「……気持ちは分かりますが、少しはしゃぎ過ぎですよ」
「それにしても本当に、真四角ばかりの世界ね……ライトオさんの嫌いな曲線がどこにも見当たらないなんて」
ここは数多の正方形のブロックで構成されたVR空間。僕たちは今、とあるVRゲームを遊んでいた。
このゲームでは様々なことができるらしい。探索をして、モンスターと戦って、材料を集めて、クラフトして。鉱石を集めたり建築をしたり、農業や酪農、釣りまでできるとか。
自由度が高く何でも作れて何でも建てられるというのが売りのこのゲームで、僕たちはとある勝負をしようということになったのだ。
「モードはクリエイティブ。好きなだけアイテムを使える状態で制限時間1時間で建築対決……だったわよね?」
「1時間も要らない家を建てるのも最速だ」
「……一応、出来た家のクオリティで勝敗を決めるので、最速で作ってもあまり意味はないですよ」
「そうか。だが最速が良い何故なら私は速いから」
「各自、構想を練る時間を作りましょう。そして今から10分後に建築をスタートしましょう」
「わかった」「ええ」
そうして、各々の持ち場に戻りアイテム欄を眺めながら10分。僕はこれまで見てきた建築物を頭に巡らせ設計図を導き出していく。充分に構想が思い浮かんだところで、建築開始の合図が鳴る――。ここから、1時間。僕らはブロックを片手に思い思いに建築を始めるのだった……。
――――――
「――さて、無事家は完成したみたいね」
「遅かったなデュランダル。私は10分で家を完成させた」
「私が遅いんじゃなくてあなたが速すぎるのよ! でも、10分で完成させたというならクオリティはそこまでかしらね?」
「では見て貰おうか。いくぞビリーヴ、デュランダル」
「あっちょっと!」
ライトオさんが自分の家に向かって走り出す。僕らは置いていかれないように、その背中を急いで追いかけるのだった――。
「……で、できたのが……これってワケなの……?」「ああ。見事な直線だろう」
「見事に真四角ね……律儀に高さも横幅も同じ正方形だし……。一応、窓とかはあるからちゃんと、家……? なの、かしら……?」
「せめて石造りの屋根でもあれば標準的な家には見えるかもしれませんがこれは……」
「いいやこれで完璧だ。これが完成形だ。屋根など蛇足。蛇に足など要らない直線が良いに決まってる」
そのこだわりに圧倒されつつも、家の周囲をぐるりとまわる。……どこを見ても、余計な飾りは無い純粋なる真四角。やろうと思えば庭先の木々なども作れない筈は無いのだが、それでも。全て不要だとばかりに真四角にこだわるその有り様は、ある意味職人芸を思わせるような部分もあり……。
「……まあ、ライトオさんらしいと言えばらしいわね」
「ですね……」
「――何をしている。中に入れ」
「……あれ、意外としっかりしてるわね……?」
まず一番に目に留まるのは中央にそびえ立つ原木の柱。見事に一本通ったそれは、ライトオさんの性格を思わせるようで。
その後に目に映るのは機能的な内装。いくつものチェストが棚のように並ぶ一角と、その横にはいくつかのかまどと作業台。窓辺には机と簡易的な椅子があり、机の上には一輪の花が置かれている。
別の隅にはベッドが置かれており、横には本棚とランタン。壁には絵も飾られていて――これは、思っていた以上にしっかりと、家の内装をしていた。
「ま、まさか……ライトオさんがこんなに住心地の良さそうな家を……!?」
「失礼だな無礼ダル。私だって部屋の中身はちゃんと作る。それより真ん中の柱が良い。綺麗な直線だ」
「柱、良いだろう?」
「そうね……私の思っていた以上にライトオさん、あなたに内装のセンスがあったとは……これも、10分で作ったのよね……? 短い時間で必要な物だけを用意したからこそのまとまりの良さ、なのかしら……柱は邪魔だけど」
「……柱、良いだろう?」
思っていたよりも、ずっと洗練された内装に思わず驚かされる。外観がシンプルで、ある意味でこだわりを感じるものだったのとは反対に、機能美を追求したような整った内装。このギャップは、正直好評価に繋がってしまうだろう。
「くっ……悔しいけど、評価するしか無いようね……」
「柱」
予想以上の仕上がりに、思わぬ好評価を残したライトオさんの建築。10分で作り終えたというのも、ここに来て評価点に加算されてしまいそうだ。
「……それじゃあ、次はビリーヴさんの家ね」
「はい。仕事の成果、見せます」
――――
「おお、これは……」「綺麗ね……」
僕の家を前にして感嘆の声を上げる二人。
「かなり本格的だな」
「……まあ、時間制限があったのであまり作り込めませんでしたが……なので、簡単な、シンプルな家にはなりました」
「いや、それにしたって……これは中々の完成度よ」
原木で作った柱に、漆喰代わりに白のコンクリートパウダーで壁を作り、屋根は石レンガを用いた。間取りは玄関に居間、土間の台所と和室に個室、それらを繋ぐ渡り廊下とそこから見渡せる庭といった作り。
「良い直線をしている。柱も良いな」
「そうですか……? その、ありがとうございます」
「平たい机にこれは、座布団代わりのカーペットかしら。向こうは和室ね。何というか、本当に和の建築よね。まさに趣きがあるという感じかしら」
ライトオさんの内装に比べると……機能面では劣るように思う。ただ、どちらかといえば実際の建物の再現性を優先したのでその辺りはしっかりしていると、思いたい。
「にゃんこが居そうだ。にゃんこ」「猫は居ません」「そうか……」
「それにしても、これが1時間のクオリティ……? とんでもないわね……」「流石は左官職人の孫だな。匠だ」
「……た、匠……!? っ……! そ、その……それは、言い過ぎ、……です……」
ライトオさんの口から、“匠"という言葉が飛び出して、思わず否定する。その称号は、まだ……まだ早いよ……。
「……ふふっ、わかるわビリーヴさん……褒められるのは、素晴らしいことよね……!」
「デュ、デュランダルさん……! 変な風に共感しないでください……!」
「匠ビリーヴ」「ら、ライトオさんっ……!///」
一通り見て周り、デュランダルさんの番になってもしばらく、何が面白いのかライトオさんとデュランダルさんは、僕を匠と囃し立てるのだった。
――――
「いよいよ遅ンダルの番だな」
「誰が遅ンダルよ!! ……まあ、ギリギリまでやっていたのは事実だけれど……」
「えっと、それじゃあ向かうんですけど……あの、もしかして、アレ、ですか……?」
「――……ふふっ、ええそうよ……! あれが、私の城よ……!」
「デカい」
ライトオさんのシンプルな一言に、僕も同意する。まだ離れていてもこれだけハッキリと見えるのだ。……デュランダルさん……この1時間で、なんてものを作ったのだろう。
「おぉ……」「凄い、ですね……」
目の前にして、見上げて、改めて思う。なんてものを作ったのだ、デュランダルさんは。
「これが私の城よ!」
まさに、西洋の城。実際に王族が住んでいるような、ファンタジー世界かヨーロッパから飛び出して来たような巨大な城に、圧倒される。
「これを……1時間で……?」
「ええ……! ギリギリだったけれど何とか間に合わせたわ……!」
にわかには信じ難かった。それほどのクオリティを持ったこの建造物は、この城は、異様なレベルの作り込みだったのだ。
「すごンダルだったか……」
「誰がすごんダルよ!! ……ま、まあ。褒め称える言葉なら、いくらでも言って貰って構わないけど……!」
「いや、本当に……凄いですよ、これは」
「ふふん……! それほどでも、あるわ……!」
扉を前にして、立ち尽くしていた僕ら。本当に、このままなら圧倒的一番でこの勝負を勝ち切るのでは無いか。そう思えて仕方がない出来だった。
「よし、それじゃあ中も見よう。いつまでもここで立っていてもどうにもならない」「そうですね」
「…………えっと、そう。そう、よね……!」「……?」
僕たちが中に入ろうとすると、デュランダルさんは一瞬言葉が詰まる。どうしたのだろうか、少し気になったが、まずは内装を見ないといけない。そう思って扉を開き、城内に足を踏み入れた。――の、だが。
「…………あれ?」「…………その……」
「…………」「………………」
――違和感が、強烈な違和感が、自分たちを襲う。
「あの……」「……何、かしら……?」
「あの、これ……」「狭いっ!!!」
ライトオさんが、声高にそう告げる。ああ、そうだ。僕らが抱いた違和感。それは、あの豪華で巨大な外観に対して、その中があまりにも、あまりにも狭い、ということだった。
「……というより、これ……ほぼライトオさんの家と同じくらいの広さしかないですよね。しかも全面丸石で出来てますし……部屋が真四角ですし」
「……そう、よ……!」
デュランダルさんが、絞り出すように、言葉を漏らす。
「そうよ!! あの外観にこだわり過ぎて!! 中まで全然手が回らなかったのよ!! 気付いたら残り5分しか無かったんだもの……!!」「そうか」
つまり、あの城は……正面からだけの姿で、その裏は急ごしらえの小さな部屋しか無い、と。
「ハリボテンダルだな」「ええそうよ!! ハリボテンダルよ!!!」
デュランダルさんは泣いていた。
――――
「……と、言う訳で」
各自、それぞれの建物を見て周り、そうして中央の平場へと戻ってきた。
「まさか、デュランダルがあんなハリボテを作るとは思わなかったぞ」
「……内装だけ見れば、ライトオさんのとこくらいの広さしか無かったし、中も何も置かれて無かったので……正直ライトオさんより……」
「悪かったわね……! ライトオさん以下の内装で……!!」
「……それで、確かそれぞれの建物に点数を付けるの、だったかしら……?」
「そうですね。それで、各自の合計点で勝敗を決めましょう」「わかった」
「――それじゃあ、みんな点数を発表しましょう。まずはライトオさんの家から」「ああ」
……ライトオさんの家は。外観はとてもシンプルで、手抜きとも呼べるかもしれない代物だった。しかし、そこにライトオさんらしさがあって……それから、意外と綺麗で機能的だった内装もあり、自分としては、結構評価は高いけど……。
「なので、僕は……“8点"」
「私は、“6点"ね。内装は素晴らしかったわ。けれど、外観があまりにもあんまりなのは流石に減点ね」
「外観だけ完璧なハリボテンダルが言うと説得力があるな」「ちょっと……!!」
ライトオさんの建築の合計点は14点。あの真四角ハウスからすれば、かなりの高評価なのは間違いない、と思う。
「なら次はデュランダルの城だな」
デュランダルさんの作った城……。たっぷり1時間掛けただけあって、その外観は完璧だった。この内の誰よりも、豪華で立派な城であった。
「僕は、“4点"です。外観は評価します。凄いクオリティでした」
「“2点"。外があれな分むしろガッカリだった」
「合計6点……っ! 私が、ライトオさんの豆腐ハウスより下……!」
……なんだろう。外観に対してライトオさんの家が予想外に良かったのと、デュランダルさんの家が予想外に期待を下回っていたのが、この点差の酷さを生み出しているように思える。
「うぅ……次はビリーヴさんの家ね……」
「凄く完成度が高かったな。立派だったし、コンセプトもしっかり通っていた」
「こだわりを感じたわね……外観も内装も、どちらも高品質でバランスも良かったし……」
各々が、僕の家について感想を述べる。自分の仕事に、点数として評価が下る。しかも……おじいちゃんと同じ建築という分野で。そのことに対する、一抹の不安感と、わずかに逸る心臓の鼓動を感じながら、その点数を待つ。
「…………“10点"。全体的なクオリティが素晴らしいわ。完璧な仕事とはまさにこのことね」
……まさか、ここまで評価されるとは、思っていなかった。だから、喜びがやって来るのは随分と遅れていて。
「……まあ、あれには勝てないわよ。流石に」「文句無し。あなたが最強だ」
「……はい。ありがとう、ございます」
深々と、頭を下げ二人にお礼を告げる。そうして、僕らの建築対決は幕を閉じるのであった――。
――――
対決が終わり優勝した僕の家で三人、僕らはゆっくりとくつろいでいた。
「――それで、にゃんこなんだが」「まだ言ってるのあなた」
「……確か、スポーンエッグを使えば猫も呼び出せるらしいですよ」
「本当か……!? ……にゃんこ、にゃんこーー!!」
ぽんぽん、と。ライトオさんが大量の猫を呼び出す。
「ちょっと! 家中猫まみれじゃない!!」「にゃんこ、にゃんこは可愛いな……にゃんこ……」
「……これでは、猫屋敷ですね」
大量の猫に囲まれながら僕らは日が暮れるまで、この世界を、このゲームを楽しむのであった。
某マインでクラフトなゲームを遊ぶ短距離三バカのお話でした