「え? あぁ、研究のデータが欲しいって言ってたから一本変な色のやつを飲んだけど……でも今のところ、なんともないよ」
「あの人の実験に付き合うのはやめてくださいって言っているじゃないですか……それなのに」
「でも困ってそうだったし……まぁ、彼女のことだから危険ってわけでもないだろうし、いいじゃないか」
そう言って彼はなんでもないように笑った。混じり気のない、善意だけがうかがえる笑顔だ。私はその笑顔を信じて彼と契約を結んだ。しかし、今になってはその笑顔は私に危機感を覚えさせるものになっていた。
つまり、彼はとびきりのお人好しで、誰彼構わずその笑顔を振りまいているのだ。実験にしか興味のないアグネスタキオンならまだいい方で、いつか悪人に利用されてしまうような気がしてならない。
「いや、黙って実験に協力したのは俺なんだし、彼女を責めなくても……」
「アナタのその正直さを見抜いて利用してるんですよ、あの人は……トレーナーさんは、少しくらい人を疑ってください……」トレーナーさんを置いて空き教室……アグネスタキオンの実験室へ向かう途中で考える。もしも彼のその優しさが、私よりも先に他のウマ娘に向いていたのなら。きっと、私たちが出会うことはなかったに違いない。
私は幸運だったのだと思い返す。彼の優しさに触れる事ができて。交わらない世界だってあったはずだ。
でも……やはりあの優しさは危うい。誰にだって取り込まれてしまう。油断していたら、いつ私の側から消えてしまうか……そんな不安が、コーヒーのように黒く私の心に広がっていた。
「失礼します……タキオンさん、抗議、しにきました……」
「おやおや、これはこれは。予測してた時間よりも早いじゃないか」
まるで私の来訪を待っていたかのように挨拶すると、彼女はノートにペンを走らせる。
「なぁに。今回の実験の対象は君のトレーナーではなくて君の方ということだよ。しかし、この早さということは彼の変化を見るよりも早くこちらに……」その瞬間、私は彼女の胸ぐらを掴んでいた。どうしてだろう? 彼を利用された怒り? 彼を汚されそうになったから? 分からない……ワカラナイ。
「何をしたんですか……彼に……」
「待て待て! 彼に投与した薬は体の一部分が発光するだけの効能だ! それも5分もすれば戻る! 実験対象は君だと言っただろう!」
手を離すと、彼女はため息をつくと再びノートに乱雑な字を書き連ねていった。
「まったく、君のそれは一般の親愛から逸脱しているよ……この実験でよく分かった」
「試してたんですか。私と……トレーナーさんの関係を……」
「厳密には君の執着度合い……と言えるね。カフェ、少しばかり彼に依存している自覚はないかい?」
「ハァ……勝手に私たちの関係に踏み入らないでください。それも、彼の純粋さを利用して……とにかく、もうトレーナーさんを利用するのはやめてください。言いたいのはそれだけです……」
「何があっても……あの人のことは私が守るので心配ありません。失礼します……」
「聞く耳を持たない……まったく、警告するなら彼の方にするべきだったか……いや、しかしまたレポートを燃やされでもしたら……」ブツブツと独り言を呟きながら自分の世界に入り込んでいった彼女を置いて、教室を出る。確かに彼女の言う通り、トレーナーさんは最近この世界のものではないものを惹きつけている。きっかけが私であることは間違いないだろう。
けれど……けれど、それの何が悪いのだろう。彼は『お友だち』を始めとする見えない存在と関わることをむしろ望んでいるようだし、本当に危険な存在からは私が守ればいい話だ。いや、守らなくては……
トレーナー室の扉を開けると、ただならぬ瘴気が部屋から漏れ出る。トレーナーさんはソファーでぐったりと横たわり、床には血の跡にも見える小さな足跡。
急いでトレーナーさんに駆け寄り、手を握る。よかった、暖かい。私の手の中で、彼の体に血が巡っているのを確かに感じて一安心する。「トレーナーさん! 目を……目を覚ましてください」
「う、うぅん……あ、カフェ。さっき小さな女の子が来てたんだ。一緒に遊びたいって言ってたから、二人でかくれんぼしてて……」
「どうやら、厄介なモノに出会ってしまったようですね。放っておくか私に相談してくれればよかったのに……」
「でもさ、とっても寂しそうだったんだよその子。だからさ……あぅ、頭痛い……」
「無理して喋らないでください……今日はもう……ゆっくりしていましょう。私が……隣りにいますから」
おそらく、急いで駆けつけなければトレーナーさんは「あちら側」に連れて行かれていたに違いない。「今夜は……私と一緒に過ごしましょう。アナタを連れて行こうとした存在はきっとすぐにまた来ます。次は確実に縁を切っておかないと……」
そうだ。場所も変えたほうが良いだろう。以前の怪異と違い、今回のそれは強力だ。なるべく、トレーナーさんとの接点を減らしていくべきだろう。
「行きましょう……トレーナーさんの家へ……大丈夫。必ず守りますから」
どこか上の空のような、ぼやっとしたトレーナーさんをなんとか家まで連れて行く。学園の方へは連絡を入れたし、事情についてもある程度理解を得ている。あとはどうやって彼を守りきるかである。
「トレーナーさん、大丈夫ですか?」
「うーん……なんか頭がボーッとする。カフェ……カフェはひんやりしてて気持ちいいね」
だけど、もう少し……いや、いつまでこうしていたって構わないと思ってしまうような……
「カオ、キモチワルイゾ」……どこからか、そう言われたような気がした。失礼な。
冷蔵庫にあったゼリー飲料を二人で食べ簡単な食事代わりにし、風呂も終えてトレーナーさんと過ごす。
風呂に入る直前に彼の意識が完全に戻ってしまったことは残念だったが、まぁ仕方がないだろう。お互いが入ってる間は脱衣所で待つという妥協……もとい対策で何事もなく必要最低限の生活のルーティンは終えられた。
そうして彼と寝室で語らいながら"その時"を待っていると、突然インターホンが家中に鳴り響く。それも、異常なほど短い間隔で、何度も何度も。「……来ましたね。どうしますか? トレーナーさん」
「どうするって……カフェに任せるよ」
「うん。きっと悪い子ではないと思うから」
「それなら、"ソレ"が飽きるまで待ちましょう。ほら、もっと私の近くに……でないと、危険です……」
彼の手を引いてベッドの上で抱き寄せる。なんだ、誰よりも彼の優しさに漬け込んでいるのは私じゃないか。でも、それも仕方がないだろう。早い者勝ちだ。私のモノなのだ。真っ白な彼を染めてしまう権利を持っているのは、私だけなのだ。
「カフェ……こんなに近づかなくても」
「今回の相手は……かなり強いです。こうしないと、アナタを守りきれないかもしれません……」
あぁ、アナタに伝わっているだろうか。この早まる鼓動。緊張でも焦りでもなく、ただアナタを独占しているという高揚で高鳴っている私の心臓が。
インターホンの音が大きくなる。家の中で様々なものが音を立てる。彼はより一層怯えたように私の手を握る。
「大丈夫。私だけを感じていれば……すぐに終わりますから……」
どれほどの時間が経っただろう。トレーナーさんは私に抱かれていることに安心したのか、いつしか眠っていた。家の騒音は止む気配がない。諦めの悪いヤツである。
「いい加減に帰ってください……この人は、アナタのものにはなりません……絶対に」
それから数分、やっと諦めたのか、鳴り響いていた音はすべて止み、部屋には静寂と私たちだけが残された。
それからすぐに、朝が来た。すずめの鳴き声が窓の外から聞こえる。トレーナーさんはすやすやと眠ったままだ。
「んぁ……カフェ。おはよー……」
「どうやらトレーナーさんは悪いものを惹き寄せる体質のようです。なので……しばらくは私がずっと側にいようかと……今日のように、アナタを守りますから……」
「えー……いいのかなぁ……うーん……」まだまだ眠そうな彼はそう言うと再び目を閉じた。とにかく、宣言してしまえばこっちのものだ。彼は断れない。そういう人間なのだ。
「ふふっ……いつか、私と同じように……影でアナタを染めてしまいたい……なんて、そう思わせてしまうほど純粋で優しすぎるアナタが……悪いんですよ」
窓から注ぐ朝日を遮るように、私の長い髪がトレーナーさんの顔を覆った。
公式の霊を耐え忍ぶ時にお手々を握るイベント、いいよね……
キャラストもそうだし保健室の無茶は厳禁の下選択も確か連れて行こうとする奴が来てカフェが疲労困憊しながら何とか撃退する感じだったような
いつの間にか電車に乗っているとか割と頻繁にあちら側へ連れ去られかけてるなこのトレーナー…
これ最後あっち側に引きずり込まれるしかないやつでは?
今までもこれからも理解されなくても構わないと思ってた子に与えるには理解者はとんでもない劇薬である…
まぁこれに関してはそこまで命の危機ではないが
お友達共が喜びすぎる…
いつものコーヒーの方かと