そんな最中に部屋の暖房が壊れてしまったトレーナーは不幸を噛み締めつつも毛布や湯たんぽを駆使して寒さに抗い続けていた。勿論、業者を呼んで修理をして貰うつもりだが最近は仕事が忙しすぎて立ち会う暇が無い。この分では1ヶ月以上先になってもおかしくはない。溜め息が出る。
という事を担当ウマ娘に相談したら、リアクションは薄かった。というよりも愛する我が担当ウマ娘のアヤベは、此方の話を聞いてから何か考え込んでいるようにも見えた。彼女の表情筋はあまり活発では無いが、長年の付き合いによる勘で少しは彼女の考えている事を察知できるつもりだ。
「………そう」
アヤベは一言だけ呟いてしばらく黙ってしまった。休憩時間の終了を知らせるアラーム音が鳴ったので、トレーニングに戻りその話はそこまでで切り上げられた。
食事は仕事中に片手間で済ませたので、部屋に上がってすぐ気絶するように眠ってしまった。その晩はいつもより寝心地が良い気がした。
翌朝、目が覚めるとまずは風呂に入らずに寝てしまった事を悔やんだ。しかし体の疲れは普段より取れていた。どうした事だろう?疑問に思いつつも悪い事ではないのでスルーした。今は早く出勤の支度をしないといけない、シャワーも浴びないと。
別の人間がやる筈だった仕事が、その人が病欠したおかげでこちらに回ってくるハプニングもあり、仕事が終わる時間は23時を回っていた。
這う這うの体で帰宅し、泥のように眠りにつく。その日は良い夢を見た。寝転んだまま、誰かにサンドイッチを食べさせて貰う夢だ。その誰かはとても大切で愛おしい人だったような気がする。夢なので誰だったのか、ハッキリ認識も、追憶もできない。
翌朝目を覚ますと、体はすこぶる元気だった。まるで栄養のあるものを食べてから眠りについたように体が元気だ。昨日は仕事から帰ってそのまま寝た、というのが自分の記憶だった筈だが───しかも服装は寝巻きを装着している。
「はて?」
机の上を見ると、ラップに包まれたサンドイッチが置いてあった。そんなもの買った記憶も作った記憶も無いのだが。後で気付いたが、スマホの検索履歴を見ると「サンドイッチ レシピ」という物があった。どうやら自分で作った事をすっかり忘れてしまったらしい。なんだそうだったのか。
そんな調子の日々が3日程続いた。アヤベにもその事を話した。
「そう…よかったわね。でも毎日自分でサンドイッチを作った事を忘れるなんて、少し仕事を減らした方がいいんじゃない?」
ご尤もな意見だし、体の心配をしてくれるのは嬉しかった。なのでその日は久しぶりに定時で帰宅する事にした。
折角なのでその日もサンドイッチを作ってみた。流石に夕食っぽくはないので、夜食用として。────しかしいつもの味にはならなかった。最近毎日作っていた筈なのに、久しぶりに作るような気さえした。
そして就寝時に違和感に気付いた。布団が明らかに尋常より温かい。そしてふわふわとしている。しかしこの感触に覚えがないわけではない。なるほど、ここ数日の寝覚めの良さはこの布団による効果だったのか。しかし、自分は布団に対して何もしていない。一体どうしたことだろう?
「それは……えっと…布団の覚醒ね。あまり話したくなかったのだけれど、たまにあるのよ。長年使い続けた布団が急激に成長する事が」
へぇ、そんな現象があるのか。世界にはまだまだ自分の知らない謎が溢れているようだ。布団は去年買ったばかりなのだけれど。
そういえばこの事はアヤベに話していなかったけど、まあ問題は無いだろう。
部屋に帰り、着替える。相変わらず暖房は壊れているので、寒い。折角の半休だが特にやる事もないし、夕飯の時間まで布団で暖まろうか。そんな事を考えていると、部屋のドアをノックする音がした。はーいと返事をすると、一瞬間が相手から声をかけられた。
「こんにちは、ウマ娘警察です。最近トレーナー寮に不審者が出没しているのでパトロールに来ました」
ドアを少し開ける。格好を見るとどうやら本当に警察らしい。しかもウマ娘の。理事長が呼んだんだろか。それにしても、なんだか聞き覚えのある声のような気がする。
「お疲れ様です。今帰ったばかりですけど特に異常とかは無いですよ。戸締りには気をつけておきますので、ここはもう大丈夫です」
「そうですか。ご協力ありがとうございます。念の為に部屋の中を確認させていただきますね」
半ば強引に部屋に入られてしまった。なんだか悪い事をしているような錯覚を覚える。
「ははは」
質問をしたつもりは無いが、愛想笑いだけでスルーされるというのもなんだか物悲しい。
「ところで……お姉さんのそれ、警棒ですよね?」
トレーナーは警察官が腰に下げていた黒い物体を指差して尋ねた。
「ああ…うん、そうですよ」
「そうですか?だいたいこんなもんで…」
「長さ六十五センチ、直径三センチ以下、重さ三百二十グラム以下…警棒って各都道府県の公安委員会で規定されてるんですよね」
警察官の言葉を遮って、トレーナーが言葉を並べた。
「お姉さんの警棒、ちょっと長すぎるんじゃないですか?」
責めるように、強い語気で強い視線を向けながら問い詰めた。
「よく知ってるわね……どうしてこんなに長いかと言うと…」
警察官は瞬時に警棒を左手で取ると、右手の手のひらで警棒を押した。カチリと音が鳴る。
「警棒じゃないからよ!」
警棒────正しくは「警棒のような物」改めて警棒のようであった物は姿を変えていた。長方形の白いボディから太いノズルのような物が伸びている。
開発協力者、アドマイヤベガが名付けたそれは、開発者であるアグネスタキオンの叡智の結晶を注ぎ込んだ、世界初の携帯布団乾燥機だ。普段は棒状のコンパクトな姿をしているがスイッチを押すだけで瞬く間に布団乾燥機に変化。接触した目標を一瞬で(要数分)ふわふわにしてしまう。
「応!!」
トレーナーが大きな声で呼びかけると、ベッドの下に隠れていた何者かが姿を現し、トレーナーの布団に布団乾燥機を突っ込もうとしていた警察官を捕らえた。
美しい芦毛に、悪魔のような黒いメンコを纏った耳。スプリンターウマ娘・カレンチャンその人であった。彼女は持ち前の合気道術であっという間に警察官を鎮圧してしまった。
「大人しくお縄についてね、アヤベさん」
「アヤベ…なんでこんな事を」
警察官の正体はアドマイヤベガだった。たぶん誰が見ても一目でわかる。
「え?カレン?」
思わぬ白羽の矢にカレンチャンは自分を指差し驚く。
「お兄…自分のトレーナーの誕生日にサプライズを仕掛けたって話を聞いて、私もやってみようと思ったの…」
「アヤベさん…」
あのサプライズ作戦もといドキッ!家に帰ったら大きなプレゼント箱からメイド服のカレンチャンが出てきたよ!お兄ちゃんはどうなっちゃうのかな❤️作戦は最終的にカレンチャンとお兄ちゃんの6時間に及ぶ壮絶な鬼ごっこで幕を閉じたということは伝えておいた方がよかったか…とカレンチャンは苦虫を噛み潰す。
「俺は嬉しかったよ」
床に正座するアヤベに視線を合わすように、トレーナーはしゃがんで顔を近づけた。
「ありがとうね、アヤベ」
頭をよしよしと撫でる。彼女も満更でもなさそうである。は?何をイチャ…甘やかしてるんだこいつ…?という目で見ているカレンチャンがいた。
途中トレーナーの携帯でサンドイッチ検索してるってことはこれロックパスがアヤベさんにバレ……
>途中トレーナーの部屋に侵入してるってことはこれ鍵がアヤベさんに密造……
オ○ホだって覚醒するんだ
布団も覚醒する
お兄ちゃんだぞ
こう…座禅を組んで宙に浮きながら物体を貫通して…
カレンチャン目ぇ怖!
Compact Futon Kansoki
カワイイからいる
カレンさんがいるとほんのちょっとだけど見せつけるような動きになるのよ
こりゃ苦虫粉々ですわ
まあある意味チャラ男の女版だ