「――今から2泊3日の温泉旅行に行きませんか?」
「それはいいな。よし、行こう」
こうして、私とトレーナーさんは温泉旅行に出掛けた。
「着きましたね」「ああ、良い部屋だねジャーニー」
趣のある和室の宿泊部屋に辿り着き、抱えていた荷物をおろす。広さは充分。静かで落ち着いていて、とても好ましい。
「道中も楽しかったな、色んなとこを観光できて」「ええ、そうですね……♪」
荷物を置いたトレーナーさんはぐっと身体を伸ばす。
「お茶でも淹れましょうか?」「ありがとう、いただくよ」
部屋備え付けの湯のみに日本茶のパックとお湯を注ぐ。質の高いものという訳ではありませんが、これもまた旅の醍醐味の一つだと私は思っています。
「はい、どうぞ。少々お熱いのでお気をつけて」「ありがとう、ジャーニー。……あち」
言ったそばから、トレーナーさんは口元に運んだ湯のみを離し舌を出す。
「ふふっ、だから言ったじゃありませんか」「あはは……」
まったく、お可愛らしい……。
すっかり暗くなった窓の外を見ながら、トレーナーさんに温泉を提案する。トレーナーさんから了承を得た私たちは部屋を出て旅館の温泉へと向かう。どんな温泉なのでしょうか、期待を抱きながら歩く私たちに壁が現れたのはすぐだった。
「――――どう、いたしましょうか……」「これは……」
掲示された張り紙を見て状況を理解する。
「まさか、家族風呂しか開いていないなんて」
温泉を諦めるか、それとも……。そんな状況に戸惑っていると、トレーナーさんが手を引く。
「折角だし、入っちゃおうよ」「でも……トレーナーさんにご迷惑ではないでしょうか……?」「大丈夫、俺とジャーニーは家族みたいなものだろう?」
その言葉に安心する。トレーナーさんが良いのなら、ええ、入ってしまいましょう。
「――ふぅ……いいお湯だな」「……そう、ですね……♪」
タオルで身体を包みながら、トレーナーさんとふたり少し広めの湯船に浸かる。身体の芯まで温まるような素敵な湯。隣を見れば気持ち良さそうに湯船に浸かるトレーナーさん。
「ふふ、気持ちがいいですね……」「ああ……」
「……ジャーニー?」
とん。トレーナーさんの肩にそっと頭を預ける。
「ん……」「……ふふ、ありがとうございます」
何も言わずに私を受け入れてくれるトレーナーさんに、そっと感謝の言葉をこぼす。ああ……トレーナーさんの熱を感じられる。心の芯まで、温まる……。
「良い、お湯ですね……」「ああ……」
――湯上がり。トレーナーさんとともに部屋に戻ると既に布団は敷かれていた。
「ふぅ……気持ち良かったですね」「そうだな」
旅館の浴衣に身を包み、少し涼しい窓際で温泉の熱を冷ます。
「……ジャーニー」「っ……」
突然、彼が私を背後から抱きしめる。
「ど、どうかされましたか……? トレーナーさん……」「いい匂いだ……」
私の首のあたりに顔を埋めて、トレーナーさんは呟く。
「ジャーニーの匂いだ」「その……まだ、あの香水はつけていませんよ……?」「ああ。それでも、いい匂いだよジャーニー」「っ」
「好きだ、ジャーニー……」「ぁっ……」
心臓が跳ねる。抱きしめられたまま、逃れることのできぬまま、愛の言葉が私の心を貫く。
「好きだ、愛してるよ」「……ぁっ……だめ、です……トレーナーさん……」「……嫌、か?」「ち、ちが……それは、違いますが……その……」
そっと、トレーナーさんは私を押す。少しずつ、少しずつ。彼の力で私の身体は敷かれた布団の方へと歩かされる……。
「……ジャーニー?」「……っ……はい、私も……トレーナーさんを、愛しています……」「嬉しいよ」
ぎゅっ。優しい声色で、逃げられないように、身体を抱きしめられる。
「あっ」
布団に身体を押し倒される。うつ伏せになった私を、トレーナーさんがそっと仰向けになるよう手を引いてくれる。
「ジャーニー、好きだ」「ぁっ……あぁ……」
トレーナーさんの顔が、私の耳元に近づく。そうしてそっと、しかし刻みつけるように、囁かれる。
「お前は俺のものだ、ジャーニー」「っ……♡」
「あっ、ダメ……だめです、トレーナーさん……私、わたし……」「大丈夫だよ」
「ジャーニー、愛してるよ……」「っ……はい、私もです……」
近づいてくる彼の唇。私は受け入れるようにそっと瞼を閉じて……。
触れ合う瞬間を待っていた――。
――――――
不意に、目が覚めた。
そこは、旅館の一室などではない。横を見れば、静かに眠る愛しき妹……。
ぼんやりと窓を見てみれば、まだ薄暗い夜。
はやる鼓動に手を当てながら、じんわりと汗ばんだ身体の感覚に意識が向く。
……ああ、なるほど。……夢、か。
……なんて、なんて浅ましい夢を見たのだろう。あんなにも、都合の良い夢を見るだなんて。私に、あんな願望があるとでも言うのか。秘められた欲求が無意識の夢に現れたのだろうか。
なんて、浅ましい……。
軽い自己嫌悪を抱きながらも……どうにも、先の“旅路"が頭から離れない。
夢の中のトレーナーさんの感触が、言葉が、熱が。身体から離れていかない。
錯覚でしかない。ただの夢の中の泡沫でしかないというのに……。
身体が、求めて、仕方がない……。
「最悪の夢、ですね……」
独りの部屋で、静かにそう呟いた。
――夜はまだ、明けない。
――――――
……寝不足の頭を振り払いながら、トレーニングを行う。
「とりあえずその調子でやってくれ」
トレーナーさんの、いつもと変わらない声。それなのに、昨晩の夢を思い起こしてしまう私の心が憎い。
だが、それでも。こんな浅ましい悩みなんて、彼に知られる訳にはいかない。いつも通りの、平常心で。私は彼と接するのだった……。
「今朝から姉上の様子がおかしい。心当たりがあるのではないか?」
「……いや、それが……無いんだよ……何か、変というか……ちょっと避けられてるみたいなんだけど……うーん、なんでだろう……」
「……そうか。ならば良い」
「うーん……?」
……知られてはならない。都合の良すぎた夢の旅路のことなど。
自分に都合の良い夢を見ちゃうドリジャかわいいね
母親になりたがってますね
はい次の人