知っている。そのうち、比較的内側のカイパーベルトからやってくるのが短周期彗星で、太陽系の果て、オールトの雲と呼ばれる小天体の集まりから落ちてくるのが長周期彗星。短周期彗星のほとんどは過去の観測で発見されていて、ハレー彗星のような歴史的に有名な彗星もその中に含まれている。
続きを諳んじられるくらいに分かりきったプラネタリウムの解説をわざわざ聞きに来たのは、心を落ち着けるためだ。新しい情報を入れても、きっと今の自分の頭は咀嚼してくれないだろうから。
そんな私が今からやろうとしているのは、あまりに分不相応な大それた行為だ。準備のためにやること全てに何か落ち度はなかったかと神経質に疑ってしまうのは、当然の帰結と言えるだろう。
要約してしまえば、七夕の夜に星を見に行こうと言いたいだけなのだ。けれどそれにも、もっといい言い方はないだろうかと、あるかもわからない最善の策を探し続けている。
上演のクライマックスに、雄大な彗星の姿が画面いっぱいに映し出される。二つ隣の席に座っていたカップルが、思わず感嘆の声を揃って漏らすのが聞こえた。
そんな私の葛藤を知りもしないように、作り物の夜空はひどく美しかった。
…どうかしたの」
「んー、なんでもないですよ?
ふたりきりになれる静かな場所に行きたいなら、天体観測はぴったりかもなって思って」
私の顔を彼女の大きな瞳に映して見たなら、きっとさぞかしわかりやすい表情を浮かべて見えるのだろう。こういうときにいちいち彼女に相談するのが甘えなら、それなのに本当にしようと思っていることは打ち明けないというのも甘えなのだが、きっと全部彼女はお見通しだ。
「海ですか?山ですか?」
「山ね」
「なら、下は動きやすい格好でいいですから、上をカワイくしましょう。前に一緒に選んだカーディガン、どうですか?」
「悪くないわ。山にも着ていけると思う」
彼女の知恵を借りると、今まで何に悩んでいたのかと思うほど物事がすんなり解決する。だから、本当は何のために彼を誘うのかも話してしまえば、私一人であれこれ考えるよりも上手くいくのかもしれない。
貴女がいないと、何もできないままね、私は」
「そうですか?私はちょっとさみしいですけど。
今のアヤベさんを大事にしてくれるひとも、アヤベさんが大事にしたいって思ってるひとも、もうたくさんいるじゃないですか」
でもこれは、どんなに不恰好でも自分で悩まなければ、意味がないことだから。苦労してもいいと思えるくらい、大切なものができたのだから。
彼女は言わなくてもそれに気づいてくれるということにも、やっぱり甘えてしまっているのだけれど。
「カレンに相談してくれたのはうれしいですけど、今のアヤベさんに必要なものは勇気だけですよ。
ふたりの気持ちは、もうしっかり通じ合ってるんですから」
「…そうかしら」
「そうですよ。だから早くゴールしちゃってください。今度はカレンが自分のこと、飽きるくらいアヤベさんに聞かせてあげたいですから」
いつも優しい彼女から、最近は少し雑に扱われるようになった。
でも、それでいい。
本当の友人になれた気がする。
いくら空を見ても何かが変わるわけではないのに、窓の側から動けない。私の言うことに当惑されたらとか、突拍子もないと断られたらとか、小さな心配がいくつも頭を掠めてゆく。
彼を信じていないのではない。自分を信じられないのだ。いま、私は自分の手に余るかもしれないものを手に入れたいという分不相応な望みを持っている。
諦めてしまえば楽なのかもしれない。でも、そんな私を元気づけるように朝ごはんができたよと笑う彼の顔を見ると、いつの間にかそんな選択肢が頭から掻き消えている。
何もかも諦めていた私に諦めることを諦めさせたのは、この笑顔だったなと思い返す。ありもしない勇気を、私にくれたのも。
「…お願いがあるの」
だから、やっぱりあなたが欲しい。
「…車を出してもらえないかしら。望遠鏡とテントは私が積むわ。
晴れているところまで行きましょう」
勇気を出せば、きっとあなたは応えてくれるから。
「もう少し行けば晴れそうだぞ」
ハンドルを握って微笑む彼を初めて見た気がする。無闇にスピードを出して喜ぶ性質ではないと知っているだけに、ひどく面映い。
これから自分と過ごす時間を、無邪気な子供のように楽しみにしてくれているのだと、嫌でもわかるから。
「そうね。
…観測は夜だから、もう少しゆっくりでもいいわ。急いでくれるのはありがたいけれど。
サービスエリアに寄るくらいの時間はあるもの」
そんな彼をうまく気遣えているか、少し自信がない。
でも、彼が笑っている。
そう思うと、なんだか楽しかった。
「前に来たことあるのか?なんか慣れてる感じだったけど」
「一度だけ。星空が綺麗って評判だったから」
嘘はついていない。ここには一度、一人で来ている。それが今日の下見のためだったとは、恥ずかしくてとても言い出せないけれど。
変に肩の力を入れてほしくなかったから、本当はいつも通りのキャンプのように近場で済ませようと思っていた。結局はここに来ることになってしまったけれど、彼が身構えた様子もなく、純粋にここに来ることを楽しんでくれているようでほっとしている。
「眠っていていいわ。観測までまだ時間はあるし、食事は私が作っておくから」
本当に言いたいことはそうじゃないのに、素直に言葉にできない。
でも、ちゃんと伝えられるようにならないといけないと思う。これからしようとしていることを思えば、なおさら。
「…ありがとう。結局、また助けてもらってしまって。
出かける約束も、本当はもっと前にしておきたかったのだけれど」
「いいよ。
俺も、なんか出かけたい気分だったんだ」
夜の訪れを楽しいと思ったことは、あまりなかった。彼女の声を聞くために空を見上げる度に、私はそこでしか生きられないという想いが強くなっていくばかりだったから。
でも、今は違う。彼と見る星空は、きっと美しい。
沈む夕日を見ながら、薪を拾う足取りは少し軽かった。
狙った通りの場所にその淡い光が見えたときの心からの安堵は、きっと一生忘れないだろう。
「…見て」
望遠鏡の前に代わりに立った彼は、どこか緊張した面持ちだった。それはきっと、さっきまでの私がひどくこわい顔をしていたからに違いない。
彼がレンズから眼を離す。
「もしかして、彗星?」
気づいてくれたことが嬉しくて、安心して、ため息をつかないようにするのが大変だった。
「ええ。
…それ、見つけたの、私なの」
「すごいな、いつ見つけたの?」
「…4ヶ月くらい前。
運がよかったのよ。今の時代、大抵の彗星は自動観測で見つけられてしまうから」
私のしたことを自分のことのように喜んでくれるその瞳の輝きを、ずっと真っ直ぐ見つめられなかった。見つめられなかったのに、目が離せなかった。
「全然知らなかったよ。教えてくれればお祝いしたのに」
だから誰にも、あなたにも言わなかったのだ。この星を見つけたことは。
「…ごめんなさい。でも、今、受け取ってほしかったの。綺麗に光り始めるときに。
…あのとき、あなたがそうしてくれたみたいに」
私が好きと言ってくれたあなたへの、とびきりのお返しにしたかったから。
ひとり夜を駆けて旅をするあなたを、誰よりも早く見つけたかった。
今はぼんやりしているけれど、もう少しすればきっと、綺麗な青と白の尾を引いて空を渡ってゆくのだろう。
──そんなところまで似なくてもいいのに。
『ずっとアヤベといて、わかった。この気持ちはいつまでも変わらないって。
あなたが好きです。
どうか、これからもずっと、俺と一緒にいてください』
その言葉とともに薬指に指環を通して、ふるえる私の手を優しく握ってくれたことは、きっと一生忘れられないだろう。
だからこそ、悔しかったのだ。あなたに縋り付いて、何も言えずに喜びに咽ぶことしかできなかった、あのときの自分が。慈しむように私を撫でてくれたあなたの手は優しかったけれど、これから共に人生を生きる者として私を選んでくれたのだから、守られるのではなく同じ歩調で歩いていきたい。
彼のくれた指環は石も造りもかなり良いものだった。それだけ私との仲を真剣に考えてくれていたのは嬉しいけれど、学園を卒業したばかりの私に、同じものを返せるだけの貯えがあるはずもなかった。
私は自分で思うよりもずっと負けず嫌いなのだなと悟って、なんだか可笑しくなってしまった。あなたの想いに応えるための贈り物は、私にしか用意できないものでなければならない。
望遠鏡を動かす手にこんなにも力が篭ったのは、初めてだった
…でも、あなたの優しさに甘えっぱなしなのは、悔しいから。私も、ちゃんと伝えたかったの。
私もあなたのこと、こんなに好きだって」
愛を伝えるのは、いつまで経っても難しい。胸の奥は溢れ出しそうなくらい温かいのに、どんな言葉にすればそれがあなたに伝わるのか、今でもよくわからない。
ああ、なのに。
「…いいのに。そんなこと、気にしなくたって。
俺だって、嬉しいんだから。あのときも、今も」
そんなに笑ってくれるなら、どんなに不恰好でも、やめられなくなってしまうじゃないか。
足の力が抜けて、地面に座り込む。心配そうに駆け寄ってくる彼に手で大丈夫だと伝えて、ゆっくりと深呼吸をした。
「ごめんなさい。安心したの。
…こんなに喜んでくれるなんて、思ってなかったから」
また、彼が近くなった。今度は手を翳しても止まらなかった。
気づけばその腕の中で、泣きそうな彼の声を聞いていた。
「…嬉しいに決まってるだろ。大好きなひとが、星をくれたんだから」
誰もいないのはわかっているけれど、やっぱり少し気恥ずかしくて、つい身動ぎしてしまう。でも彼の手は離してなんてくれなくて、観念して私も幸せな鳥籠の中に戻る。
「名前は?」
「…ん?」
「教えてよ。知りたい」
からかうような声だった。こんな声は愛し合うときにしか出さないのだとか、彼がその声で話すとどんなことでも受け入れてしまいたくなるだとか、人に言えない秘密もたくさんできた。
それも全部、大事にしたい。生きるということは、そんな大切なものをたくさん背負って歩いていくことなのだと、教えてくれたあなたのために。
この星を見つけたときから。否、あなたと一緒に生きていくと決めたときから、この名前は決まっていた。
他の誰にも教えたくなくて、名前をつける手続きも今まで待ってもらっている。この名前を初めて伝えるのは、あなたでなければ意味がない。
どうしてその名をつけたのか、あなたが聞かないことがひどくうれしい。言葉にするのは苦手でも、伝えることは諦めたくなかったから。
なんにも持っていなかった私が、夜空の宝石箱をひっくり返して、やっと見つけた小さな石。
あなたがこの指に嵌めてくれたものと同じ、淡く青い光を宿す石。
あなたに捧げる贈り物は、これ以外に思いつかなかった。
でも、それでいい。あの子のところへ召される前に、追いかけたい希望がたくさんあるから。
だから今、はっきり伝えたい。
私に命をくれて、ありがとうって。あなたが生きることを教えてくれたから、お姉ちゃんはこんなに幸せになれたよって。
私が星を見るのは、それを伝え続けるため。暗闇に求めていた救いの代わりに、生きる希望を探すため。
だから、あなたのことも知りたい。
「あなたは、どんなときに星を見るの?」
果てしない夜の闇の中に見つけた、最初の希望だから。
「…つらい時、かな。
アヤベと会うまでは星のこととか全然知らなかったんだけどさ。それでも、落ち込んだときは家に帰らないで、日が暮れて星が見えるまでずっと待ってたこともあったっけ」
私は何も言わない。ただ、抱きしめるだけ。
どんなことでも受け止めると、決めたから。
「夜空は大きくて、とても綺麗で…自分の悩みがすごく小さく思えてくるから。
でも、あんまり暗くて広いから、見ているうちに少しさみしくなって…家に帰るんだ」
痛いほどわかる。夜空の広さに救いを求めたくなるのも、手の届かない光の先に孤独を知るのも。
私も、そうだったから。
でも、今はそんな私も、いてよかったと思ってる。
「…そういうときは、私も連れて行って。
隣に誰かがいてくれるだけで楽になることもあるって、わかったから。
…あなたのおかげ、だけど」
あなたのことなら、痛みまでも知っていたいから。
あなたがつらいときは、誰よりも近くにいてあげたい。あなたがかつて、そうしてくれたように。
それが他人より少しだけ多く、生きるということを考えた私の答え。
迷い子のふたご星は、空が恋しくて泣いてばかり。
でも、あなたは言った。朝が来るのが怖いなら、一緒に手を取って歩いてくれるって。果てしない夜の闇の中でも、私の光を見ていたいって。
朝の光に目を焼かれながら、この広い大地で光っていようと思えたのは、あなたがくれた優しさのおかげ。
星のない夜は、私を見ていて。
あなたのそばで、ずっと瞬いていたいから。
「ねぇ」
「…ん?」
「好きよ。大好き。
…他に言い方を知らないの」
ずっとあなたと一緒に、この広い夜空を渡っていたい。
「…じゃあ、これからいっぱい探そう。
ふたりで、いつまでも」
それが、生きるということだから。
トップロードさんは彼女らしく恋にもひどくひたむきで、真っ直ぐに好意をぶつけられて戸惑う彼女のトレーナーの姿を幾度も見てきた。真似るにはやはり眩しすぎる。ドトウのようになし崩し的に事が進むなら段取りは考えなくて済むかもしれないが、あれはあれでお互いに苦労するだろう。オペラオーは論外。
そういうわけで、こういう相談をする相手はいつもカレンさんと決まっている。
「…ごめんなさい。いつも助言してもらってばかりで」
「いえいえ、全然いいんですよ。今のアヤベさんはとーってもカワイイんですから。それを応援しないなんて、カレンにはあり得ないです」
彼女にはいつも苦労をかける。彼女がそれを感じさせることも、私の些細な心配ごときでその笑顔が崩れることもないとわかっているから、どう思おうと結局は甘えてしまうのだが。
>オペラオーは論外。
どうして…
>ドトウのようになし崩し的に事が進むなら
しれっとここがひてぇ!
>オペラオーは論外。
ここもひでぇ!
さも全然進んでないふりして同棲もしてるしこいつ
ドトウ
トプロ
オペさん
カレンチャン
どうしようこの中で一番攻略が進んでなさそうなのカレンチャンの可能性高くない?