──────コールドゲームだよ。延長線は無しだ、カレン。
カレンチャンが追いつく頃には朝日が昇り始めており、優しいお兄ちゃんはカレンチャンを寮まで送り届けてくれたのであった。
靄がかかった淡いピンク色の空。カワイイを通り越してサイケデリックなその場所でふわふわの雲で気持ちよさそうにカレンチャンは寝ていた。
────ウマ娘よ。
カレンを呼ぶ声がする。
─────────可哀想なウマ娘よ。
姿も見せずにカレンを哀れむその声は誰?女神様?
───────両片想いのトレーナーさんと日夜鬼ごっこを続けるウマ娘。終わりのないレースに苦しめられる哀れなウマ娘、貴女を救ってさしあげるわ。
ううん、女神様はこんな失礼なことは言わない。
姿無き声の主がそう言うと虚空が突如光り輝き、現れたのは謎の機械だった。見覚えがあるけれど、なんだったかは思い出せない。神様ではないにしても、このシチュエーションでこういう無骨というか無機質な物を出すのは如何なものか。カワイクない。
────────お気に召さないようね。でしたらこれを。
うるさそうな機械が消え、また何かが光る。次に現れたのは羊だった。本物の羊ではない、羊の形をしたクッションだ。ふわふわしている。
カレンチャンは羊を両腕で抱きしめてみた。ふわふわ。顔を埋める。ふわふわだ。いい匂いもする。ふわふわである。ふわふわ。心地良い。ふわふわ。ふわふわふわふわ。
──────────さあ、目覚めなさいカレンさん。
スマホのアラーム音で目が覚める。
時間を確認、部屋を出るまで余裕があるいつも通りの起床時間だ。洗面台で支度を済ませて服を着替えると、ルームメイトを起こして登校する。
思い出しきれずにモヤモヤしたままカレンチャンは放課後を迎える。いつも通り、お兄ちゃんとのトレーニングの時間だ。
「お兄ちゃん!」
トレーナー室でPCを操作しているお兄ちゃんに声をかける。
挨拶の返事の後、すぐにこれを終わらせるから少し待ってほしいと言ってきた。画面に集中しているようだ。
カレンチャンは忍び足でお兄ちゃんの後ろに回った。
「お兄ちゃん」
不意に後ろから声をかけられたお兄ちゃんが少しだけ驚いて振り返ると、目と鼻の先にカレンチャンの顔があった。
囁くような小声でもってそう尋ねる。本日の誘惑の初手はこんなものでいいだろう。
しかしなんだろう、お兄ちゃんの様子が少しおかしい気がする。目をじっと合わせたまま逸らさず、顔も動かさずにこちらを見たままだ。
いつものお兄ちゃんなら、顔を赤くしながらすぐに離れるか、もしくは目を瞑って浮遊し始めるはずである。
目を合わせてから約四十秒が経過しようという、なんだかこちらが恥ずかしくなってきたようなタイミングでお兄ちゃんの方から声がかかった。
「本当だね、綺麗だし可愛いよ、カレン」
そう言って微笑んだお兄ちゃんは、カレンチャンの頭にぽんと手を置くと優しく撫でた。すぐにPCの方に向き直るとあとちょっと待っててねと作業を再開する。
カレンチャンは、ぽかんと開いたカワイイ口を塞げずにいた。
カレンチャンは今朝見た夢を思い出す。
貴方の精神を一度だけ並行世界に飛ばすわ。貴方が最も理想とする世界にね─
これが並行世界?パラレルワールド、もしもの世界というやつだろうか?そんなバカな。お兄ちゃん以外はいつもと何ら変わりない。しかしそのお兄ちゃんだけは間違いなく異常なのも事実だ。
そんなお兄ちゃんの様子を気にして気が気でないので、調子が出ないカレンチャンであったが、焦ってはいなかった。早くも次の攻めを実行する算段は付いている。
──来た。チャンスだ。走りまくって汗だくのカレンチャンは、腰を下ろしたトレーナーの横に座る。
「お兄ちゃん、実は相談したいことがあって…」
カレンの作戦はこうだ。
まずトレーニングで一生懸命走り続けて、カワイイ汗をたくさんかく。それから、お兄ちゃんに相談という体で、カレンは自分の体臭が異性から見て臭く感じないか悩んでいると切り出す。その後どんな返事がお兄ちゃんが来ようとも、カレンチャンは強いので動揺する事はない──おそらく。として、フィニッシュにカレンチャンは足を滑らせたフリをして後ろ向きに倒れ、お兄ちゃんの腕を掴む。合気道の応用のようなものだ。
そうなると当然、カレンチャンをお兄ちゃんが押し倒したかのようなポジションになってしまう。これは流石のお兄ちゃんも動揺するだろう。
そこで間髪を入れずにカレンチャンがお兄ちゃんを抱きしめればイチコロのはず。捨て身の技だけど、ウマ娘のカレンの方が有利だ!
だからあえて術中に嵌ったフリをして─────
「本当に?臭くない?よかったぁ…」
カレンがほっとしたように目線を落とし、そして上げたかと思うと突然足を滑らせた。こちらの腕を掴んでくる、お見通しだ。逆に掴まれた腕を掴み返して、こちら側に引っ張る。足を滑らせたフリをして後ろ向きに倒れると、同じく倒れ込んできたカレンを優しく抱きしめた。良い匂いがする。そういえば、いい香りがする人とは遺伝子の相性がいいと聞いたことがある。
怪我は無いか、とカレンに尋ねた。
やる事やってる世界線にまだ何もやれてない子を送るのは不味いな…爛れる
つまりこのカレンチャンは別世界線のカレンチャンにお兄ちゃんをNTRされてるんだよね…自分より先に自分にお兄ちゃんを取られるなんて哀れだな
もうお兄ちゃんが童貞じゃないって知って元の世界に返してって泣き叫ぶカレン…
状況は深刻なのに
童貞のお兄ちゃんを返してよ!って面白いな…
わかる
お前も結構だろ
お話。
その先はセイウンスカイだぞ