トレセン学園において、ウマ娘は午前は授業の時間に当たり午後がトレーニング時間となる。
トレーナーの午前は、事務作業や午後のトレーニングメニューについて時間を使う。
しかし、それが終われば暇なものでミスターシービー以外のウマ娘を担当しない私はこういう時間が多い。
偶に、授業をサボり遊びにくるシービーと共に時間を過ごすが、今日はそのシービーも訪ねてこない。真面目に授業を受けているのか、それともどこかに散歩へと消えたのかは不明だが。
そうなると、暖かい今の時期は日差しが眠気を誘ってくる。
欠伸をかいて、どう暇を潰そうか考えていると私の眼の端にハンモックが映り込んだのだ。
一人暮らしの彼女の部屋にも設置してあり、ベットよりももっぱらハンモックを好む。不動で安定のしたベットより、緩やかに揺れるハンモックを好む辺りがシービーらしい。
普段であれば昼寝は、部屋のソファーや机に突っ伏して行う。
ただ、今日だけは別だ。ハンモックとシービーを重ねると、不思議と彼女のような自由の魅力が見えてくる。
靴を脱いで、紐が切れないか恐る恐る身を預ける。
重力に引かれ床に叩きつけられるのも覚悟したが、案外安定している。むしろ、重力と浮遊感を感じるのに落ちないというのは新しい体験で心地よい。
私は、ハンモック自体が初めてだ。使う機会に恵まれなかったのもあるが、年頃の娘の私物を勝手に使うのも教育者としてはどうかと思ったのだ。
揺れと浮遊感を楽しんでいると、それが子守歌となる。意識だけが、底へと引かれていく。
風に乗った陽だまりの匂い。優しい匂い。私が、好きな匂い。
うつらうつらとした意識、鉛のように重い瞼。だが、悪い気分ではない。
この匂いが何なのか、私は知っている。
「起きた?」
「シー...、ビー...」
視界の先は、見知った天井ではなく、シービーの整った美しい顔があった。髪がすだれのように垂れて、私と外界を遮断する。私の世界は、シービーだけになっていた。
「少し驚いたよ。トレーナーがハンモックで寝るなんて」
「君を感じた。ハンモックって自由だなって」
寝起きの頭だ。少しクサいセリフを吐いても許されるだろう。
シービーの顔がほんのり赤く染まる。
「いいものでしょ?」
「ああ、知らなかったよ。ありがとう」
「もう...」
いつだって、シービーは見たことのない新しい景色を見せてくれる。
それを改めて実感した。だから、ありがとう。
「仕方ないじゃあないか。正直な気持ちだし」
「...これは、おしおきが必要かな?」
おしおき。罰とは、シービーらしからぬ言葉だ。
どういうことかと思っていると、シービーがハンモックの中に入ってくる。私は、押される形で若干横に滑る。
かなり大きなハンモックだったので、添い寝は可能だ。
だが、シービーがこれほど密着したのは初めてだ。私の鼓動が早くなる。そして、彼女も。感じられるほど、それほどまでに近い。
「どう?恥ずかしいってどういうことか分かった?」
「ああ...よぉく分かったよ...」
罰とは、そういうことか。
「いや...」
恥ずかしい。それでも、離れる気分にはならなかった。
彼女の匂いが近い、二人で揺れるのが気持ちいい。
「いい匂いだ...、また、眠れそうだ...」
そうして、私は再びゆっくりと瞼を閉じた。
「そうだね。いい匂い...」
束縛を嫌い、自由を好む彼女を尊重しよう。
それでも、彼女の中に『自分』が残れるのは、私にとって喜ばしいことだった。
トレーニングは抜け落ちたが、偶にはこんな日があってもいいだろう。最愛の人と安らかに眠る日があっても。
おやすみなさい。
いい匂いがする人とは遺伝子から相性がいいと聞きました
シビにいい匂いって言ってほしくて書きました
ノリと勢いで書いたので容赦なきよう
重さでハンモックにはさまれる様2人がギュッってなるのいいね…