その距離約2.5m。女神像のモデルとなったウマ娘が両腕を広げた長さと言われており、レース中のウマ娘同士の間隔を表す単位として使用されている。
それはレースを見たものであれば誰でも知っている常識の筈なのだが──
「? どうかされましたか? トレーナーさん?」
「い、いや。何でも、ないよ……それよりダイヤ、ちょっと距離、近くないかな?」
「そんなことないですよ。いつも通りです」
──どうやら、自分の知らない間にその常識は変わっていたらしかった。
グイグイと距離を詰めて俺の顔を覗き込んで来るダイヤに、思わず腰が引けてしまう。
その『大きな』身長──約2.5m、一バ身の背丈に迫られては。
トレーナー室で仮眠から覚めた時、妙に周りの物が大きく見えた。ソファやドア、机など身の回りの物が普段よりずっと大きくなっているのだから。
それが夢ではないと知った時、実際の物の大きさが違って見える病気──不思議の国のアリスを疑った。
そして──
「おはようございます、トレーナーさん♪ 今日もよろしくお願いしますね!」
「え……えっ!?」
大きなドアを開けて飛び込んできた大きな影──約一バ身の身体のダイヤに抱き上げられて、頬擦りされて。
理解だとか何だとか、そういったものが音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
「? 何がですか?」
「いや、その……なんか、大きくない……?」
「?」
ダイヤはただ小首を傾げている。仕草も所作もいつもの彼女と変わらない。その大きさを除いて。意図はわからないが大掛かりなドッキリか何かではないか。そうであってほしいが──
「ねぇ、昨日のウマッターのトレンド見た?」「あ、知ってる。セガがロケット開発をね──」
──トレーナー室の前を通りがかった二人のウマ娘もまた、今のダイヤと同じくらいの身長をしていた。
「……な、なぁダイヤ。一バ身って、何だっけ?」
「? 約2.5mで、私達ウマ娘の平均身長ですよね?」
ごめん、ちょっと今日のトレーニングは休みで──その一言を告げて、寮の自室へと戻った。
そしてその分、トレセン学園の施設も何もかもが大きくなっている。廊下も広い。まるで巨人のいる国に放り投げられたかのような気分だ。
夢だ。悪い夢を見ている。そうに違いない──自分にそう言い聞かせて、いつもよりも遥かに時間をかけて寮の自室へと帰った。
また眠って、目が覚めれば、元の世界に戻っていると信じて──
「おはようございます、トレーナーさん!」
──翌朝。ダイヤの巨躯に吹き飛ばされたドアの音で、目を覚ました。
「昨日のトレーナーさんの様子がどうしても気になりまして……トレーナーさん! 今すぐ病院に行きましょう!」
昨日と変わらず2.5mの巨躯を、少し窮屈そうに屈めながら迫ってくるダイヤ。グイグイと迫ってくる大きな美少女の影に、少し腰が引けてしまう。
そして彼女は何か勘違いをしている。おかしいのは俺ではなくて、世界の方だ。
「ダイヤ、大丈夫! 俺は大丈夫だから!」
「いえ、ダメです! 手遅れになってからでは遅いんですから!」
「いや。それは──むぐっ!?」
「問答無用です! このまま連れて行きますから!」
そして背中にも何かが回され、身体が浮いて──ようやく、彼女に抱きしめられているのだと気付いた。
「むぐっ! むぐぐ──っ!!」
「さぁ、早く行きましょうっ!」
手足をジタバタさせることすら出来ず、ダイヤに連れて行かれる。
唯一自由なのは呼吸くらいで──それすらも、密着する柔らかいものから漂う仄かな甘い匂いで満たされていく。
「至急病院までお願いします!」
何か、車のドアが開くような音が聞こえた時には──すっかりと、全身がダイヤへと沈み込んでいくような感覚に溺れていた。
全身の検査を受けたが当然異常は見当たらず、単に疲れているのだろうと診断された。
その後、一週間ほど休暇を取らされたが──それだけの日付が過ぎても、世界が元に戻ることはなく。
「ふふ、久しぶりの温泉旅行。楽しみですね♪」
「あ、ああ……そうだね……」
サトノ家の送迎するリムジンに乗せられ向かう温泉旅館。
背中を預けるのは上等なシートではなく、柔らかく温かいダイヤの膝の上。太く大きな腕がシートベルトのように、俺を抱き締める。まるで、自分がぬいぐるみにでもなったかのような気分。
疲労と診断されてから、ダイヤは献身的に俺に尽くしてくれるようになった。四六時中密着されて、大きなダイヤの匂いに包まれる生活をすごしている。
お陰で大きなダイヤには少しずつ慣れつつあるが──
(俺……元に、戻れるのかなぁ……)
ウマ娘用レーンを駆け抜けていく巨影とすれ違う窓の外の光景に、溜息を吐くしかなかった。
競争しようにも歩幅が違い過ぎる
断るとあの目でじっ……と見つめてくるぞ
2.5mの目線の高さから
膝まげて目線合わせてくれるよ
(性癖が終わる音)
(何故か寝技で押さえ込まれるエル)
ある日いきなり何もかもが大きくなったトレセン学園に放り込まれて何とか日々を過ごしているが、果たして元の世界に帰れる日は来るんだろうか……?
溜息を吐きながら業務に取り組んでいると──大きな影が、俺を覗き込んできた。
「トレーナーさん……大きな溜息……」
「い、いや……大丈夫、だから……」
自分の担当ウマ娘であるカフェに驚いてしまう始末。全く慣れそうにない。早く帰らないと──
「……トレーナーさん。一歩、こちらへ」
「? わ、わかっ──っ!」
密着させられ、勝負服である黒いロングコートの前を閉じられてしまうと──もう、何も見えなくなってしまう。
「か、カフェ! 離し──」
「大丈夫です……トレーナーさん……私の声を聞いて……私の体温だけを感じてください……」
カフェの温もりが全身を包み込む。押しつけられるお腹の音が、トクトクと聞こえる。太腿で身体を挟み込まれて、身動きも取れない。
ぎゅむぎゅむと柔らかく、そしてすべすべとしたストッキングの感触に、素肌が撫でられる。
「私があなたを守ります……あなたには、何も触れさせません……」
視界も、音も。感じる温かさも、匂いも、全てカフェに包まれていく──
みたいな感じでおっきなカフェのコートに飲み込まれるのもいいよね……
あーあ
これでシリーズ書けそう…