を噛み千切るモブウマ娘の夢を見るようになり、フラワーは年上の名も知らぬウマ娘達にトレーナーを奪われる夢を見るようになった。
故、これは必要な事。ハグというストレス軽減をして穏やかな夜を過ごさなければ両名共に目の下にクマを作る事になる。寮長にも既に許可は得ているし、同室の子も有効だとOKを出してくれた。合法である。
「あぁ、ふらわー……」
「はい、フラワーです」
「ふらわー、ふらわー……、すぅ……、ふぅ……」
「はい、フラワーですよ。すぅぅ……、ふぅぅ……」
己の旋毛に鼻を充て、頭頂部のニオイを嗅ぐトレーナー。
お返しに首元の香りを思い切り鼻で吸い込むニシノフラワー。
心の底から温かい気持ちが生まれ、黒く染まっていた臓腑が浄化されていく。
幸か不幸かフラワーもトレーナーも心を負傷し、正常な性欲が湧く状態では無い。
なので、今はまだ、これで終わり。パジャマを脱ぐ事も、唇を重ねる事もしない。それだけの余裕が無い。
(今はこれで、お願いします。もっと私がお姉さんになって貴方の隣に相応しい女になったら、その時に改めて)
もっと彼の熱を感じたい、とフラワーはパジャマのボタンを外して下着を露出し、四肢でしがみ付くようにトレーナーを捕まえる。更にするり、と少女は彼の腰に尻尾を巻き付けた。
応ずるように、悪夢から逃げるように、青年も全身でフラワーを抱き寄せ必死に匂いを嗅ぎ取ろうとする。
「「すぅぅー……、はぁぁ……」」
今はこれが精一杯。これ以上を望めない。ただ、抱き合って眠る2人がいるだけである。
トレーナーがフラワーの香りがないと、そしてフラワーがトレーナーの匂いがないと良く眠れない程に依存するのは、もっともっと先のお話。
>トレ吸いが再流行して
どうなっとるんやこの学園は
次なるターゲットは…ボノトレ!
集団遭難事件不可避
そして山奥で振るわれる美味しいお鍋
お腹が膨れて鍋の匂いも充満して解決