その圧倒的なパワーたるや、あのカワカミプリンセスすら上回る。
噂では握手で相手の手を破壊し、気に入らない人間は蹴りで体を上下に切断し、たづなさんの注意も「鬱陶しい! オラオラオラオラオラオラオラァ! アリーデヴェルチ!」と殴り殺し、威張るだけしかできない教師には『気合い』を入れて永遠に病院送りにし、料金以下のマズイ飯を食わせるレストランは木端微塵にしたとの事。
……噂に何か別の物が混ざってしまっている気がする。というか、たづなさんは今も生きているのだが。
閑話休題
そんな鬼の如き貴婦人だが、本日は所用があってトレーニングに行くのが遅れている。
所用の中身は本当に些細な事であり特筆すべき事も無いのだが。
「あら、学園の中に出るのは随分久しぶりね──ウマ娘イーター」
その所用を片付けた後、彼女は天敵と遭遇してしまった。
「鳥型という事は学園のセキュリティバリアネットを小型化……いえ分裂して抜けて内側で合体した、といった所かしら」
古来より人間・ウマ娘と共に三角関係を築いてきた存在だ
時に植物に、時に建物に、時に他人に化けてウマ娘を欺いては喰らう生粋の捕食者
ウマ娘はイーターの出す花粉や電磁波を前に力が発揮できず、人間に撃退して貰わねば食われるだけの存在となってしまう
一説にはウマ娘イーターとは『魂の抜けた後の成れ果て』とされており、彼らが執拗にウマ娘を食べようとするのは欠けた魂を取り戻そうとするため、と目されているとの事
生態には未だ謎が多く、解明されている事は少ない
ただ1つだけ言えるのは、ウマ娘にとってイーターとは安全第一で逃げださねばならない超危険生物である、という事のみである
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
『◆◆◆◆◆◆◆!?』
ジェンティルドンナはその場で地面に踵落としを打ち込むと、割れたコンクリートの破片を蹴り飛ばし的確に頭を撃ち抜いたのだった。
「すぅぅぅ……っ」
貴婦人はその程度では満足しない。
更に息を大きく吸い、彼女の豊かなバストが2倍近くのサイズになるまで吸い込んだ空気で膨らむ。それを肺の中で圧縮して体格を戻すと、
「ァッ──!」
人間にもウマ娘にも聞こえない程の音域を持つ衝撃波として思い切り吐き出した。
「そこ!」
その隙を見逃す彼女ではない。
無防備になった鳥型イーターの背中を正確に、的確に、貫いた。
その場に落ちていた、木の枝で。
否、ただの枝ではない。直径10センチはありそうな木の枝を手刀で切断して投擲したのである。無論、鉛筆のように先端が尖るよう切ったのは言うまでも無い。
「残念、今回のイーターは小物でしたのね。……まあ、警報が鳴らないよう生命力を落として忍び込んだ慧眼だけは褒めて差し上げますが」
今回のイーターは恐らく超個体と呼ばれる『群れで1つの生物』となるようなタイプだったのだろう。
ジェンティルドンナはそれを見抜き、心臓の鼓動をその耳で察知して的確に撃ち抜いたのである。
ウマ娘の圧倒的フィジカルなら可能かも知れないが、そもそもイーターを前にこのクソ度胸を保っていられる事、そして花粉や電磁波のレンジを一瞬で把握して安全圏ギリギリにいられる探知力は異常という事を明言しておく。
さしものジェンティルドンナも、自分を食い殺しに来た化物を相手に多少の息の乱れも無い、とまではいかない。
少しだけ呼吸を整え、僅かに乱れた髪を整える。
これで良い、これこそが強き者の義務だと頷きながら。
「あれ、そんな所で何をしているんだい?」
「あら」
そんな事は露知らず。
ジェンティルドンナのトレーナーがそこを通りがかった。
先程まで危険生物を駆除していましたの、と言うのは簡単だが。
「ただ少し、野良の生き物と戯れていただけです」
貴婦人は汗1つかいていない顔で、涼しそうにそう答えた。
単騎でウマ娘イーター倒しやがった
知らんのか?
ウマ娘イーターだよ
トレセン学園に出没したウマ娘イーターの駆除がトレーナーの仕事の一つなのは知っているな?
小物だったし…
いや小物でも天敵に勝てちゃあかんわ
ゴリラパワーで押し切った